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[小説] 僕らのカセットテープ交換日記

1991年、そろばん教室が同じだった佐々木が、
突然ミックステープを手渡してきた。
「ん」
「・・・ん!」
トトロのカンタか。
そう思いながら、弓子はうきうきダッシュで家に帰り、AIWAのカセットデッキにテープを入れた。

1991年、小5の佐々木がくれたミックステープ

(A面)
1. Lucky Chance をもう一度 / C-C-B
2. パヤパヤ / LA-PPISCH
3. ペケペケ / ユニコーン
4. Funk Fujiyama / 米米クラブ
5. Windy Lady / 山下達郎
(B面)
1. Woman / John Lennon
2. God Only Knows / The Beach Boys
3. Under Pressure / QUEEN
4. Genius of Love / Tom Tom Club
5. Silly Love Song / Paul McCartney & Wings

佐々木のミックステープは、ラジオからダビングしたもの、レンタルショップでダビングしたものが入り混じり、音量が急に大きくなったり、音質が急に悪くなったりもしたけれど、とっても楽しい選曲だった。カセットケースには手書きの曲リストが挟まっていて、見出しにはレタリングシールで擦って貼ってある「My Favorote」。

弓子は自然に体を動かした。ゆらゆらしていると
「どうしたの、それ」
6歳離れた姉に問い詰められた。姉は「じゃあお礼をあげなくちゃね」とニヤニヤ、普段はCDを貸してくれないくせに、この時ばかりはお返しテープの選曲を手伝ってくれた。

1991年、弓子があげたミックステープ

(A面)
1. あいにきてI•Need•You! / Go-Bang’s
2. 新・オバケのQ太郎 / モダンチョキチョキズ
3. スチャダラパーのテーマPT.2  / スチャダラパー
4. アナーキー・イン AK / アラカワラップ・ブラザース
5. KARKADOR / P-Model

(B面)
1. 東京ブロンクス / いとうせいこう & TINNIE PUNX
2. Top Secret Man / Plastics
3. ドレミ / ウゴウゴ・ルーガのピチカート・ファイヴ
4. 星の彼方へ / Flipper’s Guitar
5. BYE-BYE / 有頂天

姉の「小学生でも楽しんでもらえるように」という意図は伝わるけれど、やっぱりところどころ変わっていたと思う。
その後、佐々木にあげたカセットテープは、クラスじゅうにダビングされ広まった。かつて伊集院光がラップしていたアラカワラップ・ブラザースがここまで聴かれた地域は他にないだろう。おかげで弓子はクラスで一目置いてもらえるようになり(それはある種の生存戦略だったのだけれど)、弓子は一層音楽にハマっていった。毎晩、姉が聴く新しい音楽に耳をそば立てた。勝手に姉の物に触れると怒られるため、姉が居ない夕方にこっそり部屋に入り、CD盤を拝借した。

1996年 中学3年
「体育の授業で『Creep』踊ったってどいつ?」
隣のクラスの佐々木が、休み時間に人のクラスにやってきて声を張り上げた。体育の創作ダンスの授業で、弓子のグループはTLCの『Creep』を選んだ。他のグループはTKサウンドばりばりのユーロビートばかりだったから、弓子の選曲は少し浮いていたのだ。弓子はおどおどしながら前に出た。
「私だけど」
佐々木と話すのは、小5以来だった。
「やべえ、見たかったな!」
佐々木が、中学生らしからぬ素直さではしゃぐので弓子は心底ほっとした。
「弓子もオルタナ好きなんだな」
「ん…オルタナ?」
どうも話が噛み合わない。
「ごめん多分、佐々木が思ってるCreepと違うと思う」
弓子は体育の授業で使ったカセットテープをポケットから出した。
「私の、聴く?」
「聴く!」

翌日、佐々木はごそごそとポケットを漁り、カセットテープを2つ弓子に手渡した。
「これ、俺の『Creep』だから」
それは10曲入りのミックステープだった。

1996年、佐々木がくれたミックステープ

(A面)
1. Creep / Radiohead
2. Walk On the Wild Side / Lou Reed
3. The New Pollution / Beck
4. 1979 / Smashing Pumpkins
5. 悪い人たち / Blanky jet City

(B面)
1. Sunday Morning / The Velvet Underground
2. She's A Rainbow / The Rolling Stones
3. Philosophy / Ben Folds Five
4. Hallelujah / Jeff Buckley
5. ここにいる/中村一義

「もしかして、佐々木って私のこと好きなのかな?」
弓子はどぎまぎしながら、学校に持ってきてはいけないウォークマンを取り出した。先輩には見つからないよう、シャツの内側にイヤホンの紐を通しマフラーに顔を埋めて大音量で聴いた。
佐々木は小学生の頃と変わらない素直さ満載の選曲だった。悔しいほど、最高に良かった。負けじと弓子もミックステープを作って渡した。

1996年、中学生の弓子があげたミックステープ

(A面)
1. Carnival / The Cardigans
2. 夢中人 / 王菲
3. Elevator / Cloudberry Jam
4. My Guitar / Ben Lee
5. Lo Boob Oscillator / Stereolab

(B面)
1. Kandy Pop / bis
2. Private Idaho / The B-52’s
3. Every Planets Son / Venus Peter
4. Jet Set Junta / The Monochrome Set
5. いろんなことに夢中になったり飽きたり /サニーデイサービス

佐々木に「全然知らない曲ばっかだった」と言われ、弓子は鼻をふんと鳴らした。
「私はネオアコが好きなの」
「bisはパンク…?この間ポップジャムに出てたよね」
「カーディガンズのMステは観た?」
「録画したよ」
「弓子は兄弟の影響で音楽詳しいの?」
「それもあるけど、ラジオばっかり聴いてるから」
「俺『ミュージックスクエア』聴いてる」
「私『ソリトンside-b』ばっか観てる」
「勉強しろよ」
「お前もな」

音楽の話ができることがうれしかった。今までクラスの誰ともそんな話が出来たことはなかったから。
互いのおこづかい事情を打ち明け、どのように時間と経済面をやりくりしているか話し合った。月3千円のお小遣いでいかに音楽に注ぎ込めるかが、我々の共通の課題だった。

「ねえ、佐々木君と付き合ってるの?」
バレーボール部の女子数名から体育館裏に呼び出された。
「そういうんじゃないよ」
「愛ちゃん、佐々木君のこと好きなんだから近づかないでよね!」

理不尽な女子制圧を受けて、我々は「ただの音楽友だちである」という表明が余儀なくされた。弓子は「こんなの全然大丈夫、平気だよ」と言っていたけれど、声は静かに震えていた。ほどなくして佐々木にはバレー部の彼女が出来た。
弓子は人知れず、佐々木のくれたミックステープを擦り切れるまで聴いた。

1997年の夏休み、Cornelius『FANTASMA』発売された年。高校生になったふたりは別々の高校に進学した。佐々木は、周りに流されてメロコアのコピーバンドを始めた。弓子はアルバイトを始め、CDは月に3枚買えるようになった。ふたりは相変わらず、地元の小さな中古CDショップに集まり、視聴できるものはすべて視聴し、この頃はカセットテープに代わりMDにお気に入りの曲を詰め込んで交換した。

1999年の夏休み、佐々木がくれたミックステープ(MD)

1. Teardrop / Massive Attack
2. No Surprises / Radiohead
3. I Know / Fiona Apple
4. TNT / Tortoise
5. Shove Piggy Shove / LFO
6. あしたてんきになあれ / はっぴいえんど
7. 3×3×3 / ゆらゆら帝国
8. THIS '98/ The Blue Harb
9. 少年ナイフ / Shing02
10.Tender / Blur


「4曲目、smart※のCMで気になってたんだ」
「はっぴいえんど、知らない?YMOの人がいたバンドだよ」
「私、YMO通ってないんだよね」
「ビートルズとかも聴かないの?」
「おじさんくさくない?」
「分かってないなー、お前は」
「何よ」
「とにかく、今度『風街ろまん』持ってくるから、絶対聴いて」
「うん、聴く」
「今YMO関連、順に買い集めているから」

※1999年、ティーン男子向けのファッション雑誌smartのTVCMが放映、はっぴいえんどの『あしたてんきになあれ』がBGM、主演は浅野忠信で流れていた。田舎の学校の規模感で”音楽が詳しい”なんて言ってもインターネットがない時代、重要なパーツがごそっと抜け落ちたりもしていた。

おしゃれな同級生はX-girlやMILKFed. ZUCCAを着ていたが、弓子はおしゃれより音楽にバイト代を注ぎ込んだ。同級生からは「なんでそこまでできるの?『音楽詳しい人』って思われたいから?」といじわるなことを聞かれたりもした。
「ちがうよ、音楽が好きだからだよ」と答えたけれど、意外と的を得ていたかもしれない。弓子はビートルズを聴かないまま、『STUDIO VOICE』や『米国音楽』を読み耽り、ただ深掘りすること自体に躍起になっていた。

1999年、弓子があげたミックステープ(MD)

1. The Boy with the Arab Strap / Belle and Sebastian
2. Don’t Take Your Time / Roger Nichols & The Small Circle Of Friends
3. Hey Joe / Tahiti80
4. Don't Falter / Mint Royale
5. Mama's Lamp / Kitty Craft
6. マリーラフォーレは聴かせないで / 早瀬優香子
7. あなたから遠くへ / 金延幸子
8. Pink Moon / Nick Drake
9. Beef Jerky / CIBO MATTO
10. Socks, Drugs And Rock 'N' Roll / Buffalo Daughter

ミックステープは一曲目が大事だ。パンチのある曲を持ってきて、そこからいかにさらり流れを作るか。中盤からはマイナーな曲を入れる。「これは相手は知らないだろう」という隠れた名曲を。後半にかけてファンタジックなキラキラな要素を。ラストは儚げに夢うつつのまま終わることが好ましい。奇を衒ってこのフォーマットを崩そうとするのもまた良し。ただ「相手より詳しくありたい」というエゴが強すぎると、それは相手にちゃんと伝わってしまう。

2000年、『ハイ・フィデリティ』や『あの頃ペニーレインと』が公開された年。佐々木は東京の大学生に、弓子は地元の短大へ進学した。
友だちと初めて行ったクラブは、思ったほどちゃらついた場所ではなかった。ドリンク代をケチって喉をカラカラにしながら、佐々木はストイックに音楽を求めた。大学では音響ポストロックとかエレクトロニカとか流行っていた。軽音部の仲間から教えてもらったCDをパソコンに一枚一枚、AACエンコーダ(320kbps)で読み込み直し、プレイリストを作ってはCD-ROMに焼いて弓子へ送った。

2004年、大学生の佐々木がくれたミックステープ

1. Hallogallo / NEU!
2. Vision Creation Newsun / Boredoms
3. lambic 9 Poetry /スクエアプッシャー
4. Avril 14th / Aphex Twin
5. Teardrop / Massive Attack
6. LOVEBEAT / 砂原良德
7. +33 / 坂本龍一
8. WONDER WORD / スーパーカー
9. Lay It Down Slow / Spiritualized
10. Wake Up / Arcade Fire

弓子は地元に残り、好きなミュージシャンのMYSPACEをチェックしたり、音楽系のブログを読み漁った。mixiで昔から聴いていたミュージシャンと知り合い、独学のHTMLの知識でホームページを作ってあげたこともあった。だけど大方のミュージシャンはお金がなく、相手は無償で横暴な要求を繰り返し、弓子の生活はボロボロになった。いくら「好き」だからと言って、つけ込まれてはいけない。自分の好き度を、他の誰にも計られてはいけないことを学んだ。

社会人一年目の弓子があげたミックステープ

1. Heartbeats / Jose Gonzalez
2. Hoppipolla / シガー・ロス
3. I'm 9 Today / múm
4. Heros / David Bowie
5. WORLD'S END SUPERNOVA / くるり
6. Micronomic / Lali Puna
7. Angelic / Spankhappy
8. Cruel / Prefab Sprout
9. Please, Please, Please Let Me Get What I Want / The Smith
10. Our Way to Fall / Yo La Tengo

お正月に佐々木が帰ってきて、喫茶ローレンスで落ち合った。
「大学どう、彼女出来た?」
「まー、うん、いるけど。有坂は?」
「いるけど、音楽の話が合わないんだよね」
「それって重要なことなんけ?」
「感覚が合うって大事じゃない?」
「そう?」
佐々木はきょとんとした。佐々木にとっては音楽の趣味が合う人と付き合うとかは、別にどうでもいいことらしい。

2009年、28歳。『(500)日のサマー』が公開された年。
大学卒業後、バンド活動に見切りをつけて、佐々木は東京の印刷会社の営業マンとして働いた。フェスに行くために、就職は有給がたっぷり一週間取れる会社を選んだ。平日は毎日疲れ果て家に帰り、熱中していたギターには埃が積もっていた。それでもやっぱり音楽は好きだった。自然と環境音楽寄りのロックを好むようになった。佐々木は、別段音楽が好きでもない彼女をフェスに連れて行きテント泊を覚え、弓子はいまだフェスデビューから遅れていた。

2009年、佐々木がくれたプレイリスト

1. Be Good or Be Gone / Fionn Regan
2. Cape Cod Kwassa Kwassa / Vampire Weekend
3. Easier / Grizzly Bear
4. joy / Rei Harakami
5. The Eraser / Tom Yorke
6. The Light / The Album Leaf
7. Beach Boy / Bon Iver
8. Lake of Canada / The Innocence Mission
9. Winter is Blue / Vashti Bunyan
10. Mambo Numerique / Senor Coconut

セニョールココナッツが、おまけみたいに入っていた。この頃の音楽の聴き方は、お気に入りのレーベルの視聴をくまなく聴いて、iTunesで150円で購入してプレイリストに詰め込んでいく、ほんとうに気に入れば1500円でアルバムをダウンロード購入するスタイルだった。

「最近こんな感じだよ」
「君はどうしているの?」
「カート・コバーンやジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン夜も年上になっちゃったよ」

2009年、弓子が送ったプレイリスト

1. Image-Autumn-Womb / Goldmund
2. Lay Your Head Down / Keren Ann
3. Dark End of the Street / Cat Power
4. Music Takes Me Up / Mr. Scruff
5. Mirador / Efterklang
6. With The Notes In My Eyes / Peter Broderick
7. Hjärta, instinkt, principer / Johan Heltne
8. Summrtime / Rosinha de Valença
9. White Winter Hymnal / Fleet Foxes
10. Ambre / Nils Frahm

2010年頃、AppleのiTunesにコミュニティ機能としてiTunes Pingというものがあった。「今こんな音楽を聴いてるよ」とフォロワー同士で見れるSNSだった。
ふたりはもう、ふたりだけの間でオススメを送り合ったりしなくても、いつでもお互いのプレイリストを垣間見ることができた。それはそれで、閉鎖的。
ふたりが聴く音楽も水彩で混じませたみたいに似たり寄ったりになってきた(このサービスは2012年に終了した)。

2012年の、佐々木のプレイリスト

1. The Look / Metronomy
2. The Wilhelm Scream / JAMES BLAKE
3. Thinkin’ bout you / Frank Ocean
4. Love Cry / Four Tet
5. Cirrus / Bonobo
6. Elephant / テーム・インパラ
7. A Walk Tycho
8. Key / Ametsub
9. The Lemon of Pink I / The Books
10. An Ending, A Beginning / Dustin O'Halloran, Peter Broderick

2015年、34歳、佐々木が結婚した。
弓子は結婚おめでとうMixを贈った。

1. The Kiss / Judiee Sill
2. Sound & Color / アラバマ・シェイクス
3. So Good At Being In Trouble / Unknown Mortal Orchestra
4. River / Leon Bridges
5. Summertime / Rosinha De Valencia
6. 美貌の青空 / 大貫妙子 & 坂本龍一
7. Going Home / アウスゲイル
8. Captain Of None / Collen
9. Death With Dignity / Sufjan Stevens
10. Why'd You Only Call Me When You’re High? / Arctic Monkeys

世はサブスクの時代。もはやアルバムを通してじっくり一枚のアルバムを聴くことがなくなってしまった。
「フェスとかにも行くわけじゃないし、もう音楽好きとは言えないな」と、弓子は自分の音楽への軽薄さを嘆いた。

2017年、『君の名前で僕を呼んで』が公開された年の、佐々木が気まぐれでくれたMix

1. On Hold / The xx
2. Trouble / Cage The Elephant
3. Something for your M.I.N.D / スーパーオーガニズム
4. 永遠式 / bonobos
5. Movie / トム・ミッシュ
6. Them Changes / サンダーキャット
7. Flaming Hot Cheetos / Clairo
8. Petals / Bibio
9. 機械仕掛乃宇宙 / 青葉市子
10. Tomorrow Never Came / Lana Del Rey

出会い系アプリで音楽が好きなオタク同士、マッチングすることはあった。しかし実際会ってみると、なぜか皆総じて「いやな奴」だった。趣味が合えば合う人ほど、知識をひけらかし、無知を見下し、相手が好きだと言っているものを「ダサい」と言い放つ。

「これって、私もいやな奴ってことなんやろか」
佐々木に相談した。
「世の中でウケてるものにはイマイチのれなくて」
「ひねくれて、こじれまくって・・・きゃー!」
佐々木は茶化したが、すぐに取り直して言った。
「別に、弓はひとりで生きられるだろ」
佐々木の根アカが疎ましかった。

それから7年の間に、ふたりは音楽をあまり聴かなくなった。
仕事や生活に忙しくて、連絡も取らなくなっていった。
弓子はついに集めに集めたCDを全て捨てた。
佐々木はある日、Macをアップデートしたら、長年iTunesのプレイリストが消えていた。呆然としながら、音楽データがたっぷり入ったハードディスクを段ボールにしまった。あんなにも音楽が好きだったのに。レコードやカセットが最近売れてるんだって聞いても素知らぬ顔で、ネバヤンもceroもラップバトルも藤井風も聴かないまま、時だけが過ぎた。

40歳になった。
佐々木のGmailに突然古い友人からLINEが来た。
幼馴染の弓子からだった。
「久しぶり」
「よう、最近何聴いてんの?」
それはいつも通りの挨拶だった。
「んー、今日はマーラーを聴いてた」
「どうした、急に」
弓子は最近聴いているプレイリストを送った。
「最近はこんな気分」

1. Easy Does It / オスカー・ピーターソン・トリオ
2. I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free / ニーナ・シモン
3. つばめ / アオとゲン
4. 空とぶ東京 / CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN

4曲で力尽きていた。
「チョコパコいいよねぇ」
「いいよねぇ」
「Spitifyのプレイリストって、仕様上ほんと思いついた順にただ入れただけみたいになっちゃうよねぇ」
「世の中の皆さんはこんなことに時間はかけられないんだよ」
「俺らがさんざんやってきたことな」
「想いは、重い、そんな感じか」
「俺ら重かったのか」
「ところで、私、がんになっちゃったんだ」
「えっ」
「でも深刻にならないで、大丈夫だから」
弓子は大丈夫な時ほど大丈夫と言うのをよく知っていた。

あくる日、
「今まで俺たちは、何を聴いて何を愛してきたんだっけ?」と自分に問うた。佐々木はタンスの奥からハードディスクを引っ張り出し、昔のプレイリストを復元しようとしたが、データは壊れていた。
こうなりゃ、しゃあない。佐々木は時代に抗うように、時間をかけて祈りを込め、記憶の糸を手繰り寄せ、Spotifyに曲を詰め込んだ。

2024年、入院中に佐々木がプレイリストに追加してくれた。

5. Live Forever - Remastered / オアシス
6. I Want You To Love Me / フィオナ・アップル
7. Hiding in Plain Sight / MANIC STREET PREACHERS
8. After Midnight / Phoenix
9. If They're Shooting At You / BELLE AND SEBASTIAN
10. 薔薇と野獣 / Cornelius, 細野晴臣
11. Luv(sic), Pt. 3 / OMA, Shing02, Uyama Hiroto, SPIN MASTER A-1
12. Camel ('Na Storia) / くるり
13. Getting Reminders / Efterklang, Beirut
14. Lemon Girl / Hayes Bradly, Beck
15. Fuel / エミネム, JID
16. First Love - 2022 Mix / 宇多田ヒカル
17. Still What I'm Looking For / Mac DeMarco, Ryan Paris
18. Focus Ring / Denison Witmer, Sufjan Stevens
19. O, I Love You / Essie Jain
20. Morning Dove / Gia Margaret
21. SHYNESS / POiSON GiRL FRiEND
22. Speyside / Bon Iver
23. Prep-School Gangsters / ヴァンパイア・ウィークエンド
24. The Adults Are Talking / The Strokes
25. Sunset Marquis / Ben Lee
26. Defense / Panda Bear, Cindy Lee
27.Love Insurrection / プライマル・スクリーム
28. Primrose / ピクシーズ
29. Who Goes There / スマッシング・パンプキンズ
30. Beautiful Horses / Christopher Owens
31. Endsong - Live Troxy London / ザ・キュアー
32. Tender - Live at Wembley Stadium /ブラー

プレイリストにずらり並んだ、昔よく聴いていたミュージシャンの最近の曲たち。
「この人たち、まだやってたんだ…」
「そうだよ。まだまだかっこいいままだよ」
「うん」
「まだまだ弓だってやれるだろ?」

デーモン・アルバーンの声が甘く優しかった。
誰の人生にも、誰も知らないであろう大切な曲がひとつやふたつやみっつはあるよね。
メリークリスマス
メリークリスマス

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