【ニンジャスレイヤー二次創作小説】アフターオール・オスモウ・イズ・ジャスト・ア……
1 サイクロン・ダンペイ
サイクロン・ベヤのダンペイはケツを蹴り飛ばされて、路地裏に転がり込んだ。晴れてオヤブンなった以来、この数年ではドヒョウよりこちらの泥のほうがよく口にした。
サイクロン・ベヤは今日も今日とて負けた。ローンを組んで、腎臓を売りさばいて、試合権ごとにほかのベヤからスカウトしてきた有望枠テツノビッグテールは、度重なるサイバネ手術や薬物改造により、身長、体幅とも四メートルの異常体格を手に入れた巨大獣であった。
所詮スモトリというのは体格勝負。さらにダンペイは念には念を入れ、テツノビッグテールにさらなる秘策を仕込んだ。マワシの下に内蔵されたサイバネ・アームである。
作戦は至ってシンプル。テツノビッグテールの常識離れな巨体でギョウジ・レフェリーの視界を遮り、裏でダンペイがリング下でサイバネアームを遠隔操作して、ドヒョーの砂を掴み取って相手にぶつける。
足の裏以外の部位にドヒョーの土を付けたら即負けという、スモトリの絶対ルールを見事に則った戦略であった。
(てめえのほうが先に土に付けてんじゃねーが! 馬鹿にしやがってクソがー! イヤーッ!)
(グワーッ! そ、即座にサイバネアームをマワシの下に戻せばバレはしねぇって! 信じてくだせぇよプロモーターさま。へ、へへ、へへへへへッ!)
「へ、ヘヘヘヘッ!」
ダンペイはヤクザ・プロモーターに殴られたときと同じ笑みで顔を歪ませて、路地裏でふらふらと立ち上がった。違ったのは今回はそこまで作り笑顔じゃないことだ。たったいま背後の建物、すなわち格闘技の聖地たるリョウゴク・コロシアムからは、外まで轟かす大ブーイングが響き渡ってるから。
「ざまあみやがれってんだ……。へ、へへ、哀れなヨコヅナ……。本気で神気取りしやがる……。所詮この街ではオスモウはチープなショーとも気づかずに……」
――サイバネアームが見咎められて反則負けのほうが、まだヤクザ・プロモーターに言い訳ができた。だがテツノビッグテールは完敗した。試合時間コマ七秒。がっぷり四つにすらできず、ヨコヅナのぶちかましの一発でテツノビッグオノが空中一回転してリングアウトした。
ダンペイは自分の肩を抱きしめて、震え上がるように笑い声を漏らす。敗北を悟ったとき、観客席にいる彼は負け惜しみにサイバネアームを動かして、ドヒョーの砂を握りしめてヨコヅナの顔に投げつけようとしたが、ドヒョー・リング上に堂々と立ち聳えるヨコヅナと目が合った。その瞬間が何度も、何度もフラッシュバックした。
ブッダの威容に打ちのめされたマジックモンキーめいた気分だ。
いまリョウゴク・コロシアム内ではヨコヅナが今夜の第三試合に挑もうとしてるのだろう。テツノビッグテールは天下無敵なヨコヅナにとってはワーミングアップにすらならない。天下無敵なヨコヅナ・ゴッドハンドはすべての力士を破壊し尽くす。やがてオスモウそのものを……。
サイクロン・ダンペイは路地裏で泣き出した。ヤクザ・プロモーターに竹刀で叩きつけられた傷が痛いから泣くのではない。これからひとり寂しく誰もいないサイクロン・ベヤに戻らねばならないという、心細い涙でもない。もちろん自分の腎臓やローン返済のアテがひとつもなかったことへの恐怖では決してない。
彼は、悲しくて泣いているのだ。「嫌だよぉ……。オスモウがあんなバケモノのせいでなくなるのは嫌だよぉ……。ゴッドハンド……! ゴッドハンドさえいなければ……!」
ダンペイの嘆きを聞き入れたのはブッダだろうか。それともデーモンだろうか。酔っ払いめいた足取りで路地裏から出た彼の前に、ヨロシサン印のトラックが危なっかしく迫り寄って、道路上に横倒れした。
トラックの積み荷のコンテナが火花を散らしながら路面に滑り、ダンペイにぶつかりそうになりながらも、目と鼻の前で止まった。現実離れな夢見心地で、尻もちついたダンペイは、そのコンテナの中からうめき声と、どんどん強まってくる衝突音が聞こえる気がした。
やがてコンテナが内部から突き破られた。「アイエエエ!」身を縮んで、逃げ出そうと身を起こすダンペイだが、ふいにコンテナに視線をやると、目を奪われた。そしてわけもわからない衝動に身を任せながら、コンテナの上にのし上がると、中から伸び出る、異様に野太い腕を掴んだ。
コンテナの内部は深淵みたい粘りつく闇。そこから覗く、何者かがダンペイを見返した。
その背中は、おぞましい。
2 レップウ・サブロー
数週間後。アンダーグラウンド・オスモウ・ランドにて。
アンダーグラウンド相撲界に、暴風一過。底辺中の底辺、リキシ・リーグから追放され、弟子がみんな夜逃げして、ついぞオカミまで捨てられた限界オヤブン、サイクロン・ダンペイこそが台風眼だ。
「ば、バカナー!」アタマミツイヌ・ベヤのケルケロスオヤブンが頭を抱えて遠吠えした。彼の一番弟子が天地逆さまになってドヒョウ・リングに埋められた!
「イカサマだー!」ギョウジ・レフェリーを殴りかかるマシンガンオヤブンだが、彼を制止しようとする人間は当人のギョウジ・レフェリーを含めて会場にいなかった。あのテッポウ・ベヤのドトウバズーカが、なんと張り手一発で沈んだのだ。そんな衝撃的な光景に誰もが理解を追いつけていなかった。
「ぬお、ぬおおおー!」礼儀も作法もなんのその! ドヒョウで雄叫びを上げるのは、禍々しいフウジン・マスクを着けた覆面リキシ。彼こそはこのわずか一ヶ月の間に、ネオサイタマの各アンダーグラウンド・スモウリングに乱入しては、エースリキシたちを薙ぎ倒してきた理外のモンスター、すなわちタツマキタイフーンその人だ!
タツマキタイフーンの傍に、サイクロン・ダンペイが苦労してドヒョーを登り上がった。憎たらしくその顔を歪ませる。
「ほれほれ、マシンガンの。観念せんかい?」
「この……死に損ないが……!」
真っ赤な顔になったマシンガンオヤブンが彼を血走った眼で睨みつけるが、じわじわと歩み寄るタツマキタイフーンの影に怯むように後じさり、懐から封筒を取り出してはダンペイに渡した。
封筒の中にいる素子と書類を一通り検めたダンペイが、満足そうに頷くと、素子を一枚、二枚、三枚……、観客に見せびらかすように素子をタツマキタイフーンのマワシに差し込んでいく。何たるもちろん違法だがもはやアンダーグラウンド相撲界ではチャメシ・インシデントな堂々としたギャンブル・スモウ行為が!
「メシ代だ! 食ってこい、デカブツ!」
「ぬおおおー! メシー!」
「アイエエエ!?」
「アバーッ!?」
無造作な体当たりでギョウジ・レフェリーとマシンガンオヤブンを轢き飛ばして、タツマキタイフーンがツカツカとドヒョーを下りて、フードコードに駆けつけた。そのおぞましい背中を大勢な観客が席を立って追っていく。
今夜も米という米をすべて貪り尽くすだろう。その怪物性がネオサイタマのスモウ・ファンの心を鷲掴みしたのだ。
一方、ドヒョーの上でスポットライトの中心に立つダンペイが、にこやかに手招きして、ドヒョーサイドにいるスタッフからマイクを要求すると、いつものマイクパーフォマンスをはじまった。観客を挑発し、リキシ・リーグを貶し、次のチャレンジャーを求める。
――そんなかつてのオヤブンの醜い姿を、レップウ・サブローが観客席から眺めた。
「よく言うぜ、このオヤジ」右隣の観客がほくそ笑む。「ゴッドハンドとは同期なんだって。一度も勝ったことがなくて、おまけに弟子までゴッドハンドにやられたくせによ」
それは半分だけが正しい。レップウ・サブローが無表情に思った。ダンペイとゴッドハンドとは同期ではなく、ダンペイのほうが大先輩だ。あっという間に追い抜かれた挙げ句に、私情まみれなブツカリ・トレーニングを後輩のゴッドハンドに強要しては、稽古中に足が折られて、あえなく引退した。つまり一度も勝ったことがないじゃなくて、そもそも公式で試合したことがない。
「ああ、弟子ってあれだろう、サブローだろう。あいつも一時期けっこうよかったけどな」左隣の観客が相槌を打った。「オヤブンの古臭いこだわりに巻き込まれて、サイバネ手術もせずにゴッドハンドとやって大負けしたあとベヤから出ていったとさ。オヤブンとはもう会いたくもないだろうよ」
それも半分間違った。サイバネ手術は、した。オヤブンと一緒に、オカミさんに土下座して金を出してもらった。それで手に入れた鋼の手足だが、ゴッドハンドと組み合った途端、トーフめいて粉々にされた。ドクターストップがかかって、あえなく引退だ。
あとオヤブンとは毎日のように会っている。ただいまではオヤブンが土下座する側で、彼が竹刀をもって怒鳴り散らかすヤクザ・プロモーター側になっていた。
所詮オスモウとは、ショー・ビジネスさ。彼が立ち上がり、ドヒョーに向かった。あらかじめ示し合わせた通りに、スポットライトは彼に当てて、ドヒョー上にいるオヤブンは大袈裟なリアクションを作り、彼を激しく罵倒した。
サブローはポケットからマイ・マイクを取り出して、飄々として不敵な態度を取った。さりげなく自分とリキシ・リーグのつながりをほのめかして、鼻を鳴らすと、アンダーグラウンド・ジムの観客たちがわっとなって彼にブーイングを唱えた。ここのファンはショー・ビジネスの本質をよくわかっている。
「落ち着きなさいよ、まったくこれだからアンダーグラウンドの連中は野蛮だ」バニー売り子からビールを受け取って、小指を立たせてイッキする。サブローが場の空気がほどよく温まった頃合いを見て、本題に切り出した。
「マケグミな貧乏人どもが。本物のスモトリを見せてやろうか、ええ!?……たとえば、ゴッドハンド、みたいな」
会場の空気が一変した。ショー・ビジネスとは対極にいる存在。オスモウそのものであり、オスモウの破壊者。ゴッドハンドの名は言ってはいけないものだ。
「その穢らわしい名前を出すんじゃねー! お前のような腰抜けとは違う、俺のタツマキタイフーンはそのうちゴッドハンドをも喰らうぜー!」
「そのうちじゃあ、ダメでしょう。みなさんもそう思うじゃない? どうせサイクロン・ダンペイはゴッドハンドに勝てない。どうせリップ・サービスだ」
「そうだ、そうだ!」
観客席に事前に混ぜておいたサクラがサブローを応じた。釣られて会場内の勢いが再び滾りだした。事態が順調に進んでる。サブローが満足げに頷ける。
もちろんゴッドハンドと試合させるつもりは微塵もない。どこで拾ったかわからないが、タツマキタイフーンはいいリキシだ。破壊者に安々と潰されてたまるか。ゴッドハンドへの復讐を口実に、売名していけば、来場所、さらに来場所の客入りが安寧だ。リキシ・リーグには塩試合しかしないゴッドハンドに頭を抱えていて久しい。話はすでに水面下で付けてあった。
(稼げるだけ稼いで、一緒にオカミさんに謝りにいこう、オヤブン)人を小馬鹿にする微笑みを作りつつ、サイクロン・サブローは思った。(ただのショーなんだよ。オスモウなんか、真面目にやるだけ損だ)
「僕が用意したリキシと戦ってもらいますよ。タツマキタイフーンがリキシ・リーグに通用するタマかどうか、みなさんも一緒に見極めようじゃないの」
ハサミもゴッドハンドも使いようだ。サブローはダンペイと得心の目線を交わす。輝かしいドヒョー・リングから彼を見上げたオヤブンの目には、見慣れない熱が帯びていて、サブローが怪訝な思いをした次の瞬間、ダンペイの口から出た罵声があんまりにも慣れ親しんでいて、彼はオジキして命乞いしそうになった。
「そんな回りくどいスモウを教えたつもりねぇぞ、腰抜けがー!」
「アイエエエエ!?」
「やるならASAPだ! ゴッドハンドがスモウを壊す前に、俺が破壊者を壊すんだー!」
「は、はあ!? ちょっ、話がちが……」
静まり返った会場にサブローの思わず漏れ出た本音が響き渡る。しかし彼が我に返って口を覆ったのと同時に、リキシエントリー用のハナミチへと繋ぐ扉が勢いよく開いて、脇に大鍋を抱えたモンスターめいたリキシが姿を現すと、雄叫びをした。
「ぬお、ぬおおお! 足りない! 足りないよ! メシ!」タツマキタイフーンが泣き叫ぶ。さっきよりも一回り膨れ上がった彼の腹部がマワシを押しのけて、ヘソの下に刻まれたバーコードが隠れ見える。
バイオスモトリのバーコードが!
だがそれに気づく人は誰ひとりとしていなかった。気がづけばアンダーグラウンド・ジムはかつてないほどな熱気で熱砂嵐めいて滾っていた。豆粒のような老人がドヒョウの上で誇張妄想を垂れ流し、観客席ではそのありえるはずがない空想を夢見て、拳を振り上がる。
「そうだそうだ! このままではオスモウがなくなっちまう!」
「ゴッドハンドなんか潰しちまえ!」
「壊せ! 壊せ! 破壊者をも壊せ!」
理不尽だ。サブローがその場で座り込んで、会場内に膨れ上がる熱気に圧倒された。かつて現役時代では、そんなゴッドハンドを速やかに倒さねばならない圧力が彼を愚行に走らさせた。それを今目の前で、愛するべきファンと師匠がそのプレッシャーをオスモウ愛という大義名分の元にふたたび呼び起こした。
「バカどもめが……。破壊者を憎んでどうする。ほっておけばいいんだよ、ショーなんだからさ!」
なんとかしなければ。オスモウはこのバケモノたちに壊されてしまう。サブローは恐怖した。震える手で彼は携帯端末を取り出して、「M」と一文字だけで記録した番号にコールする。
「もしもし……はい、はい、夜分ですみません……。――マサカリファング=サンはいらっしゃいますか?」
悪魔と取引を交わしつつも、光輝くドヒョウの上からいつまでも離れようとしない在りし日のオヤブンを、サブローは凝視せざるをえなかった。サイクロン・ダンペイの背中は、あのときのように、眩しくみえたから。
3 サイクロン・マミコ
数日後。サイクロン・ベヤの玄関前。
眉を吊り上げて、品定める目でマミコは眼の前にいる熊めいた巨漢リキシを、頭てっぺんから爪先まで視線を走らせた。下腹部にあるバーコードに目を留めて、フッと溜息をつく。
「そういうことかと思った。あの能無しが。で? いつまで玄関に立たせるつもり? 早くどきなさい」
リキシ……タツマキタイフーンは言われるように動いた。フウジン・マスクの下は混濁とした両眼。よだれと思しき液体が絶えることなく顎あたりから滲み出てくる。マミコは手に持ったビニール袋をわざとらしく高く掲げてる。内容物の香ばしい匂いが彼女の身を守る。いまのところは。
「メシ作ってあげるから、大人しくしなさい」祈りめいて彼女は念入りに言った。「メシ」タツマキタイフーンが唸って、頷いた。
サイクロン・ベヤは寒々としていた。常に騒がしい廊下は汚れきっていて、稽古場も荒れ放題だ。ドヒョーの名残りと思しき隆起する土の塊があったが、もはや神聖なるドヒョーとしての見る影もないほどにあちこち崩れ落ちていて、カビまみれに腐りきっている。しばらく歩みを止めて、マミコはそんな稽古場を見つめた。弟子たちが土を掘り返して、丁寧に俵を埋め込む姿を目に浮かばせる。
あのときからサブローはずる賢くて、オヤブンとオカミの目を盗んで油を売るのが誰よりも上手かった。それでいて誰よりもシコを踏んできたから、オヤブンも強くは怒れない。
そんな愛弟子が、昨日彼女のところにやってきて、昔と同じように跪いて、尊厳もクソもかなぐり捨てて嘆願した。
マミコが久々に作ったちゃんこ鍋は、それこそ台風に持っていかれたように、瞬く間にタツマキタイフーンに吸い込まれて消えた。「足りない」バイオスモトリが物悲しげに、宇宙の真理をつぶやく。「食べたら、なくなる」
「そりゃそうでしょ。食べたりない?」
「足りない」
「じゃさっさと行くぞ」
マミコがタツマキタイフーンの手を引いて、扉へと向かった。外で車を待たせてある。ライフルを持つボディガードも。ここでバイオスモトリを確保して、ヨロシサンに引き渡せば、一件落着だ。サブローはリキシ・リーグとのパイプを失わずに済むし、彼女はこの一件でヨロシサンの弱みを握る。ウィンウィンだ。
情けない大弟子も、押し弱いオカミももうあの頃とは変わり果てていた。変わってないのは頑固なオヤブンだけ。
玄関口で、物言わぬバイオスモトリが立ち止まる。腹の底から湧き上がる寒気を悟らせないように、あえてうんざりとした口調でマミコが振り返る。
「どうした? メシはいいのか? 食べ放題だぞ」
「明日は、試合」
「明日のことでしょ。いま一緒にこないとご馳走がなくなっちゃうよ。焼き上がったイカも、色とりどりなスシも、ちゃんこ鍋もラーメンもおいしいおいしいオコメも、みーんななくなる」
嫌ならいいけど? と、手を放して、マミコがさきにベヤから出ていった。見返したら、バイオスモトリが頭を振っていた。濁ったはずの両眼が朝陽に照らされて、錯覚なのか透き通ってるように見えた。
「明日、ヨコヅナと試合。ブッダに、見せる試合」
マミコの表情が動いた。厳かにそう語るバイオスモトリを、サイクロン・ベヤ最後の弟子を見て、彼女の脳裏にノイズがざわめく。忘れて久しい、人生の汚点として切り捨てた頃の迴響が。
――知ってるか、マミコ! ドヒョーにはブッダが住んでるんだよ! だから神さまを見せるためにおれらがオスモウを取るんだよ!
「バカね」サイクロン・ベヤのオカミの声で彼女が言った。「しょうもない。そんなに立派なモンだったら、ハナからアンタは生まれていないわよ。いいこと? オスモウってのはね、所詮……」
立て続けに銃声が響いた。マミコが揺らいで、倒れていく。タツマキタイフーンも一瞬ひるんだが、一呼吸もしない間にもう獣じみに吠えだして、玄関から飛び出した。
サイクロン・ベヤの門前に立ちはだかるのは、同じ刈り上げ頭に、同じ顔立ち、さらには同じサイバー・サングラスのスーツ姿の男たち。彼らが一斉に装備したライフルをリロードすると、寸分も違わない動きで一斉に再度狙いを定めて、ピッタリ同じタイミングで一斉に再度発砲した。
――失敗作であるバイオスモトリの次期商品、クローンヤクザなのだ!
「「「「スッゾコラー!」」」」
「ドスッコイ!」
暴走機関車の如く、バイオスモトリが銃弾に身体中に抉られながら、ダンペイが教えた張り手で左のクローンヤクザの首をへし折った。「グワーッ!」「ドッソイ!」そのまま体当たりを食らわせ、中央にいる二人のヤクザをもろともトラックの側面に埋め込んだ。「ダッテメッコラー!」「ヌオーッ!」残りひとりのヤクザがドス・タガーを抜刀し、バイオスモトリの左胸に挿し込む。
ふらつくスモトリに銃口を向けるクローンヤクザだが、後ろからの物音に気を取られて、首を回す。すると、小道から駆けつけてきた黒塗り車が彼を跳ね飛ばした。「グワーッ!?」
弾痕だらけなその車だが、そのままトラックと衝突し、両面のドアがポンと開かれて、停止した。操縦席から血まみれな老人が転がり落ちた。バイオスモトリを見上げて、老人がブツブツとつぶやく。
「ここだぞ……。オヤブンは……ここだぞ……。タツマキ……」
黒塗り車を追うように、さらなるトラックが一台、二台、三台! サイクロン・ベヤの前にバイオ・サメのごとく集まってくる。胸に刺さったドス・タガーを抜き捨て、真っ赤な飛沫を撒いたバイオスモトリが、狂った獣めいでトラック群を真正面から挑んでいった。
――ぼやけていく眼で、マミコがそんな彼を見つめた。低い低い前倒し姿勢、両手が地面に触れては、次の刹那ですでに飛び出した。勢いよく、力みなぎる。
「ハッケイヨー!」
その背中は、美しかった。
4 ゴッドハンド
数年後。寂れた飲み屋。
「おい、おいおいおいおいおい」
飲み屋の店主が狼狽えて、客に渡すビール瓶を落とそうになった。据え付けテレビの画面に目線が釘付けになった店主を見て、戸惑う客が舌打ちしてテレビに振り向いたら、怒りの形相となり店主の手からリモコンを奪い取ろうとした。
「な、何をする! いまリョウゴク・コロシアムが大変なんだぞ!」
「ふざけるな、何がオスモウだ! チャンネル切り替えろ!」
「シーッ! シーッ!」
店主がリモコンを窓の外に投げ飛ばし、必死にテレビ画面を指さして客に見ようと促した。
「とんでもないことが起きてるんだよ、お客様! 見なきゃダメだって!」
「アホらしい。ショーだろうがよ、エンタメなんだよ、オスモウってのはぁ!」
「今回のは違うんだって……、あ、ああ、うわあああああーー!」
ぶ、ブッダよ……。店主が声もなくそう囁いて、大粒の涙を流して胸の前に手を合わせた。祈りめいたその体勢に客が顔を歪ませるが、テレビのほうもさっきからの喧々諤々から一変して、水を打ったように静かになったことが気になった。不審な思いで彼がテレビを睨みつける。画面の中に、ドライアイスの霧の向こう側から、人影が歩み寄る。
――オスモウはあれ以来、変わった。彼の思い通りの方向へ。サイバネが日常茶飯事になり、違法薬物チャンコの過量投与もいつしか力士の基本スペックとなった。花火ショーのようなものだ。力士たちが命を魂を燃やして、飽きたらぬ経済という名の神に我を捧げて贄となる。
――あいつだって、この大波に飲み込まれて消えたはずだった。
『――参加団体はもう一つある』
小さなテレビ画面の中で、あいつがいた。破壊されたはずの破壊者が。客が言葉を失った。眼の前に色彩があふれて、走り抜ける。夢めいた在りし日の光景。シコを踏んだ。囲んでチャンコを食べた。銃口の前に失禁をした。何もかも嫌になって逃げ出した。そんな日々。ドヒョーでの日々。
「ゴッドハンド! ガンバレ! ゴッドハンド! ガンバレーッ!」
テレビ画面に、小さな少年が声を上げて叫んでいた。店主と客の世代では、ありえない応援であったが、やがて小さな声で、店主も拳を振り上げた。それが引き金となって、飲み屋でのほかの客もそれで勇気づけられたのか、気がづけば店内店外を響き渡る大合唱となった。
「ゴッドハンドガンバレ! ヨコヅナガンバレ! ガンバレーッ!」
あの日と同じように、彼だけが参加しなかった。ゴッドハンドの姿に魂すらも奪われたみたいだった。ヨコヅナはあの頃と何一つ変わらない。刺青も、サイバネティクスも、バイオ手術痕もない肉体で、マワシひとつでドヒョーを上がっていく。
彼はそれが自分であってほしかった。だってその背中は……その背中は……。
「クソが。クソがクソがクソが! オスモウなんて……オスモウなんて所詮……」
その背中は、凄まじい。
【終わりです。ありがとうございました】
2024/02/26 追記
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