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脚本 銀河八十八

※これは1969年の映画『銀河』を元にサンプリングした脚本です。
監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル&ジャン=クロード・カリエール

映画は、キリスト教における巡礼の道、サンティアゴ・デ・コンポテーラを舞台に、宗教システムの欺瞞を描いたコメディです。これはその物語を、真言宗の西国三十三所巡礼に書き換えたものです。
無宗教と言いつつ神様を信じている、私の目線の脚本です。何か信仰をされている方には、不快に思われる内容かもしれません。
これは純粋な創作ではありません。プロットも拝借しています。AIも使用しています。

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徳島編

週末、ジャスコ帰りの車がビュンビュン行き交う国道。そこから一、二本外れただけでバス一本通らない、侘しい道へと出る。巡礼の道、八十八ケ所。「対向車が来たら終わりだね」というくらい、細い細いコンクリート小道をふたりの男が歩いている。車が来る。男たちは指を立てて、ヒッチハイクを試みるも、車は素知らぬ風で通り過ぎていくばかり。

老ぼっち: 誰も止まらないな。
若ぼっち: 仕方ない、行こう。
老ぼっち: 疲れた。
若ぼっち: 「疲れた」とか言うなよ、「憑かれた」みたいだろ
老ぼっち: 「ツイいない」つったら、憑かれてなくてイイってことかよ?
若ぼっち: それにしても、腹が減った。
老ぼっち: おにぎり残ってないか?
若ぼっち: 知ってるだろう。ない。

ふたりはさして親しい仲ではない。たまたま一番札所の霊山寺で知り合い、共に歩いている。旅は連れ合い、袖触り合うも人の縁だ。
すると道向こうから山高帽を被り高級な紳士服でキメた男が、靴音を鳴らしてやってくる。

老ぼっち: お恵みを。
若ぼっち: お恵みを、どうかお願いします。
見知らぬ紳士: カネはあるか?
老ぼっち: ありません。
見知らぬ紳士: なら何もやらん。
見知らぬ紳士: 若いの、お前は?
若ぼっち: はい、少しなら。
ポケットからじゃらじゃらと小銭を見せる
見知らぬ紳士: それならもっとやろう。
見知らぬ紳士は、若ぼっちに一万円を指先で手渡す。
見知らぬ紳士: 八十八ケ所巡りか?
若ぼっち: はい。
見知らぬ紳士: 次は二十四番、最御崎寺だな?
老ぼっち: どうして知っているんです?
見知らぬ紳士は、カツカツと靴音を鳴らし立ち去ろうとするが、振り返り戻ってくる。
見知らぬ紳士: (若ぼっちに) 着いたら娼婦を買って、子をつくれ。そして長子の名は「わが民にあらず」、次子は「もはや慈悲なし」とせよ。紳士、立ち去る。
老ぼっち: お前、意味分かったか?
若ぼっち: おい、見ろ!
老ぼっちが振り返ると、紳士は背丈の小さい男と歩いている。背丈の小さい男が、手からを白いハトを放つ。

老ぼっち: どっから来たんだよ?
若ぼっち: マントん中にいたんだろ。
老ぼっち: 何で俺たちの行き先を知っていたんだ?
若ぼっち: 気にするな、カネをくれたんだ。俺もカネを持っていると言えばよかった。
若ぼっち: なぜ俺だけにくれて、お前にはくれなかったんだ?
老ぼっち: ハゲだからだろ。あとその眉間のほくろ。ハゲとほくろは信頼感を与える。
若ぼっち: そうかもな。子供のころ、母親もよく言っていた。

時は91年。テレビドラマに齧りつく少年。背後を兄弟がバタバタと駆け抜ける。
母ちゃん:アンタは外で遊んできな!
少年はなおも。ブラウン管の中で月9ドラマのキムタクが髪をひらひらなびかせている。鏡と見比べて少年は母に訴える。
少年: 母ちゃん、俺、ほくろ毛取りたい
母ちゃん:何、縁起でもないこと言ってんだい。せっかく授かった白毫(びゃくごうだよ!
母は息子とキムタクを見比べて頭を撫でる。
母: 長髪だけにはしないでね。坊主のほうが良く似合うんだから。

若ぼっち:えらいえこ贔屓されてたもんだよ
老ぼっち: お袋さんはよく分かっていたんだ。
若ぼっち:そうかもしれん
老ぼっち: タバコないか? 切れちまった。
若ぼっち: んっ、一本。カネはふたりのものだ。
老ぼっち: 恩に着るぜ

歩いていると道端に、服の汚れた少年が座っている。
老ぼっち: (少年に) お前、何してんだ?
若ぼっち: どうしたんだ? 手に血がついているぞ!見てみろ、ここも。
老ぼっち: お前、名前は?
若ぼっち: ひとりぼっちか? お父さんとお母さんは?
少年は表情ひとつ変えず、何も言わない。
老ぼっち: 何だ?舌を切っちまったのか? ほら、焼酎がある、飲め。良いものだ。
若ぼっち: おい、行くぞ。
老ぼっち: 村まで送ってやろうか?
若ぼっち: 往生しまっせ。ほら行くぞ。

そこへ向こうから車が通り、ふたりはすかさず手を挙げる。しかし車は止まらない。2台目の車がやってくると、少年は立ち上がり手を挙げる。車はゆっくり停車する。

運転手: 乗りなさい、早く!
ふたりは戸惑いながらも車に乗り込む。若ぼっちは「ありがとうな」と少年の頭をクシャクシャに撫でる。
運転手:遠くまで行くのか?
老ぼっち: 高知です。
運転手: 良かった。県境まで行くつもりだ。ぶっ通しだけど構わないか?
若ぼっち: ええ、全然。
ふたりは後部座席にあるクッションを首根っこに挟む。
老ぼっち: こりゃ眠れそうだ。
若ぼっち: 気持ちいい。 あああ、神様・・・!
若ぼっちがそう言った途端、運転手は血相を変えて車を停めて、ふたりを降ろす。ふたりは呆然と道に立ち尽くす。
若ぼっち: ちっ何なんだよ・・・

宿屋では、警官が一升瓶を片手に僧侶に声をかける。
警官: 一杯どうです?
僧侶: いいえ、結構です。
警官: 地元の方ですか?
僧侶: はい、近くです。
警官: 帰りに送ってあげますよ。
僧侶: いいえ、歩くのが好きなので。
警官: 御仏の奇跡ですが、あれは奇跡でも何でもない。
僧侶: そうですかね?
警官: 最近じゃ科学的に説明できるよくある出来事ですよ。
僧侶: 私の考えでは科学と宗教に矛盾はありません。だから皆、仏教に。
警官: この辺りの皆、そうですか?
僧侶: この辺りだけではない、世界中、皆がです。
警官: では、キリスト教は?
僧侶: まあ、キリスト教も仏教です。
警官: では、イスラム教は?
僧侶: イスラム教も仏教です。
警官: 神道は?
僧侶: 神道こそが仏教です。
警官は訝しげながら、酒をぐいと煽る。
宿屋に、ふたりのぼっちがやってくる。

宿屋の主人: どうしました?
老ぼっち: 何か残り物はありませんか? お金はあります。
宿屋の主人: ちょっと待ってね。
老ぼっち: (僧侶と警官に向かって)こんにちは。
僧侶: 中に入れてあげてはいかがですか。外は寒いんだから。
宿屋の主人: 旦那、ご迷惑ではありませんか。
僧侶: そんなことはない。
宿屋の主人: どうぞ中へ、ささ、お座りください。
警官: とにかく、和尚さん。私はね、罪を犯しても、懸命に修行を重ねれば、悟りを開けるという点が分からんのです。
僧侶: 浄土真宗なら修行などしなくていいぞ。
警官: なおさら、分からない。
僧侶: 罪に大小はない。煩悩がある限り、皆、終始罪を背負っている。
警官: 信じたいと思います。理解できませんが。
僧侶: 人間は罪つくりな存在であるがゆえ、私たちは生きながらに地獄を歩いているのだ。
警官: それは悪人だけが歩むべき道でしょう
僧侶: 何を言うんです?!
警官: 申し訳ないが、納得できませんな。
僧侶: なおさら信じるべきです!
警官: それなら、神とは誰なんです?
僧侶: 絶対神の話か。流行りの新興宗教は、薄っぺらい人間には魅惑的に映るのだろうが、そこに真理ない。

二人の会話を盗み聞く、老ぼっちと若ぼっち。
老ぼっち: 和尚様、聞きたいのですが、私たちは死んだらどうなるんです?
警官: 何だお前ら? 死んだら何も残らない、無だ。身分証明書は?
老ぼっちと若ぼっちは、ポケットの底から免許証を渡す。
僧侶: ひたすら念仏を唱えなさい。「南無阿弥陀仏」と唱え続けることで、必ず極楽浄土に行けますよ。
警官: ふん、あっちへ行け。
老ぼっち: おやすみなさい。
僧侶: かわいそうに、米の一粒も与えられなかった。少しは情をかけてやったらいいじゃないか。
警官: 法を守りながら、情はかけられません。
僧侶: 不思議ですね。
警官: 何が?
僧侶: 突然、真言宗が正しいと思えてきた。これは啓示かもしれない。人間はもう仏なのだから、死後のことなど気にしなくていいのだ。確信した。
警官: さっき、あなたは極楽浄土に行くと言っていたじゃないですか。
僧侶: は? 私が?
警官: はい、あなたが。
僧侶: (ほうじ茶を警官の顔にかける)

救急車がサイレンを鳴らしてやってくる。
看護師1: (オロオロするぼっち達に)邪魔だ、どけ
看護師2: もう!また脱走して!
看護師1: 和尚様、勝手に散歩に出られてはいけないと何べん…
看護師2:  拘束しないと!
僧侶: ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだ。
暴れる僧侶を取り押さえようとする看護師たち。
僧侶: やめてくれ。俺は正常だ、知っているだろ?
看護師1: ええ、よく知っています。
看護師1は僧侶を連れ出す。
宿屋の主人: 普通の人だと思ったのに。
看護師2:  見た目はね。
警官: 一体あれは誰なのか? 本当に僧侶なのか?
看護師2:  はい、昨年まで本願寺の高僧でした。
多分、あなた言い返したでしょう?
警官: たぶんね。
看護師2:  天邪鬼、そのせいです。

高知編

夜が更けて、焚き火を囲む老ぼっちと若ぼっち。
老ぼっち: 手が冷たい(と言って握手を求める)
若ぼっち: 心が温かい証拠だ
老ぼっち: 心だけ温かくてもな。
若ぼっち: 年はいくつ?
老ぼっち: 59歳。
若ぼっち: それでも、まだヤレるのか?
老ぼっち: この歳でか?
若ぼっち: とにかく、讃岐の大窪寺に着いたら最初にするのは... おい、聞こえるか? 人の話し声がする。
ふたりの元に弟子が近づいてくる。
弟子: 分からないのか? もう始まっているぞ。
老ぼっち: こいつ何を言っているんだ?
若ぼっち: さぁ。
弟子: 君たちはどこから来たのだ? 来たければ来るがいい。ただし、目にしたものについては他言はするな。
若ぼっち: あいつは誰だ?
老ぼっち: 分からない。僧侶のように話す男だ。
老ぼっち: 寝よう。おやすみ。
草の上で横になる老ぼっち。若ぼっちも無関心で焚き火に手を当て続ける。

弟子: 皆の者、高野山から喜ばしいお知らせがある。今宵、大日如来の真理や悟りを凝縮して描いた両界曼荼羅が、ついに完成した。(バーン!)
歓声が上がる。森の向こうから弘法大師、空海が現れる。
有頂天になる人々: お大師さま!お大師さま!
庶民1: 私の悩みを聞いてください!
私は上司が嫌で会社に行きたくありません。どうすればいいでしょうか?
庶民2: 私はインスタのフォロワー数が伸びません。私に存在価値はあるのでしょうか?
庶民3: お大使さま、私の書を見てくれ。私は特別な貴方様に認められたい!
弘法大師は演説を始める。
弘法大師:迷える者たち!迷いの三界に一定の家はない!人は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人道・天道の六道の中で、固定した所にいない。六道に輪廻する者はある時には天を国とし、またある時は地獄を家として住むこともある。あるいはあなたの妻子となり、またあなたの父と母にもなる。
庶民3: お大師さま、どうか私たちをお救いください
弘法大師:あなたと私は昔から、代わる代わる生まれかわり死にかわって転変しているのだぞ。
庶民3: 私もお大師さまのようになれるのでしょうか。
弘法大師:仏として生きるのだ。そのために、自身(しん)、口(く)意(い)、この3つを整えるのだ。
人々は喝采する。
そして「南無大師遍照金剛」と唱えながら拝み続ける。

(雷鳴)
老ぼっち:雷だ !
飛び起きる老ぼっち
若ぼっち: 何だ、怖いのか?
老ぼっち:雷はきらいなんだ
若ぼっち: 祈っても無駄だ
老ぼっち: 分からないぞ
若ぼっち: 神を信じるのか?
老ぼっち:いるかもしれない
若ぼっち、大降りの雨の中へ歩み出る
若ぼっち: 神様、仏様聞こえるか? いるなら、来い!
老ぼっち: バカ!罰当たりめ!
若ぼっち: 1、2...3!
何も起きない。戻ってきたところへ「どかーん」と近くの小屋に雷が落ちる。
若ぼっち: おい、見たか?
若ぼっち: 私には当たらなかった。
老ぼっち: バカ、神仏がお前の言いなりになんかなるか!

ある高級ホテルにて。
ウェイター: マネージャー、一つ聞いてもいいですか?
マネージャー: 何だ?
ウェイター: 類は神を信じるべきですか?
マネージャー: 無神論者はいるが、ありゃバカだ。あれこそ本当の無神論者ではない。
ウェイター: どういう意味です?
マネージャー: 理性ある人間なら、神の存在を否定することはできん。
ウェイター: なぜ?
マネージャー: なぜって? 経典に書いてあるからだよ。自分をよく知っていると思う者ほど、自分自身の愚かさを知らない。
ウェイター: 説得力があります。
マネージャー: そうだろうとも

ホテルのある一室では、変態高僧が自分の立場を利用して、若い尼僧侶を自分の部屋に呼びこみ軟禁している。尼僧侶が断れない状況を熟知してそういうことをしているのだった。
ある高僧: 照子よ、すべての宗教は根本から間違っている。
みな創造主として神仏を必要としているが、創造者はいないのだ。独断と偏見のない宗教などあるものだろうか。そのなかでも私が最も忌み嫌うのは、密教の狂気じみた戒律だ。私たちはその戒律の中で育った。
ある高僧: 照子、目を覚ますがいい、そんなもの狂人の頭の中にしかない幻想に過ぎん。愚か者だけが信じることだ。
照子は両脚を縛られている。
ある高僧: 神仏がこんな欠陥だらけの世界を創ったのなら、その仕事ぶりは軽蔑と憎しみしかないな。神仏がいるなら、地上はもっと悪が少ないはずだ。照子よ、どうやら仏はいない。自然があるだけだ。無知と恐怖から生まれた教義は、平凡な物語に過ぎない。私たちが生きる時間一分の価値すらなかったのだ。神も仏もイカサマに過ぎん。それらは精神を乱し、心を病ませるだけだ。神などいない!
照子: 神はいる!!

マネージャー: 神仏を否定するのは自分の情欲に溺れたいからだ。
メイド: どんな者も仏でもあり人でもある、と言うのですか。
マネージャー: 何て言えばいいかな。例えば、狐が女性の姿を借りるとき、それは狐でもあり女でもある。それと同じだよ。向こうを掃きたまえ。
メイド: はい、すぐに。
ウェイター: しかし密教の行き着く先が即身成仏なら、どうして空海さんは60歳で亡くなったと言われるのですか?
マネージャー: 信者の中には、「死んでいない」と言う者までいる。
ウェイター: 食事は?
マネージャー: 毎日食べるふりをしている。
ウェイター: (腕を裏側に向けて)笑ったりもしたのでしょうか?
マネージャー: ユーモアのない奴に昇進はないだろう
ウェイター: 人だったなら、私たちと同じような誤ちもしたはずですよね?

そこへふたりのぼっち達が会釈をしてやってくる。
マネージャー:おい、誰が入れた?何が欲しいんだ?
老ぼっち:すみませんが、食べ物を恵んでいただけませんか
若ぼっち:私たち、巡礼をしていまして…
ホテルマネージャー:金輪際来るなよ!さっさと出て行け!

愛媛編

老ぼっち:どっこいしょ
若ぼっち:どうした?
老ぼっち:歩けなくなったんだ。靴がひどい有り様でな。
若ぼっち:俺が直そう。
老ぼっち:大丈夫、持たないだろうから。
若ぼっち:何もしないよりはマシだろ。(剥がれた靴底を紐で縛り付ける)
車が近づきヒッチハイクを試みる。車は通り過ぎて行く。
若ぼっち:くそ、死んじまえ!
すると車がクラッシュ、車から断末魔が聞こえ、ブウォッっと一気に燃え上がる。

若ぼっち:やっべ!
老ぼっち:生きてるか?
若ぼっち:うわグチャグチャだよ。
老ぼっち:どうしよう?警察呼ぼうか。
後部座席に突然、親鸞現れる
親鸞:よしなさい、何時間も引き止められることになるぞ。
老ぼっち:お前どっから現れた?
若ぼっち:大丈夫?怪我してませんか?
親鸞:私は君が「死んじまえ」と願った時に乗り込んだんだよ。私はギリギリで乗り込むタイプでな。
老ぼっち:俺たちどうすればいいんだ?
親鸞:だから行けと言ったであろう
若ぼっち:とんでもないことをしてしまった
親鸞:善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや
老ぼっち:君は誰なんだ?
親鸞:比叡山から来た親鸞だ。何千何億の仲間がいる。
若ぼっち:どこにですか?
親鸞がカーラジオをつける。
親鸞: 涙は無駄であり、悔恨も無意味…祈りさえも届かない…良い解決策も拒絶され…悔悟の時間さえ与えられていない…。これは全人類がかかっている病、無明業障(むみょうごうしょう)の恐ろしき病だよ。
ラジオから同じ言葉が繰り返される。
親鸞: でもいつか救われる…仏が暗い心を明るく照らしてくれる日が来るからね!破闇満願(はあんまんがん)。南無阿弥陀仏の六字の薬だよ。
親鸞: だからね、足が痛いと言うそこの君!見ろよ、その痛みももう必要なくないんだ。
視線を落とすと、運転手の履く新品の靴を老ぼっちが履いている。

所変わって立派なお寺の内部。阿闍梨を目指す尼僧が柩に横たわり即神仏となろうとしている。
住職:お願いします。こんな行為は言語道断、今すぐやめてください。
尼僧:止めないで、住職。私が望んだことです
住職:私たちの恩人の宮本武蔵さまが説得しに来てくださいました。
尼僧:何ともないわ。続けます。
住職:仏様はあなたにそんなことを求めていません!

老ぼっちと若ぼっちがお寺の玄関へ入ろうとする。
若僧侶: 閉まっています!入れませんよ!
引き下がるぼっち達。
宮本武蔵:何をしようとしていたのです?
老ぼっち:私たちですか?
宮本武蔵:他に誰がいる
老ぼっち:本堂に入りたかったんです。
宮本武蔵:お前たち、なぜ扉が閉まっているか知っているのか?
老ぼっち:いいえ。
宮本武蔵:ある信者が未曾有の冒とく行為をしている最中なのだ。絶対に中には入るではない!

住職:気分はどうですか?
尼僧:とてもいい
住職:何か必要ありませんか?
尼僧:ひとりにさせて。
(阿鼻叫喚する住職)

宮本武蔵:ハッお前は・・・?!
佐々木小次郎:ここに来るって知っていました
宮本武蔵:ふん、夜だけ出てくるネズミだな
佐々木小次郎:どうしてそんな言い方をするんです?!
宮本武蔵:見たままに話しているつもりだ
佐々木小次郎:私はあなたがどこにいたかも知っています。この神聖な場所で起こっていることもすべて。
宮本武蔵:図にのるな。私の覚悟は既に決まっている。ついて来い。
佐々木小次郎:(ぼっち達に) 証人としてついてきていただけますか?
老ぼっち:証人ですか?
宮本武蔵:決闘を行う。
若ぼっち:俺らルールとか分かんないけど
宮本武蔵:あなたの良心に従えばよい。
決闘が始まる。ぼっち達は呑気に酒を飲み始める。

宮本武蔵:価値ある者であろうとなかろうと、腐敗した者が自由を持っていいわけではない!
佐々木小次郎:価値ある者であろうとなかろうと、人は解放されていなければなりません!
宮本武蔵:貴様は神仏の善意を侮辱している!
佐々木小次郎:私の思考や行動は自分の意思ではありません!ただこうするしかないのです!

若ぼっち: 自由って何だ?
老ぼっち: 善と悪、どっちも選択できることだ。
若ぼっち: 俺が悪を選ぶってことは神仏はお見通しだ。(マリファナを吸い始める)
老ぼっち: そう、それは前からご存知だ。
若ぼっち: 前から決まっているなら、自由だと言えるか?
老ぼっち: それが自由意志と言われるものだ。神仏が善を選ぶよう手助けをしてくれる。
若ぼっち: 俺が悪を選ぶのを知っていたなら、それを選んだのは神だろうよ。どうして神仏は俺に悪を選ばせたんだ?
老ぼっち:神仏のお考えは分からんよ。おい、あっち見ろよ。

ふたりは決闘をやめて、互いの服をはたき合っている。
老ぼっち:俺たちも早く行かないと、最後の札所に絶対に着かないぞ。
若ぼっち:大袈裟だな、そんなに急がなくても札所は逃げないよ。
老ぼっち:遅かれ早かれ
若ぼっち:マッタク、ここにいる全員いつか死ぬわけだ
老ぼっち:ああそうだ
若ぼっち:後悔しないように生きよって言われても、俺、後悔しない為に生きてるわけじゃねえし。
老ぼっち:極楽浄土の為に生きてるわけじゃねえ。
若ぼっち:さ、昼メシどうしようか。
老ぼっち:どうしようかね。

香川編

道を歩く老ぼっちと若ぼっち。
無神論者1:ねぇ、お願いがあるんだけど、手伝ってくれないかな?
若ぼっち:何?
無神論者1:ここから7キロ先に宿があるんだ。ロバを連れてそこで待っててくれないか。
老ぼっち:どれくらいの間?
無神論者2:夜まで。僕たちは村に寄らなくちゃならないんだ。
無神論者1:これを受け取って。急がなきゃ!
若ぼっち:金だ。
無神論者1:もちろん金だよ。
老ぼっち:もし間に合わなかったらどうするんだ?
無神論者2:大丈夫だ。必ず行くから。
無神論者1:隠密にな。
若ぼっち:わかった。
無神論者2:夜に会おう。

荘厳な雰囲気の中、新興宗教の教祖が現れる。
新興宗教の教祖:我々の教義こそ、真実である。神は一つ!
三体の神があるのみである。潜在意識と顕在意識と聖霊。子と聖霊は父と同じく永遠に存在する。この教義から逸脱する者を我々は異端者と宣言する。そして一神のパワーを受け継ぐのは、この宇宙でただ一人、この私だ。皆の者、奇跡をその目で見るが良い。
信者:神は一つ!
順番に信者をきつく抱きしめる教祖。
そこへ、入信者を救うべくふたりの無神論者が怒鳴り込む。
無神論者1:あなた方は大嘘つきだ!
無神論者2:宗教がいつ、人間の苦しみを解放したのだ!
信者:父は内在的かつ本質的な行為によって永遠に存在する。
信者:父こそ唯一の神です!
無神論者1:あなた方は欺かれています!
信者:外道め、捕えよ!

無神論者達は何とか追手から逃げ切り、森の奥にたどり着く。すると湖の中でふたりの兵士が裸で愛し合っている。木には脱ぎ散らかした服が掛かっている。無神論者達はこっそりそれらの服や銃を盗み立ち去る。

無神論者2:(何か獣が過ぎ去り銃を空に撃つ)
無神論者2:畜生!
無神論者1:何だったんだ?
無神論者2:分からない。不思議だよ。この森は、夜叉が出るって聞いたけど。
無神論者1:夜叉は満月の時しか出てこないさ。
無神論者2:ちょっと待て、これ何だ?
無神論者1:見てみよう。
無神論者1:(ポケットの中を探ると数珠が出てくる)何だこれ?
無神論者2:数珠だ。お祈りに使うアレさ。
無神論者1:ふーん(木に数珠を放り投げる)

夜がふけ、暗闇の中、ふたりは煙草を吸っている。
無神論者1:おい何時だ?
無神論者2:7時15分前だよ。
無神論者1:時間が経つのは早いな。
無神論者1:もうヤマカンは期待できないな。
無神論者2:おい聞こえるか?
周囲は小鳥や、鈴虫、蛙の鳴き声の響きに包まれる。森の奥から、神々しい御仏が現れる。
無神論者1:アマテラスか?
論者2:大日如来?
無神論者2:ああ、動いてる・・・!
ふたりは、あまりの美しさに立ち尽くす。
大日如来は、数珠を若い無神論者に手渡す。

宿屋では、ふたりのぼっち達が讃岐うどんをすする。
若ぼっち:美味いな。
老ぼっち:これぞ旅の醍醐味だな。

隣のテーブルでは僧侶が経典を読んでいる。
僧侶: それは何だ?
宿屋の主人:愛媛の親戚にもらった紅まどんなですよ。いります?
僧侶: いや、いい

そこへ見回り警官がやってくる。
警官:ここに怪しい二人組が来なかったか?(ぼっち達に)身分証を見せろ
警官:はい、朝一番に出かけろよ(「問題なし」とし身分証を返す)
僧侶:まったく寒いな。
警官:だから温まりに来たんです。
宿屋の主人:紅まどんな、いります?
警察官:ああ(むしゃぶりつく)
僧侶:子どもができたそうじゃないか?
警察官:貧乏子だくさんですよ。

そこへ無神論者たちもやってくる。
無神論者1:(ぼっち達に)来たよ。
若ぼっち:もう遅いからもう来ないかと思った。
無神論者2:ロバが外にいたから。
警官:狩りは上々で?
無神論者1:いや、無駄骨だったよ。
警官:狩猟免許は?
無神論者たち:どうぞ
警官はこちらも疑うことなく「みなさん、いい夜を」と言って出て行く。

宿屋の主人:(無神論者たちに) お食事ですか?
無神論者1:一泊だけ、空いてる?
宿屋の主人:いいですよ。
僧侶: どうしたんですか?泣いているの?お力になれるかな?
無神論者1:和尚様、実は彼は…。(ポロポロと泣き出す)
無神論者2:待って!自分で話す。これを見てください。
僧侶:もちろん。
無神論者2:大日如来が私にくれたんです。
僧侶:大日如来?だがいつ?
無神論者2:30分ほど前。彼女を見ました。彼女が現れたんです。私は侮辱したのに。信仰は理性ではなく、心から生まれるのです。
僧侶:もちろん。大切にしなさい。だが奇跡はいつだって感動的なものだが、理性を失ってはいけません。知っての通り、神仏の具現は至る所で、何千回も現れているのだから。
周囲の宿泊者:美しい奇跡ですね。
周囲の宿泊者:本当に素晴らしい話だね。
老ぼっち:大袈裟だな
若ぼっち:おい、今のうちに行くぞ
紅まどんなを懐にゴロゴロ入れて、無銭飲食でこっそり宿を出ていく。

若ぼっち:見て、大窪寺だよ。
老ぼっち:やっとだ!もう時間がかかりすぎたよ。
車の女: どこ行くつもり?何か急ぎ事?
若ぼっち: 大窪寺。最後の札所だよ。
女: 今どき八十八ケ所?
若ぼっち: そうだよ。大勢の人が集まるって聞いたんだ。
女: 誰もいないわよ。
老ぼっち: 何だって?
女: 誰もいないわよ。最近まで何千人もの八十八ケ所者で賑わっていたのに今は完全にがらんどうよ。ホテルも同じ、がらんどうよ。
若ぼっち: 何が起こったの?
女: あなたたちはそんなに急いでいないように見えるけど。
老ぼっち: まあな。
女: 私と草の上で一緒に過ごす?
若ぼっち: うん。 俺が先だよ。
女:お金はあるの?
若ぼっち:少しなら。
女: 待って。あなたに伝えなければならないことがあるの。
若ぼっち: 何だ。
女: あなたの子どもを産みたいの。
若ぼっち:なぜ?
女:子どもに「汝、わが民にあらず」と名付けたいの
老ぼっち: おい、私との子ができたらどうするんだ?
女:「もはや慈悲なし」と名付けるわ。

ふたりの旅はこれで終わり。
いや、まだまだ続くみたい。
ふたりのぼっち達は、高野山行きのバスに乗りこむ。紅まどんなをふたつ分け合って。
若ぼっち:いつになったら満願するかね
老ぼっち: ったく、往生しまっせ

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