フェリーの国際路線に搭乗する話
はじめに
昨年夏頃から、私の中で船舶に関する興味がにわかに高まり船舶を取り巻く話題について調べていました。こうした興味の区切りとして、
出来るだけ船を乗り継ぎ、海外まで旅行をしたい
と思い立ち東京から上海までの船旅を組みました。同様の旅程を検討する際に参考となるよう各旅程の時刻と金額を記載しています。ノート中にある航路を示す地図(以下「海図」と表現します)は、iSailorというアプリケーションからスクリーンショット取得したものです。地図上に引いた赤線は実際の航路ではなく、大凡の航路であることをご承知おきください。
旅行金額: 49,810 円 (大阪泊, 東京/大阪市内移動, 食費を除く)
旅行日数: 2019/2/17 から 2019/2/22 まで 6日間
旅程1: 東京 🚢 徳島
時刻: 2/17 18:00 東京 🚢 徳島 2/18 13:20
便名: オーシャン東九フェリー, フェリーりつりん, 二等洋室
金額: 11,660 円 (事前決済割引プラン)
[2/17 16:00] 最初の旅程は東京と徳島を結ぶオーシャン東九フェリーです。夕方、有明にあるフェリー乗り場に到着して出航を待ちます。ターミナルには積み込みを待つたくさんのコンテナが見えました。この日は夕焼けが綺麗でした。
[2/17 18:00] 東京港を出航です。出航後すぐ東京ゲートブリッジが見えます。写真右側はこの時の海図です。一見幅がある場所でも左右の水深が浅いことがわかります。
今夜の寝台です。二等客室は上下二段となっており壁で区切られています。子供の頃に入った押入れのような、なんだか落ちつく空間です。
船内には食堂はありません。その代わりに、船内の休憩所には冷凍食品の自動販売機が並んでいます。乗客は持ち込んだ食料か冷凍食品を備え付けの電子レンジで温め各々に食事をとります。レストランのあるような豪華な客船とは違い気取らない雰囲気が私は好きです。船内の詳細は東九フェリーの船内紹介が参考となるはずです。一日目はこれで終了です。
[2/18 7:00] 目が覚めると、三重県と和歌山県の県境、沖合40kmを航行していました。甲板にあがると青空、遠くに紀伊山地が見えました。
[2/18 13:30] 徳島港着岸です。
東九フェリー徳島港と南海フェリー徳島港は2km(徒歩30分程度)の距離があります。天気が良い日は歩けるでしょう。(私は歩きました)ただ残念ながら東九フェリーと南海フェリーの乗り継ぎが悪く、3時間ほど待ち時間が発生します。ビールを飲みながら海をぼんやり眺めていてもいいですし、市営バスで一度徳島駅まで出ても良いかもしれません。
そういえば南海フェリー港へ徒歩で向かう途中、橋脚だけが並んだ不思議な光景がありました。後で調べると四国横断道という高速道路の建築現場でした。
旅程2: 徳島 🚢 和歌山
時刻: 2/18 16:30 徳島 🚢 和歌山 2/18 18:35
便名: 南海フェリー, 7便
金額: 2,000 円
[2/18 16:30] 徳島港を出航です。「甲板で飲むビールはいつも等しくおいしい」と綴りたいところですが断酒中でしたのでノンアルコールです。
船内には案内所(売店)やカーペット席があります。閑散としたカーペット席では、幼な子を連れた家族連れ、我が家のように寄り添って眠る男女、スマートフォンのゲームで遊ぶ若人、彼らの日常がごく自然にありました。
甲板にもう一度登り空を見上げると東の空に満月に近い月が見えました。甲板下のベンチは凍えるように寒く人影はありませんでした。
和歌山港に接岸です。写真の遠方に見える横方向の輝点は、南海電鉄の和歌山港駅ホームです。港湾施設のナトリウム灯の橙色は北海道育ちの私に懐かしさを思い起こさせました。
旅程3: 和歌山港 🚃 トレードセンター
前時刻: 2/18 18:45 和歌山港 🚃 トレードセンター前 2/18 20:40
経由: 和歌山港 🚃 天下茶屋 👟 岸里 🚃 住之江公園 🚃 トレードセンター前
金額: 1,150 円
この旅程は船旅ではない為割愛します。詳細は上部地図を確認ください。大阪トレードセンター前にあるホテルに到着します。
大阪宿泊 🏨
宿泊: 大阪トレードセンター駅近くのホテル
金額: N/A(ホテル予約サイトのポイントを利用したため)
この旅行にぴったりのフェリー港を眺めることのできる贅沢な部屋に通されました。二日目はこれで終了です。
旅程4: 大阪 🚢 上海(2/19 大阪 - 関門海峡)
時刻: 2/19 11:30 大阪 🚢 上海 2/21 9:30
便名: 日中国際フェリー, 新鑑真号(V-2516), 二等洋室
金額: 16,000 円(早割りキャンペーン)+ 国際観光旅客税 1,000 円
[2/19 9:00] 宿泊したホテルから徒歩20分ほどで、大阪の国際フェリーターミナルに到着することができます。飛行機で海外へ渡航するのと同様の手続きで出国審査を終え乗船です。
[2/19 11:00] 出国です。OSAKAという文字の入った出国スタンプを押され外国人出境卡と書かれたカードを手渡されます。船内の公用語は中国語で、英語、日本語が少し通じる感じでした。私は中国語が全くできませんので「你好」と「謝謝」以外は英語で通しました。
船内はレトロ中国といった雰囲気で、私はこの船をすぐに好きになりました。コーヒー室と書かれた字形も好みです。
二泊お世話になる寝台です。船員さんが二等洋室まで案内してくれます。ベッドは数年前に乗った深夜急行「はまなす」のようでした。
船外を少し探検します。国際船舶だけありSORAS条約の救命設備で定められた立派な救命艇がぶら下がっています。また国際旅客船舶には乗客の避難訓練が義務付けられています。橙色の救命胴衣を纏い集合場所まで歩きます。
[2/19 12:30] 食堂で最初の食事提供です。私はワンタンスープを注文しました。過去二路線とは異なり船内には食堂があります。朝昼夕と食事の時間のみ営業し朝食は無料で提供されました。
[2/19 15:30] 瀬戸大橋が見えます。瀬戸内海は小さな島が多く、航路は複雑、かつ多数の大型船舶が往来しています。海上交通安全法に基づき、この海域は特別なルールが指定されています。
[2/19 18:00] 夕食の時間に食堂で元宵節(げんしょうせつ)の団子が無料で振舞われました。春節(正月)後に食べるので、日本での「七草がゆ」のようなものかもしれません。私はこの慣習を知らなかったので非常に嬉しい体験でした。
[2/19 22:36] 入国カードの裏面を見ると最初の行に、
外国人が中国に滞在する場合、24時間以内にその滞在地を管轄する現地公安局に対して臨時宿泊登記を提出しなければならない
と英文で記載されているように見えます。知らなかった。出国をしてから気づくのですからお粗末なものです。今回の旅行は中国に24時間滞在しないため宿泊先を予約していません。(入国から出国まで15時間の予定)しばらく考え、何か揉めることがあれば「中国は最終目的地ではなく通過国である」と説明しようと判断しました。同じ旅程を検討される方は事前に日本国内の中国大使館へ確認をした方が良いかもしれません。三日目はこれで終了です。
旅程4: 大阪 🚢 上海(2/20 関門海峡 - 東シナ海洋上)
[2/20 7:30] 四日目朝、船体を波が叩く音で目が覚めます。フェリーは五島列島の西側40km付近を航行していました。島は視認出来ませんが辛うじてdocomoの電波を受信していました。やがて電波も消えると衛星通信経由でのインターネット接続のみとなります。
[2/20 8:00] 粥、饅頭、それから揚げパンの朝食です。写真上の赤茶色の食べ物は紅腐乳と呼ばれる発酵食品で中国ではごく一般的なもののようです。粥と一緒に食べます。付け合わせのコーヒーはインスタントですが洒落た都内のコーヒー店で飲むよりも美味しく感じました。
[2/20 10:00] 完全にdocomo圏外となったので中国国内で利用するSIMカードに挿し直します。中国は国内法に基づき、中国国民にとってふさわしくない情報を遮断し安全なインターネットを実現できるよう、国家全体のネットワークに特別な設定が行われています。ただし、香港とマカオは高度な自治権が認められており、安全なインターネットと引き換えに通信の自由が保障されています。こうした理由から、香港のSIM(電話番号)を契約すると中国国内であってもこの制限の例外になる場合があります。今回、私は香港のプリペイド契約を結びiPhoneで利用しました。(上海市内でも問題なくTwitterが利用できました)
[2/20 12:00] チェジュ島(済州島)から南へ100kmほどの位置を航行しています。この記事の扉絵にもなっている写真です。上海まで直線距離で600km程度の位置です。意外にも水深は浅く50-60mしかありません。ところで地図に印字されている三本の縦線に一本の横線が貫いている海図記号、これは何であるかご存知でしょうか。これは沈船を表す海図記号です。結構、沈没していますね。
[2/20 17:00] 東シナ海洋上、北緯32°07.510' 東経125°10.890' 洋上に灯台があることを航路上の海図から確認していました。洋上の灯台とは何ともロマンチックな響きではありませんか。灯台が肉眼でやっと見えるくらいの距離(おおよそ10km)にフェリーが近づいていることを確認し甲板に上がります。南方向を眺めると、確かに、小さく人工物が見えます。海図索引で確認するとM4252と名付けられていました。私は当初、水ノ子島灯台のような、とびきりロマンチックなものを想像していました。しかし実際は両岸の国が互いに「EEZ内にある水中暗礁である」と主張した上に、一方が(ヘリポートと特別な施設を持った)灯台を建造し骨肉の争いをキメている話題の場所でした。交渉は暗礁に乗り上げているようです。「私のロマンチックタイムを返せ」と思わず口にしてしまいそうになりました。
[2/20 19:00] 夕食は水餃子でした。以前住んでいた亀戸・錦糸町界隈の中華料理店と同じ味がしてなんだか懐かしくなりました。四日目はこれで終了です。
旅程4: 大阪 🚢 上海(2/21 東シナ海洋上 - 上海)
[2/21 1:30] 携帯の振動で目が覚めます。ディスプレイを見ると「歓迎使用聯通香港服務!上網請設置APN為3gnet。」と表示されています。追って、英語と中国語のSMSが届きます。洋上で中国聯通(China Unicom)のネットワークに接続したようです。海図で場所を確認するとフェリーは揚子江の河口に位置していることがわかります。あと8時間ほどで上陸です。Twitterで一日分の更新をざっと眺め改めて眠りにつきます。
※ 揚子江周辺は堆積物によって水深が浅くなっています。川幅は広くとも、実際に大型船舶が航行できる幅は狭く、お行儀よく一列に並んで航行することになります。また、私はグッと来るポイントなのですが水路の標識である右舷標識と左舷標識が日本と中国は逆です。
日本: 右舷標識(赤)、左舷標識(緑)
中国: 右舷標識(緑)、左舷標識(赤)
私は標識や灯台に関する知識を小型船舶免許を取得する際に学びました。遠くに見える光が「ただ、美しい」から、意味をもって見える時、自分にとっての世界は確かに変わるのだなと時折こうした体験から気付かされます。
[2/21 7:00] 揚子江から黄浦江へ入ると川幅は減少します。船舶の往来は依然として活発で写真のような大型船舶と何度もすれ違いました。途中、倉庫や工場に混じり、軍港、造船所も目にしました。左舷側に見えた滬東中華造船(Hudong–Zhonghua Shipbuilding)には、造船中の大型船舶が停泊していました。ちょっとした興味から船尾から船首までの秒数を数えると、大凡40秒を要しました。フェリーは約10nm(秒速5m程度)で航行していたので、船舶の全長は200m程度でしょうか。艦番号はなくレーダー反射対策が施された突起の少ない形状でした。
[重要] 上海への水路は特別な施設が点在しますが撮影は違法です。写真所有が認められた場合、中国国内法に基づき厳しい処罰が課せられます。また、国外から地図を持ち込んだ場合、中国国内法に基づき何らかの規制を受ける場合があるようです。入国前に地図Appなどの削除が妥当かもしれません。
外務省海外安全ホームページ > 中華人民共和国 > 安全対策基礎データ
[2/21 7:30] 朝食は粥と蒸しパン、それから煮卵でした。ふっくらとした蒸しパンには刻みネギが練りこまれていました。
[2/21 9:00] 上海国際フェリーターミナルに着岸です。東方明珠電視塔も見えます。你好上海!接岸後は専用のバスで近くの入国管理事務所に移動し出入国審査で指紋と顔写真を提供します。懸念していた宿泊先報告ですが特に指摘されることなく通過できました。
上海散策 🏙
上海は冷たい雨が降る日で全てに色がなく滲んで見えました。モノクロのフィルターがぴったりで上海滞在中は全てモノクロです。
[2/21 10:30] 入国後に最初に行ったことは交通系カードを買い求めiPhoneへ取込むことでした。私は中国国内で発行したクレジットカードを所持していません。今回は一旦現金で交通カードを購入しiPhoneに取込む方法を試しました。Appleの提供する技術記事の通り、問題なく取込みに成功しました。
[2/21 14:00] 午前中に所用を済ませ、午後から西岸にあるギャラリーや美術館などが集まる地区で過ごしました。写真は去年の美術手帖でも紹介をされていた上海当代芸術博物館です。この美術館は発電所を改装した大型の施設で、中国では初となる公営の現代美術の美術館とのことです。
美術館内部はMystという古いビデオゲームの世界を連想させました。(iOSに移植がされていたのを知りませんでした)
作品のタイトルはありませんでしたが私はこの作品が気に入りました。非常扉へのアクセスがポールパーティションによって阻まれ、監視カメラが行手を監視しています。足もとに注意を払うと、これから利用されるであろう「白色」のペンキの缶がいくつも配されています。白いペンキは何を暗喩しているのでしょう、なぜ、白く塗られる必要があるのでしょう。想像力が掻き立てられます。
これは、FIRE-EXTINGUISHINGSと呼ばれる群作品です。こうしたステンシル技法によるグラフティが、美術館内に幾つも見られました。このうちの幾つかは、彼の作品のようです。
私の見た作品展は"The 12th Shanghai Biennale: Proregress"というもので多数のアーティストが参加する大きなプロジェクトでした。個々の作品は、どれも力強いものでした。詳細はリンクから確認できます。(念の為、加筆です。上二枚の写真は作品ではありません。美術館内にあった「放置されたペンキ缶」と「消火栓マーク」を撮影したものです。消火栓のマーク、糸巻きのようで可愛らしいですよね)
別の美術館も訪れようと考えていたのですが、連日の移動で疲れていたこともあり、大人しく空港に向かうことにしました。
[2/21 17:00] 私は旅行に行くと大抵、地元のスーパーへ立ち寄ることにしています。今回は空港に向かう途中の乗換駅にあった「Metro」という大型スーパーを訪れました。生簀に鼈(スッポン)や知らない食材がたくさん並び流石中国といった印象を受けました。スーパーを出る頃には雨脚が強まり、アウターのフードを被って駅へ移動しました。
旅程5: 竜陽路 🚝 上海浦東
時刻: 2/21 18:30 竜陽路 🚝 上海浦東 2/21 18:40
便名: 上海磁浮示範運営線
金額: 50 CNY(800 円)
[2/21 18:30] 上海には市内と空港を結ぶリニアモーターカー(Maglev)があります。世界で唯一の高速営業路線です。幼い頃から憧れていたので心踊る乗車体験でした。
旅程6: 上海浦東(PVG)✈️ 羽田(HND)
時刻: 2/22 1:25 上海浦東(PVG)✈️ 羽田(HND)2/22 5:00
便名: Peach Aviation MM898
金額: 1,064 CNY(17,200 円 空港使用税含)
[2/21 19:00] 予定の深夜便まで6時間程度時間があります。空港は深夜にも関わらず、週末の成田くらいの混雑で、電光掲示板にはおびただしい数の便名が表示されていました。空港の中を歩き回ったり、雨に濡れた駐機場を眺めたり、kindleに入っている古い小説を読んだり、ソフトクリームを食べたりして過ごします。
[2/22 0:00] 出国審査が終わり同日出国のスタンプが押されます。航空機に搭乗しシートに座るとそのまま眠りに落ちました。東京からフェリーで5日を要した上海は、航空機で僅か3時間の距離でした。
[2/22 6:00] 羽田に到着しモノレールに乗ると、明け始めた空が見えました。浜松町の駅を降りると改札の電子音や駅構内のアナウンス、それから雑踏が聞こえ、日常に戻ってきたのだと感じます。これで、旅行は終了です。
私はまた、東京に戻ってきました。