読む、れもんらいふデザイン塾vol.8【えぐちりか】
先日、アカデミー賞にて作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞を受賞した映画『パラサイト』のポン・ジュノ監督が、会場にいたマーティン・スコセッシのこの言葉を引用して挨拶をした。
このレポートを書いている途中に入ってきたその言葉が、アートディレクターのえぐちりかさんの講義とリンクした。そして、はっきりとわかった。僕は、えぐちさんの言葉と出会いたかったのだ。
***
こんにちは、嶋津亮太です。前置きとして、少しだけ個人的な話をします。
ここのところ感じていた〝言葉にならない息苦しさ〟。文章を書く仕事をしているといろんな人と出会います。広告業界の人やアーティストと呼ばれる人の話を聴く機会が増えました。そこで、とあることに気付きます。
広告の人には「クリエイター」と呼ばれることを嫌ったり、仕事内容を「作品」と呼ぶことをよく思わない人がいることを知りました(もちろん全員が全員ではないけれど)。広告の人がアートを語ったり、作家が広告を語ったり、お互いの仕事を同一視することがまるで〝いけないこと〟であるかのような冷たい印象です。同じ〝ものづくり〟でも、同じじゃないんだ。その感覚は部外者の僕にはわからないことでした。
言葉というものは〝定義〟によって意味が異なります。確かに、定義づけすることは重要です。しかし、それらの言葉を聴いて僕が率直に感じたことは「どっちでもいいじゃないか」ということ。きっとね、丁寧に整理していけば、その線引きというのは理解できると思うんです。でも、なんだか、知りたくない。そう、胸をわくわくさせながら「知りたい」と思えないんです。
「おもしろいものをつくっている人が、つまらない枠をつくっているなぁ」
今書いている文章もボン・ジュノ監督の挨拶を聴いて、ようやく言語化できていることです。そもそも、そこに境界線は必要なのでしょうか?それは〝部外者〟であるがゆえの無責任な発想かもしれません。
えぐちさんの言葉たちは、僕が抱えていた〝息苦しさ〟を解放してくれました。そして、その理由がようやくわかった。それは、この講義の命題ではありません。ただ、僕が、勝手に感じとり、勝手に救われただけのこと。
講義を聴き終えた後の高揚感の理由。それは、えぐちさんが「最も個人的なもの」を、時に作品に、時に広告に、時に言葉に、ボーダレスに昇華していたから。そして、それこそが「最も創造的である」ということを間接的に僕に教えてくれたから。
少々前書きが長くなりましたが、どうしてもそのことだけは先に書き記しておきたいと思いました。それではアートディレクター/アーティストのえぐちりかさんによる講義のレポートをお楽しみください。
***
アートディレクター/アーティスト
えぐちりかさんは2004年に株式会社電通に入社した。アートディレクターとしての最近の仕事では、嵐の活動20年を振り返った『ARASHI EXHIBITION “JOURNEY” 嵐を旅する展覧会』や『オルビス ディフェンセラ』のCM・グラフィックなどを手掛ける。一方で、アーティストとしてインスタレーションを仕掛けたり、立体作品をつくったり、絵本、ジュエリーなど個人としての表現活動を続けている。
1.アイデアって何?
えぐち
自分がものづくりをしていく中で最も大事にしているのは「アイデア」です。〝アイデア〟という言葉を調べてみると、「思いつき、工夫、着想」などの意味が出てきます。
つまり、何でも思いつけば「アイデア」と言えてしまうのですが、大切なことは良いアイデアというのは「なるほど」が大前提にあります。納得できないとどれだけ新しいアイデアでもクライアントに通すことができません。アイデアをどれだけ並べても、形にすることができなければ自己満足になってしまいます。では、どのように「なるほど」をつくれば良いのでしょうか?
2004年、大学院を卒業後、私は広告代理店に入社しました。最初の3年は大変でした。まず会社という大きな組織にびびりすぎていて。まわりは全く気にしていないのに、自意識過剰になっていたんだと思います。仕事の方は、つまらない奴と思われたくなくて、毎日家で朝方まで企画して超寝不足続き。打ち合わせでは、毎回会議室中に自分のアイデアを並べるけど、なかなか通らない。なんとかプレゼンできてもクライアントに通せない。
全力で絞り出したアイデアは、毎日紙くずになって消えていきました。学生時代は面白いことを考えて、ひたすら作って、やった分だけ評価されてきたことが、広告では、カタチにすることすらできない。慣れない環境のストレスで、体も心も限界になり、当時一緒に住んでいた彼に、「会社辞めようと思う」と宣言しました。
「じゃあ、今日からやめたつもりで働いてみなよ」
その時、彼に言われた言葉です。「辞めるんだったら、今日から辞めたつもりでやりたいことを全部やってから辞めさせられた方がいいんじゃない?」。そう言われました。
「確かに、そうだ」
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?