掌編練習③

外部リンク:小説お題ジェネレーター
こちらのサイトさまを利用して書いた掌編を数編まとめてみました。


No.3092二重
No.1830フードコート
No.3279セキセイインコ

 辛みそラーメンの心地よい香りを堪能しながら、トレイをもって戻ると、席には見知らぬはずの女性が座っていて、私の席で私が置いてあった新聞紙を足を組んで優雅に読んでいた。胃が底冷えした気分というものを私が短い瞬間にたっぷりと味わった。

「あら。相席どうぞ。気にしないで」踵を返そうとする私を女性が呼び止めて、口角を上げて向かい席を示した。

「気にしますのでお構いなく。それと、席を利用するなら何か注文をするほうがいいですよ」嫌味を吐いて私が彼女に目も向けない。同時にこのフートコートの監視カメラの死角と緊急脱出口の位置を脳内で総ざらいする。

「セキセイインコが大発生だって」彼女が新聞紙を広げて、隅っこにある小さな写真を指差してクスッと笑って、目を細めた。「動物園から逃げ出したのかしらね。愛玩動物なのに健気だわ」

 ラーメンをトレイごと彼女に投げ付けて、回避する隙に箸で喉笛に刺しこんで仕留めるイメージが脳裏で浮かんでは消えた。視界の端に黒ずくめの影が動いてるような気がして、瞬きのあとそこにはもう人たかりしかなかった。

 やがて長い吐息をして、私が振り向いて彼女の前の席についた。無言だけどわざらしく音を立ててラーメンを啜る私を、彼女は新聞紙の上から覗き込んだ。

「元気にしてる?」
「初対面ですよね。宗教の勧誘なら間に合ってます」
「あなたの神といえば、昨晩、フクロウが死んだわ」

 私が毒づいた。味変用のにんにくを注文し忘れたから。手を膝に置いて、明後日の遠いほうを眺めて彼女が独り言のように続く。

「アタシがヤった。自慢みたいに聞こえたらごめんね。時間もアンタの気持ちを配慮する余裕もないの」頬杖をついて、私を直視する彼女。
「どうしよっかな。味が締まらないラーメンとか最悪ですし、せっかくだからきっちり決めたいし」その目線を避けて、ラーメンを箸で手繰ってブツブツつぶやく私。

 いつの間にか周りが黒々と長い列ができていた。あのラーメン屋がこんな人気店だったなんて知らなかった。非常口への道が巧妙に塞がれたが、スープの水面の反射で、左前の監視カメラの角度が浅いことを私が把握した。

「インコ、アタシと一緒に来て」簡潔に彼女が言い放った。テーブルの下、膝に置いてるその手に何を握ってるのかは見なくても分かる。「アンタが生きてて嬉しかったの。本当よ。でも巻き込むしかなかった。アイツらはアンタじゃなくてアタシを追ってるんだ」

 二重なの、バレだから。
 淡々と打ち明けた彼女を眉を上げて私が一瞥する。

「オシャレの相談なんですか? 一重でも二重でも同じと思いますがね。眼の大きさって瞼で決めるわけじゃないし」
「インコ、駄々をこねるのはいい加減やめなさい、このままでは……」
「ちゃんと目を開けろって言ってんですよ、センパイ」

 目を見開く彼女へと、私はトレイをひっくり返すように力強く前へと投げ飛ばした。トレイの上に乗せてたどんぶりから赤いスープがこぼれだして、宙に綺麗な弧を描いてると、センパイの後ろに立つ黒ずくめの男の顔に命中した。テーブルに足を乗せて、飛び出す。男が悲鳴を上げる前に箸を目にねじ込んで、シメる。

 振り向くとそっちも片付いたところだ。もう一人の黒服がテーブルの上に倒れていた。口の中に新聞紙が詰まっていて、頭の横から一筋の煙が漂う。

「アンタね……」見知らぬ恰好の女と目が合った。こんな余裕も情けもない顔をしてるのを見たことないから、ひょっとしたら本当にスズメセンパイじゃなくて別人かもしれない。
「左へ」私がシンプルに言って、差し出される彼女の手を握った。

→ガチャから出てきた単語にもうひとひねり加えたい、と思ったものの、セキセイインコ全然生かしてなかったですね。映画のワンカットみたいな一編で結構好き。

No.735帰り道
No.1494オカルト
No.3464上位互換

 ゾンビって、そもそもキョンシーの上位互換なんじゃないのか。
 その一言がネクロマンサー界隈に嵐を引き起こした。

 もともとネクロマンサーというのは倫理観のぶっ飛んだ、危なっかしい連中の集まりだ。子供の耳そばで悪魔の名をささやき、頭蓋骨を盃に美酒を啜る。要は常に言ってることもやってることも崖ぶちでなければ気が済まない奴らだ。東洋西洋どっちの死者のほうが強いなんて話題は定番中の定番、殺し合いになっても語り足りない。

 だがこの新説はやや毛色が違う。『上位互換』などと気取った言葉が、解釈の幅を生み出していて、論争の火が止まない。有識者の意見はどうだろう? 当誌の取材バード団は真相を求め、東洋西洋の二大ネクロファンタジア拠点へと向かうことにした。

「こっちでは常識ですけどね。ゾンビのほうが運用が利くって」
 新たに手に入れた死体の心臓から杭を片手で抜き出しながら、アラーマリ・ヴァリーリリィがそう答えた。どんぐり帽子と死体の体液で染められる白衣がトレードマークの彼女は、ゾンビ業界の第一人者だ。

「単純に優劣の話じゃないですよ、言っておくけど。ただそうね、たとえばいまからここで、このサンプルを、キョンシーにしたいとしたら、どうすればいいと思う? 正解です。ありえません。ちゃんと勉強してから来てるじゃん、えらいえらい」

 筆者の頭をさっき脳みそを直に触った手で撫でつつ、ドクター・アラーマリはキョンシーの歴史を簡潔に述べた。
「……ってわかるように、キョンシーと東洋神秘信仰とは不可分なんですよ。禁忌として千年以上強く忌み嫌われてきた背景が力強い一方、その結びつきが強すぎて自然発生でしか生み出せません。呪術師たちがいくら取り繕うが、キョンシー術はしもべを増やす手段じゃなくて、すでにそこにある資源をリサイクルして使うものでしかない。それに比べて、ほら」

 ドクターのジェスチャーに従って、我らバード団は一階に注目する。縫合処理の終えた死体たちが一階のベッド上に並べて、助手たちの注射を受けている。瞬く間に死体たちが唸り声上げながら起き上がって、助手たちを襲い掛かった。死体の搬入から実際にゾンビになるまでなんと半日もかからない。その効率の良さで我々バード団も思わず目を見合わせる。ドアから助手たちが必死に叩く音がするが、それもあっという間に静まった。

 たしかに同じく死人を蘇らせて再利用する手段として、量産化の目途が確立しているゾンビのほうが実用的とはいえよう。これでは上位互換と言われても納得がいく。ドクター・アラーマリがドアハンドルに手をかけようとしたのをそれとなくなだめながら、筆者は彼女にそう請け合った。

「なははは、やり方きたねぇー。昔とちっとも変ってないじゃん、マリちゃんは」
 膝を叩いて大笑いする。この中華風お団子ヘヤの女性を知らぬ呪術師がいないが、紫薇(シービー)と親しく彼女の名を呼べる人間ももうこの世にいない。烏山道術総本山のふもとの迎客館で、我々東洋説話団はみんな顔面蒼白で愛想笑いを作っていた。シービー師本人が出てくるだなんで誰も思ってみなかった。迎客館の外から絶えずに聞こえる、やけに重々しく響く足音は、キョンシーたちが跳ねる音だったのだろうか。

「あの女ほかになんで言った? あー待て待て当ててやっから。『ここだけの話、神秘とかオカルトとか言ってるけど、ぶっちゃけキョンシーは東国特有のカビと思いますけどねー』とか? ニャーハハハ! なあなあチェンチェン、アンタってカビだっけ?」
「どうでしょうね」

 筆者はここで漏らした。迎客館の正面入り口扉が左右に音を立てて開かれたと思いきや、つむじ風とともに揺れる提灯の赤と佇む月の銀白が室内になだれ込んできた。つむじ風の正体は身長七尺もある女キョンシーであった。こわばった体を天高く跳ね上がって、筆者たちの前に床を踏み壊しながら落っこちた。手にはお茶菓子で、額には霊札。色のない頬と深淵のような瞳。

「十七のとき死んだ可憐な妹じゃ、かわいがってやってくれ」
 シービーが水タバコを吸いながら紹介した。

「とまあ、あの女の言い分は分からなくもないよ。実際ウチらはなぜくたばったはずの親族たちが起き上がったか分からねぇもんな。あー、ひいひいひい爺ちゃん、いまの人はそれ食べないんで。外で捨てな。えっと何の話だっけ? ああ、カビね。どうだろう、マジで烏山だけに生息するレアな微生物のおかげでみんなピンピンしてるかもしんねーよな」
「私きのこ嫌い」
「死んでも食べず嫌いが治らない妹だ。健気じゃろ? 話を戻すけど、だいだい上位互換かどうかの話なんじゃないか。まーあ、どうだろう? キョンシーは不便だけど素直で言うことも聞く。その辺はゾンビはダメじゃ。脳がやられてるもんね。だから互換と言っても、後方互換のほうが正しいんじゃねーの、知らんけど」

 シービー師はどこ吹く風に西洋の異説を受け入れた。筆者(シービー師の遠い親戚の姪っ子の死臭漂う短パンを着せてもらってる)は残り少ない勇気を絞り出して、シービー師にどこまで書けばいいのかを尋ねた。
 西洋科学のほうが優れてると受け取れかねない発言であった。たとえ総本山の老師といえど、顰蹙を買いかねない。筆者の心配を察したか、シービー師は眉を上げて、ニャーハハハと豪快に笑った。烏山そのものが彼女と一緒に肩を震わせているかのようだった。

「好き放題に書け。ウチは――ウチらは――怖いものなしじゃ。なんなら大陸全土を巻き込んで東洋呪術内戦でもするか? 死体も増えるし好都合じゃ」
 東洋説話団も一緒に声を上げて笑った。お願いだから冗談であってくれ。

 帰り道に、用意されていた輿に入り込む前に、シービー師から伝言を預かった。西洋で留学する際の親友宛の。下山の途中で、筆者が言われた通りに、懐からドクター・アラーマリの手紙を取り出して、途中まで同行したチェンチェンに渡した。

『本人にそのまま渡しちゃダメですよ。あの子が興奮しだしたらアンタたちの命が危ないから』
 手紙の内容はもちろん知らないし、聞く度胸もないが、研究棟の扉の前で筆者たちを見送ったドクターの表情は、迎客館の椅子の上で筆者たちに伝言を言い渡した老師とは全く同じ色彩を湛えていた。
 ネクロファンタジアの色だ。
 
 だから、きっと二人は相手に同じ願い事を、あるいは挑発をしかけたのだろう。

『死んだら死体をこっちによこして、使い倒してやりますので』
「くたばったらこっちで骨を埋めな、可愛がってやるから」

→かなり頭を悩ませたが結構気に入ったやつを書けました。上位互換はあくまで互換性を強調する言葉であることは分かってるけどね。オカルトと帰り道をあんまり生かせてないのが残念だけど全体的に好きです。

No.13おじいさん
No.2041液状化
No.3229不死身

 彼女は排魔法農法で植えた茶葉をやんわりと拒んで、代わりに懐から杖を出して、美酒術で自分のカップを淡い酒で満たせた。このようなもはやクラシックすらある田舎者っぶりに、普段なら失笑、紳士的に振舞っても軽く冗談で笑い飛ばすところだが、今回は相手が相手のため、サムはリアクションに困っていた。

「魔法酒しか飲めない体質でしてね……」
 スチームエンジンを発明して、現代社会のありさまを一変させたインモータル社の、初代社長の孫娘・イサベラ・ブリッジスは眉を垂れて会釈して、古臭い魔法酒を啜った。サムが我を返ったように自分のカップを持ち上げて、愛想笑いしながら飲み干した。
 
『そんな酔っ払いの言い訳みたいな体質あるか』と鼻を鳴らしてやりたい気分と、『しかしまあ、分からなくもないか』と腕を組んで頷きたい気持ちが半分半分だ。イサベラ嬢と日常の雑談をしばしば交わしつつ、サムは自分に納得させようと務めた。

 イサベラ・ブリッジスはなにも銀の匙をくわえて生まれてきたわけじゃなかった。むしろその真逆で、現代のシンデレラ・ストーリーだ。貧しい家に生まれて、父が早死に母は夜逃げ。気性荒い祖父と病弱な祖母のもとで灰色な青春時代を過ごした。

 奨学金のおかげで隣町の魔法学校に通学しはじめたのが人生のターニングポイントだ。義務教育を二年、高等教育は三年、イサベラは法律が許される最高速で叡智の庭への階段を登っていて、同期生が卒業したころにはもう魔導士として国に仕える立場になっていた。もちろん史上最年少だ。

 恩師は彼女にそう尋ねたという。『なんでここまで必死なんだ?』と。イサベラは笑ってジョークを言ったという。『だっておじいちゃんとおばあちゃんにはもう会わなくていいところまで行きたいもん』と。

 祖孫不仲の噂は真実かどうかは定かではないが、魔導士就任以来のイサベラ・ブリッジスの活躍は目覚ましいものだった。竜印石の結界魔法を再現することで、長年に渡った竜血戦争を正式に終結させた。凍った氷山瀑布を少しずつ解かせて、干ばつ問題を大いに改善した。なにより画期的なのは自然の魔力奔流を利用して、交易路『スカイウェイ』を世界中に舗設する計画だ。

 目の前にいるイサベラを、記憶の中の姿を照らし合わせながら、サムは幼いころを思い返した。街中にどこにいってもイサベラ・ブリッジスのポスターが張られていて、どの雑誌もスカイウェイの可能性に、つまり魔力を私的ではなく、公的に利用することの可能性を語っていた。魔力を発見したかの大魔導士の再来だという。第二回魔業革命だという。

「――つまりその直後に産業革命自体はイサベラさんにもびっくりしたと?」サムはメモ帳に筆を走らせる。魔法時代では自動筆記魔法もあるらしいが、今になって魔力について勉強する気にはとてもなれない。
「そうですよ。スカイウェイのことで頭一杯でね」イサベラは杖を振りかざすと、サムの誤字が次からへとひとりでに修正されていった。魔法学校で先生が生徒のレポートを訂正するように。サムがそんな彼女を無言でみつめて、紅茶をもう一杯飲み干した。
「それにね、おじいちゃんが空まで追いかけてくるだなんて、思ってもみなかったもん」イサベラが夢心地で呟いて、酒をもう一杯注いだ。

 のちに様々な蒸気機関の原型となったスチーム・エンジン第一号『インモータル』が完成されたのは、スカイウェイの建設計画が世界会議で三度目の延期が決定された日であり、アーサー・ブリッジスの愛する妻・メアリー・ブリッジスがベッドの上で眠れるように世を去った日でもあった。

『アーサーは哀しみに暮れるような晩年を選ばなかった』
 インモータル社が出版した伝記にはそう記されていた。アーサーとメアリーはともに魔法学校の落第生で、魔力を操れない、いわゆる負け側の人間であった。才能を持つ少数者の掌にある時代をともに憤り、ともに変えようと誓い合った。『妻への愛は落伍者を激情家に変え、やがて蒸気王にたらしめた』

 鉄道は蜘蛛の網のようにあっという間に広がった。魔力の汲み取り問題に悩まされたスカイウェイと異なって、水さえあれば蒸気機関車はどこにだって行けるし、どのような国でも建造できる。世界が急速に縮まっていって、力は天に授けられるものではなく、自分の手にあるであることが一瞬で国から国へと広がっていた。

 憎き竜どもは列車砲による飽和攻撃の奇襲の前に敗走を繰り返し、ついに伝説上の生物となった。氷山瀑布は灌漑用だけではなく燃料庫としても注目されるようになって、周辺地域の鉄道所有権にめぐる紛争は今日になっても続いている。

「スカイウェイ計画の自然消滅についてはイサベラさんはどう思いですか?」サムが尋ねたが、正直のところ彼自身ではこのテーマにそこまで趣味を持っていない。大学の先生たちは気になると思って義務的に聞いたまでだ。
「私がもう百人いれば……」イサベラが話の途中で吹き出して、しばらく肩を震わせてひとしきりに笑った。顔が真っ赤なのは過呼吸なのか、酒が回ってきたなのかはサムには分からない。

 ようやく発作のような笑いが収めると、イサベラは別人のように落ち着気を払った語り口で、その当時の政治情勢をサムに言い聞かせた。おおむね教科書に書いた通りの内容だが、『アーサーの孫娘であるイサベラは、スカイウェイは今までのように少数エリートの資源独占にしかならないことを危惧したため、祖父と相談したのち自ら計画から降りた』部分の言及が一切ないため、サムは物足りない思いをした。

 インタビューが夕方まで続いた。外から六時を示す鐘の音。そろそろ帰らないと機関車には間に合わなくなる。何時間も魔法酒を飲み続けて、すっかりできあがっていたイサベラに礼を言って、サムは帰る準備をしながらメモ帳を荷物に戻すと、「そういえば」と、いま思い出したかのような気軽さで最後の質問を投げかけた。本命だ。

「原型機『インモータル』は実は魔法とハイブリットした製品だったって都市伝説を聞いたことあります? あれ笑っちゃうですね」
「不死身魔法を知ってる?」

 都市伝説の質問なのに、郷野伝記の話が帰ってきた。酔っ払いめ。サムがため息を我慢した。初代社長の孫娘というものの、イサベラはいまのインモータル社とはほぼ無関係で、アーサー社長の遺産でのんびりと暮らしてる過去の人にすぎない。大学ではいまでも彼女に心酔する教授が多いと聞いてやってきたけど、間違いだったかもしれない。

「禁忌の一種でね。生老病死を相変化として捉えれば、生も死も命の一形態にすぎない、って説だけれど」
「はあ。水が氷にも蒸気にもなるのと同じなんですか」
「そうそう。まさにそれ。水はどう変わろうか世界に居座り続けるでしょう? じゃあ肉も骨も脳も魂もぜーんぶを水にすれば、実質的な不死身が実現できるじゃないって、子供のころ考えたんだよね。液状化魔法としてメモに残しておいたの」

 イサベラはサムを見ていない。遠い目で窓の外、曇った空を眺めていた。サムは落ち着かなくなって、早く話し終わらないかなと部屋を見まわして、変な違和感で眉をしかめた。

 この家に水がない。水回りなどの設備も、飲用水に関わるものも、一切見当たらない。まるでイサベラ・ブリッジスは水を全く用いずに生活してたようだった。トイレすらなく、サムはインタビューの途中で隣の家の邪魔をしなくちゃいけなかった。

「インモータルはね」イサベラの声でサムがハッとした。今日ではじめて聞いた真剣の語調。「いまも動いてるよ。インモータル社の地下で、心臓みたいに、力強く。中に一回……ああ、二回だっけ?……水を入れられてね、その水が中に蒸気になって、また凝結して、繰り返す。その都度に機械の管路から少しずつ、少しずつ漏れてないことは、誰が保証できる? 漏れ出した蒸気やら水滴やら、大気中の水分と混ざり合ったら、同じ水だと思う? それでも別物になると思う? 魂はどこまで広がれる?」
「イサベラさん?」
「もう逃げられないのよ、私は」

 唐突に話を打ち切って、イサベラ・ブリッジスが微笑みを作って、サムに手を振った。それがインタビューの終わりだと悟ったサムは最後にもう一度、贈り物の茶葉を差し出そうをするが、イサベラが椅子の上に目を閉じて、静かに寝息を立て始めたので、小声で礼を行って退室した。

 三日後、イサベラ・ブリッジスの訃報がトップニュースになった。その日以来の連日大雨は、慟哭かのようだった。

→単語が排出された瞬間は大爆笑だが、でいろいろと悩みました。液状化した不死身なおじいちゃんが大暴れ!的な直球勝負な話を面白く書けるにはどうすればいいのかわからない。今後の課題になると思います。
 こちらはこちらで今回でいちばん好きな作品ですけど、もうちょっと設定とストーリーを練って、まとまった短編するほうがいいんじゃ……と思ったりもします。

No.1838ブラックホール
No.2380罪悪感
No.2931仲間たち

 目を覚めると、ぴったりに潮吹きタイムだ。頼りない足取りで操舵室まで行くと、そこですでに寝ぼけた野郎どもがモニターの前に集まっていた。目をこすったり、あくびをかいたり、よだれたらしながら自我喚起薬物を注射したりと、どいつもこいつも宇宙海賊だなんて聞いてあきれる面構えだ。

 操縦席にいる船長に目礼だけをして、集まりに加わる。モニターでは千の眼を持つ壮麗な星野を映し出していた。星々の大海原に飛び回って、掠奪に暮れる生活は遠い日の記憶に思える。遠くにそびえる視界の崩壊場、ブラックホール『アンドレー』の姿を確認して、思わずまた船長に振り向いた。いくらなんでも近づきすぎたんだ。瘦せこけた老人は物言わぬ。

 船員たちが騒ぎ出す。モニターに視線を戻すと、主人公がようやく登場したようだ。船に近いのもあるが、おびただしいほどに巨大な影がモニター画面の半分も遮った。鰭をゆったりと広げて、振りあがる尾ひれはそこらへんの惑星を簡単に押しつぶせる。

「モビーディック」船長がつぶやくと、宙鯨の瞳がちょうど画面に映って、次の瞬間に分厚い瞼に覆われた。

 我ら宇宙海賊が十回も渡る冷凍睡眠を費やして追いかけてつづけたトンデモ生物だが、その価値のほどは正直誰もはっきりとわかっていない。宙鯨狩りだった船長の懐古旅行なんじゃないかと、船員たちがまことしやかに囁いていたが、肝心な捕鯨もいつまでたってもはじまらない。

 その代わりと言ってはなんだが、船長が時々宙鯨のことを語るようになった。例えば宙鯨は辺境宙域では不老不死な神として祀られてるが、どうやらちゃんとした生物らしい。捕食はするし排泄もする。大きな口を開けて、恒星そのものを飲み込むと思いきや、そのまんま周辺をゆっくり――人間の視座では一生かかっても動いてるかどうか分からないほどに――と回って、光と熱をたんまりと吸い込んで、その後またゆるりと排出していく。

 例えば、宙鯨は本来仲間たちと一緒に宇宙を回遊する生物のはずだ。例えば、宙鯨は歌で仲間たちとコミュニケーションをする。老人の不確かな目はモニターに釘付きになって、度重なる冷凍睡眠の間に過ぎ去った黄金時代を追いかけようとする。最後の宙鯨に追いすがるのは、神殺しだった罪悪感のせいではないのか。船長にそう問いかけようとする機会は何回もあったが、結局言えずにいた。

 モニター内、モビーディックの長い息継ぎがはじまった。船長の話によればこれこそは宙鯨の歌だ。体中に溜まりに溜まった光を天文学サイズの巨躯に今一度巡らせて、頭頂部にある噴気孔からはじき出す。船内が感嘆な声でいっぱいになった。暗闇ひしめく宇宙空間なのに、宙鯨の頭から吹き上げる万色の虹が星野を覆いつくした。あれは宙鯨が見た夢なのか、それとも宙鯨の視座そのものなのか。溢れる情報の大洪水に船の計器が過負荷寸前の悲鳴を上げていて、船全体を一時停止をせざるを得ない。悪名高い宇宙海賊でも、宙鯨のなんともない生命活動を前にしてなすがままにされるしかなかった。

 ひょっとしたら、船長はただこの壮麗極まりない光景を船員たちに見せてやりたいだけかもしれない。同じ思いだろうか、同時に操縦席に目を向けた船員はほかにもいた。だがそこにいたのあは色彩が編み出す影の中に妖しく笑う老人だった。

「歌はアンドレに吸い寄せられてるのう」船長がひとりごちた。「光の墓地なのに何故? 長く残すためじゃ。次に立ち寄る仲間に自分の居場所を教えるために……つまりまだいるのじゃ。まだまだクジラを追えるのじゃ!」

 やがて船長が立ち上がり、宙鯨の光り輝く歌声を自分の呵々大笑に被せてきた。長い、あんまりにも想像を絶する長さの野望をようやく悟って、顔を見合わせる我ら船員。そのうち一人、また一人、そぞろ歩きでモニタールームから出て行って、いま耳にしたのは悪夢と期待して、また冷凍睡眠室へと向かった。

→丸投げにもほどがある。なんじゃこりゃ?
『うわぁめっちゃ面白そうな組み合わせがきた』と排出された単語を見ながら思ったがそれが逆にストレスになったと思います。もっと自由に書くべきかも。あとまた変なじじいが出てきたし。

No.2546将棋盤
No.2806総入れ歯
No.468安心

『明日、試合を見に来てください。できれば、ご両親を連れて』
『マイさんのご両親の言ってることはよくわかります。僕みたいな若僧に『娘を任せてください』なんて言われても、安心できるはずがありません』
『明日は、プロとの対局です。勝ったら昇格なんですが、五段の強い人なんです。だけど、倒したことがあるんです! 盤面をひっくり返す一手で……!』
『明日、もう一度見せてやります。見に来ていてくださいね!』

「……バケモノが」篠塚ハジメ、二十二歳の若獅子。歯をかみしめて唸った。必勝必殺の一手がこうもあっさりと受け止められたとは、年の功を侮ることなかれと悔やむべきか。

「こわっぱめ」進藤ゲン、五十三歳の老いた虎。文字通りに牙を剥いた。油断しきっていた若造を嘲笑するように目を細めてるが、もしかして単に痛かっただけかもしれない。

「だー、わかんねーよ! 喰らえ!」
 去年の大会で進藤を打ち倒し、一か月の入院まで追い込んだ禁じ手である。すなわち将棋盤を持ちあげては相手の顔に叩きづけて、戦闘不能に追い込む大技。若々しくもデスパレードな篠塚だからこその破天荒な一手だが、今年ではなんと進藤が大口を開けて、将棋盤を空中で噛みついて受け流した。床に落ちる将棋盤を深々とはめ込まれる総入れ歯は、老いた虎の凄みをありありと語っている。

「待ちなさい」
 敗北を悟り、沈痛な面持ちで篠塚がスタッフに連行されていく。去年と同じように警察に行くのだが、今度こそは補導では済まされない。篠塚が最後にと思って、会場のどこかにあるはずの彼女の姿を探した。だが進藤は彼らを呼び止めて、厳かに試合の続行を宣言した。

「ダメですよ、進藤さん。こんなルール違反な暴力ガキはちゃんと警察に出さないと」「だはりなふぁい!」「ひぃ!?」

 歯のない一喝を受けてスタッフは引き込んだ。篠塚も尻餅をついて、情けなく後ずさって、迫りくる進藤の手を見る勇気もなくて目をきつく閉じた。だが進藤の手が将棋盤のほうに伸べていた。ふたたび二人の間に置かれる将棋盤に、老境の虎が冴えわたる記憶力で駒を並べ直す。試合が中断される前と同じ盤面に。

「な、なぜ……」戸惑う篠塚。「ぎょうぎがふきか?」「……はい?」総入れ歯を口の中にねじ込む進藤。「……将棋が好きか?」「そ、そりゃ……」

 わかんないです。本音をこぼして、気がづいたら篠塚は一緒に駒を並べていた。彼はどこかで自分を見守る彼女のことを思い馳せた。彼女にかっこいいと、賢いと思われたかった。その思いが暴走したのかもしれない。将棋盤の一角に残された進藤の歯痕を見て、思わず涙を流した。

「ぼ、僕もできるのかな……将棋界に……僕の痕を残せるのかな……」「バカもんが」

 進藤が笑って、完成した盤面の数か所に指をさして、篠塚に見るように促した。涙目で進藤の指を追うと驚いた。全然そんなやけくそになるような絶望な状況ではない。やり方次第ではいくらでもまだまだ戦い続ける。顔を上げて進藤を見てると、老人がにやっと口角をゆがめて、いきなり篠塚側の駒を何枚か指で払いのけた。進藤の歯痕が残っていた部分にある駒だ。

「今回はこのハンデで勘弁してやる。――どうした、こわっぱ。早く続かんか」「で、でも」「でももくそもあるか。やり直すんのだ。将棋も、人生も」「う、うぐっ」

 バカもんが。そんなに泣いちゃあ、盤面が見れないんだろうが。進藤の説教を聞きながら、篠塚が指し続けた。今度こそ、彼女に恥じない戦いをしなくちゃと、決意を新たにしながら。

――よし、別れるか。
 会場の片隅で、松本マイが眉根を指で押さえながら、冷静にそう思った。会場にのしかかる重々しい空気と、背中を刺す両親の視線。何一つ安心できる要素がなかった。

→変なじじい三連発でした。書いてる途中の挫折感が半端ないです。話をぶん投げすぎて室伏広治かと思った。
総入れ歯で将棋盤を噛む以外のものを思いつかない己の貧弱な想像力に悔しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?