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ショート小説|もういいよそういうの

(世にもリアルな物語)

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(桃花の視点)
初めは私も怪しいって思ってた。
「インディゴスティックで貴方の不調を治します」
なんて、そんなこと。
桃花は、スピリチュアル好きの友人に紹介された茉里子の自宅サロンを訪れた。

インディゴスティックとは、特別な素材で出来たこの棒を患部にすりすりするだけで、不調が消えてなくなるというもの。女優の杏奈さんも、アスリートのドテライトさんも使っている、とスピリチュアル好きの友人が言っていた。長年、悩んできたアトピーも、弱々な胃腸もこれで良くなるかもしれない。桃花は期待した。

茉里子は柔らかい笑顔で出迎え、ハーブティーを片手に話し出した。やる前にはちゃんと儀式を通らなければならない。内容を口外してはいけない。やる前は煙を焚いてインディゴスティックを浄化をしなければいけない。月夜に行ってはいけない。インディゴ認定トレーナーの資格を持つ茉里子が言う。
本業は看護師の茉里子の休日の顔。茉里子は何でも震災の時にスピリチュアルな能力に目醒めたという。そう、アメブロのプロフィール欄に書いてあった。

茉里子にインディゴスティックでお腹をさすってもらうと気持ちがいいような気がする。
桃花は、茉里子が取り仕切るLINEのインディゴスティック・コミュニティに入る。月一の無料のインディゴお茶会に呼ばれるようになる。
「桃花さん、インディゴスティックお家でもやりたくないですか?」
「え、やりたい……!」
「でもインディゴスティックを個人で持つには、インディゴスティック認定コースの修了が必要なの」
インディゴスティックは5万円。最初のインディゴスティック認定コースを完了するには、セミナーは約7~9時間、こちらは4万円。
「これなら自分のペースでカンタンにオンラインで学べるでしょ?」
「たった一日で習得できるの?簡単じゃん!」

最終的なインディゴマスター認定講師になるには、4つの段階がある。「ファースト」を経て「セカンド」、それから茉里子さんも持っている「認定トレーナー」、東京本部に行き80万円を支払って、やっと「認定講師」になれる。半年に一度「勉強会」があり年に一度「総会」がある。実に簡単、権威的なシステムだ。
「ゆくゆくはセラピストにもなれますよ」
「いや、私は不調をなくしたいだけで、そこまでは……」
茉里子はやさしく遠くを見つめ、微笑む。
「良くなったら次は治す側に」

茉里子は、インスタでインディゴスティックを広めるアカウントを開設する。何を発信したらいいのか分からないようで、とりあえずカフェの写真をアップしている。桃花は「いいね」を押してあげる。他のサロンメンバーも押しているし。
人から求められていると感じた茉里子は、noteや、ポッドキャストでラジオも始める。茉里子は信じている。「これがうまくいけば、副業のインディゴスティックを本業にできる」

(茉里子視点)
茉里子はインスタを触っている。
「放っておくだけで副業収入アップ、放置メソッドワーク」という広告出てきて、茉里子はついタップしてしまう。
「じゃーん。おめでとうございます!当選しました️」という画面が現れる。

長いLPサイトに、明らかにインターネットから拾ってきた三流タレントの吹き出しに「最初は私も疑ってたけど、今じゃ月収100万超え!このチャンスは今だけ、早く登録しなきゃ!」という吹き出し。ボタンを押す。

茉里子は、ガイドブック代1980円振り込む。
エンジェル・マイスターという業者から電話がかかってくる。話を聞くと、YouTuberになりたい人を紹介するだけで15万円がもらえるという。
高梨と名乗る男は、実に口が上手く
「貴方が紹介したその人が動画配信をすれば自動で貴方にも広告料が入ります。集客は私たちがやるから、貴方はスマホで対象者とやり取りするだけでいいんです」と言う。

茉里子の心がワッと膨らむ。
「このお金があればインディゴスティック・マスターコースが最後まで受けられる」
高梨に画面共有アプリをインストールさせられる。フォームの名前、生年月日、住所、勤め先、月収、世帯年収、家族構成を入力する。

「最初はやり方も分からないだろうから、講師の先生と一緒にやっていただきます。12人紹介すると12×15で180万。もしやる気があるならまずは150万支払ってもらいたい」と言われる。
150万は振り込めなかったので、5万円を振り込む。「これは手付き金ということで」

茉里子は、桃花にLINEを送る。
「桃花さん、インディゴスティックでYouTuberやってみない?」
桃花は返す。
「YouTubeとか、そういうのはちょっと」

夜になるにつれて茉里子は冷静になる。
「いやしかし、この晩、180万収入が得られるって保証もないし、文書で契約したわけでもない。これって大丈夫かな…」
茉里子はその夜、旦那に打ち明ける。旦那、激昂する。

翌朝、茉里子は解約を申し出る。
今からの解約には75万円の解約金が発生するらしい。
エンジェル・マイスターの高梨は強気な態度で、
「何なら弁護士をお互い頼んでやりとりしますか? こちらは個人じゃなく、会社として副業紹介をやっているんです。ちゃんとした会社なので、こちらは何も落ち度はありませんよ!」
「ウソです、詐欺ですよね!返してください」
「貴方のためを思って言っているんです。このまま仕事をやってみれば180万の収入にはなるんだし、解約で75万失うよりはその方が良くないですか?」
茉里子は50万円を振り込む。

旦那に事の顛末を話し、旦那の機嫌はさらに悪くなる。
「俺の妻はアホなのか?」
茉里子は、自分がお金を溶かしたから、旦那の愛を失ってしまったように感じる。かと言って、再就職して働きすぎると旦那の雇用から外れてしまう。何とかしなきゃと焦った茉里子は、新規プロジェクトを立ち上げる。「桃花さん、チャクラ・コーチングになりませんか?」と連絡する。noteに投稿する。
誰も見ない間にプロフィールがド派手になっている。
『茉里エンジェル@コーチング インディゴスティック認定トレーナー、チャクラ・コーチング、潜在意識をきれいにして豊かでhappyな未来!』

結局、みんな自分にはなにか特別な能力があるって信じたいだけだ。「スピリチュアル好き」は世にもがめつい人達なのだ。スピリチュアル好きの友人は地獄の入り口。

そういうの、もういいよ。
桃花はインディゴスティックの棒を、土に埋めようか空に投げようか、いやゴミ袋に入れ早急に外へ出す。さようなら。自分のお腹を自分でさする。

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