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最愛の姉の話。

私の志望学部は医学部医学科だ。
そう言うと、理由やら動機を尋ねられるのが常であるが、これが言いにくい。
俺が医者になりたい理由は、かなり重たい部類に入るし、一言で表せるようなものでもないからだ。
今日、新年度初の担任との2者面談があった。
医学部の志望理由も、当然聞かれるだろうと覚悟はしていた。しかし、いざその話になると、上手く言葉が出てこなかった。
「言いやすいことじゃなくて…」
そうなの、なら今じゃなくてもいいよ、と先生が言う。いや、覚悟は決めてきたのだから、今言わねば、きっとハードルはまた上がる。
「すいません……っ、ゆっくりで、いいですか」
言葉に詰まって、最初の一音を発するのに時間がかかった。

「亡くなった姉がいて」
やっとのことで声を絞り出した。
うーん、ともふーん、ともつかない声を上げて、先生は何度も頷いた、と思う。
〇〇(俺の名前)が何歳の時に亡くなったの?と、一拍おいて聞いてきた。
「生まれつきの病気で、生まれて三ヶ月で亡くなったので、」
答えにならない答えをたどたどしく口にする俺に、じゃあお会いしたことはないんだ?、と先生。
驚いたようにも見えた。
わからないだろうな。
同じ時間を生きたわけではないのに、将来の夢さえ左右するほど執着するなんて理解できないだろうな。

「そっかぁ、言いにくいよね、こんなとこで聞くことじゃなかったね、ごめんね」
先生が俺を見る、憐憫のような、悲しみのような、痛みを見透かそうとでもするような目がいやだった。
目を合わせられなくて、先生の胸元のあたりを見つめて、口をキュッと結んだまま、無理やり微笑んだ。
「じゃあ、それで、人を助けたいと思うようになったんだ?」
違う。
そんな綺麗なもんじゃない。
これは、姉が姉として、俺が俺として共に生きていくための選択だ。
俺が、自分の意志で、己に課した呪いだ。
でも、そんなこと言えやしなくて、頷くしかできなかった。

1割も伝わらない。
俺の姉への、痛いほどの愛情を表現する方法など、ない。
伝わらなくていい、けど、きれいごとにしないでほしい。
これがどろどろ汚くて、息が詰まるほど屈折した、俺の歪みであることを、「人の役に立ちたい」なんてありふれた言葉で隠してしまいたくはない。
姉さんが好きだ。姉さんと生きていきたいんだ。
それだけが本当で、それ以外はおまけだ。
こんなこと言ったら、怒られてしまうかもしれない。

何たる偶然か、その後の部活で兄弟の話題が出た。
「〇〇ちゃんは上に一人いて――」
違います。
二人です。
六歳上の兄と、ひとつ上の姉です。
言えなかった。
言いたかった。
俺の姉さんは唯一無二で、俺の一部だ。
いなかったことになんて絶対したくないのに、こんな時に限って空気を読んでしまうのは、これが決して明るい話題ではないと知っているから。
そんなこと、今言う必要ある、?と、白い目で見られる、ことこそないかもしれないが、1日に2回も、あの憐憫の目を向けられるのは耐えられない。

この苦しみには名札がない。
俺が他に持つ痛みには名札がある。
例えば、LGBT、セクマイ、FtX、とか。
例えば、小耳症、一側性難聴、とか。
けど姉さんへの苦しい愛は、名前を持たないから、こういう日に同じ痛みを共有することもできない。
一人で抱えるほかないと知っている。
それでいいとも、思ってはいるのだ。
たとえ誰にも伝わらなくても、理解されなくても、この愛も、痛みも、偽物なんかじゃない。

だから、これからも、届かなくても、天に、姉がいるだろう場所に向かって、ちゃんと叫び続ける。
愛しているからね。
貴女を、愛しているからね。
貴方だけを、ずっと想っているからね。
せっかちな向日葵のような貴女へ。


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