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『裸足で鳴らしてみせろ』


[あらすじ]
舞台はとある田舎町。父の営む不用品回収会社で働く直己(佐々木詩音)は、泳ぎを習得すべく向かったプールで槇(諏訪珠理)に出会う。槇は、かつて世界一周をしたことがあるという、盲目の養母・美鳥(吹雪ジュン)とともに2人で暮らしていた。ある日、病に倒れた美鳥は、槇にある秘密を打ち明け、「自分の代わりに世界を見てきてほしい」と告げる。実際にその地へ足を運ぶことができない槇は、直己と共犯関係を結び、不用品回収で手に入れたレコーダーを手に、世界のさまざまな“音”を集め、架空の世界旅行へと出かける。その旅の途中、互いに惹かれ合う2人の想いは、思わぬ方向へと進んでゆく。


愛(でありながらもっと不確かで曖昧なもの)

雑に投げ出された少年の裸足が映るシーンから、この物語は幕を開ける。そうして、この作品はある男の裸足によって語られる物語なのだと、鑑賞者に予感させる。

槇の養母・美鳥の願いを叶えるために、世界旅行に行くことを決意する槇と直己。「これで見てきてほしい」と美鳥からあるものを託されるも、それを見た槇は、飛行機に乗り世界へ出向くことはできないと悟る。

現地に行けずとも、美鳥の願いは叶えたい。そこで始まるのが、世界中の“音”を集めた架空の海外旅行だ。旅に出る理由は、娯楽でも学びでもなく、母の願いを叶えるため。行けないという現実を、2人は軽やかに乗り越えて再び旅に出る。ここに、母に対する槇の愛が垣間見える。

なにより、音を集める旅路が愉快で楽しい。あらゆる方法を駆使して、何度も録音し直して2人で集めた音。ジリジリと太陽に照らされる灼熱の砂を裸足で踏みしめる音や、チャプチャプとオールを漕ぐ音、渓谷内の隙間から陽の光が差し込むまばゆささえも、音から感じられる。競技場も、市民プールも、2人の秘密基地も、レコーダーを通せばそこは、サハラ砂漠、カプリ島、アンテロープキャニオンそのものだ。生き生きとした表情で旅を続ける2人を見ていると、「2人はたしかにその地に行けている」と確信せざるを得なかった。

“カプリ島”を訪れた2人。青く照らされた水面に、閉ざされた空間で鮮明に聞こえる槇の声。まさに青の洞窟だ。


こうして旅を続ける2人の間に、これまで感じたことのない感情が芽生え始める。たまたまプールで出会った2人は、行動をともにする同志となり、世界中を旅しながら信頼関係を築き、やがて、互いに言葉では形容できない好意的な感情を抱くようになっていた。


近づきたい。触れたい。確かめたい。
誰かを好きになったとき、自然に感じるこれらの純粋な思いは、彼らにとっては戸惑いでもあった。すぐそこにいるのに、触れたいのに、何かが邪魔をして触れられない。2人が抱く互いへの思いは、しだいに暴力的な愛へと変わっていった。

しかしながら、真っ直ぐに想い合う気持ちに相違はない。ナポリタンをほおばる2人や、阿吽の呼吸で音を集めていく2人の表情を見ていると、触れられずとも、心のもっと深い場所で交わっていることが伝わる。やさしく抱きしめることができず、ふざけ合い相手を傷つけることしかできない。もどかしくなることもあるが、たとえ触れられなくても、たしかに交わる2人の愛は本物なんだと、見ていくうちに気付かされる。

手を伸ばしても、あと少しが届かない。けれど、2人の距離は、遠回りしながら、確実に近づいていく。


2人は、世界の名所が記された冊子をめくりながら、現地に想いを馳せる。「いつかは、槇と一緒に本物の景色を見たい」、「美鳥ちゃんを、あの地に連れていってあげたい」。直己の純粋な思いと熱量は、思わぬかたちで2人の運命を変えてしまう。


ともに世界を周り、約束を果たし、想い合った2人の行く末が、どうか希望あふれる未来であることを願わずにはいられない。
愛を描いた物語でありながら、曖昧で不確かなことの連続だ。けれどその曖昧さと不確かさが、2人が自らの手で築いた愛を肯定してくれている気がした。

そんな、不器用な人間の人生に伴走する『裸足で鳴らしてみせろ』。生まれて初めて抱く感情を胸に、想いを伝えることも、相手に触れることもできないけれど、想像だけで2人はどこへでも行ける。旅に出る2人の輝きや、傷つけ合う2人の痛々しさと歯がゆさ。すべてのシーンがみずみずしく、美しく、もっとも尊い128分間だった。

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