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2024年 47th 学生合気道選手権 part.2


前書きの前書き

学生大会から早いもので、一週間が経つ。

"大会のことを書く。それも背景も含めて、克明に書いてやろう"という意思は、既に昨年冬の全日本選手権の段階でぼくの中で固まっていたことだった。

とはいえ、意識だけはやったらめったら高いものの自身の生活リズムもあり、空いた時間にnoteを開いてはポチポチ…の日々。

まとまって時間を取りたい時に限って残業が増えたり、そうでない時は里帰り中で帰省中の家内に替わり、草むしりや家事や自分の練習をしたり……
しかもね!
柔術の補助トレに至ってはジムに新しく配備されたボックスによるジャンプトレが…

これが楽しくてしゃあない!

Boxのマックスは90センチ…
こんなん、もう跳ぶしかないっしょ?
もう、ひたすらピョンピョン、ピョンピョン!

ロープ昇降も最高~~。
んでそこにアブローラーでしょ、縄跳びも入れちゃえ。あと腕立バービーとマウンテンクライマーもいっちゃいまっか!

脂肪も筋肉も燃えちゃえ~!いけえ~!

……とまぁね。
人間はやらなきゃならん!と自分に念じても、習慣からはね、逃げられない生き物なんだよ。

(単に自分の意志がクソ弱いだけ)

と、今さら感じた。

…………

えーーーっと、何だっけ。
とにかく!
長い目で見て、全日本選手権のレベルを上げ、ぼくや、歴々の先輩たちを越えていく選手が出る環境を作ることが大切だと感じている。

そして、そのことは既に前稿にて触れた。
であればこそ、埼玉大会の振り返り↓

についても、この大会を意識した構成で作成している。
なんなら本稿は今年の冬、第59回全日本合気道選手権を意識したものに仕上げたいと、ぼくは思っている。

ただ…
誰にでもひとつは忘れがたい夏がやってくる様に、ぼくにとっても夏のこの学生大会は特別なものだ。

この場で過ぎ去ったある夏の日について語るのはよそう。

ただ、その心的モメントが前稿並びに本稿を他の記事に比べエモーショナルにしてしまっているのは紛れもない事実である、ということだけは強調しておきたい。

大会は過ぎ去り、あの日を振り返る為の資料は手元にある色褪せたトーナメント表と頂いた幾つかの動画しかない。

動画をまじまじと見つめ直すことも無くはないのだが、試合に関する"本当のこと"はその場で対峙した当事者のふたりにしか分からないものだ。

故に、本稿では前稿に引き続き、"思い切り開き直って、試合を観たぼくの眼を頼りに書き綴っていこう"と考えている。
内容や結果に齟齬があればご教示頂けたら幸いだ。

※本稿は立大合気道部関係者協力の下、顔写真も含めてかなりの写真を掲載させて頂いています。
もし削除依頼などありましたら、お手数おかけしますが、ご連絡頂ければと思います。


2nd・ラウンド

大会序盤に会場を包んでいた通奏低音の様な緊張感は既に解れていた。
場は入れ替わり、Aコートで自由型演武が始まろうとしている。

膨大な試合数をこなしながらも、先生方によるスムーズな運営が幸いしてか、大会進行に一切滞りは見られていない。

この時間は大会唯一の中休みと言ってもいい。

最も、やる人にとって自由型は最大の見せ場なのだが。

演武が終われば、
次はいよいよ3決、そして決勝が待っている。

2nd・ラウンドが始まろうとしていた。

自由型徒手演武

自由型徒手には7組がエントリー。

ペア同士のコミュニケーションが試される25秒。

内容を交えて一組ずつ、振り返る。

1.立大A(鈴木・藤島) 78.7点  5位

座技、旋風脚からスタートするも、打撃を中心とした展開。打の間合、際の展開の作り方が素晴らしい。掬腰の膝付の投げも、スムーズに展開出来ていた。

終わってみれば、ほぼ練習した通りの演武を披露できたはずだ。

特に鈴木選手はこの演武に懸けていたのではないだろうか。
演武の稽古に励む真剣な姿をよく覚えている。
肩車の投、水流など、難しい理の型を含めつぶさに技を研究していた。

出走馬ということもあり点数は伸びきらなかったが、順番ばかりは間違いなく運だ。

点数が高いから良い、低いから悪い、と一概に括ってはいけないし、個人的には点数に媚びた自由型を作ってほしくない。

やりたい技、やりたいコンセプト、それらを考えて実際どうしたらいいのかをペアで考えながらコミュニケーション、稽古を重ね合わせていった先に結果の善し悪しが出るだけだと思う。

藤島選手も含め、現役期間で5回、6回と自由型にチャレンジした経験を今後も自身の自由型と後進の指導に活かしてくれたら有り難い。

特に二人は空手の組手がベースになった、見た目締まりのある自由型を構成してきた。

個人的には動作の一瞬のキレ、打撃の入れ違いのタイミング、受、払、後の先など組手、拳法ならではの動きを活かした自由型が好きなので、今後も自由型徒手演武の中の類型の1つとして発展させていってほしい。

今はどちらかと言えば剛法より柔法型の自由型のが評価されやすい("合気道"演武であるし)傾向にある。
だが、合気会系の他流では"当身七分、投三分"の言葉があり、当流派でも抜手技法には必ず当身が出てくる。
武道、格闘術を行う上でカウンターや目眩まし、または崩しとしての当身はかなり重要な要素であるということなのだろう。

その目線で二人の自由型を見てみると、表現したいポイントが評価されていたとは言い難く、とても残念な気持ちになった。

が、二人の表現したいことにチャレンジ出来たという点では満点だ。

今後も自分の道をしっかり見据え、精進してほしいと感じさせてくれる素晴らしい自由型だった。

2.北大、北星チーム(唐澤、大久保) 80.3点 2位

第2組は北大、北星コンビの2人。

基本技メインの構成ながら、要所を締める投技の質が素晴らしい。

まず、唐澤選手の両持廻の受が上手いな、と感じた。

言うまでもなく、飛び付き腕十字も素晴らしいのだが、終盤一瞬間合を計るタイミングや、連続攻撃の流れも良かった。

実は、裏拳や蹴り、打撃の体重移動について、大会前夜、我が家にて大久保選手と"稽古の様なもの"をしている。

どこまでお役に立てたかいささか自信はないのだが、少なくとも彼とのコミュニケーションは、ぼくの中でこの夏の大変良い思い出になっている。


3.立大B(石井、五十嵐)81.3点 1位

"0から100へ"

防御を意味する下段構、所謂"無我の構"からスタートするこの型。

後抱捕を抜手でほどき、スピードを加速させていき、旋風脚という名の急ブレーキで流れに制動を掛け、一瞬図りきった間合からの相討ち…そしてその攻防の刹那、五十嵐選手の後払巻込、首抱締固が炸裂!

見事併せ技一本で五十嵐選手の優勝!!

………ってあれ?

おっと…一年お先に、学生選手権・女子綜合乱取の部、決勝戦を見たのかと勘違いしたじゃないか。

色々とふたりが拘ったポイントはあるだろう。

何にせよ、攻撃力抜群の五十嵐選手と防御力抜群の石井選手の息がぴったりなのがすばらしかった。

五十嵐選手の蹴捕押当へ入る一瞬の交、石井選手が旋風脚を飛び越えるヒヤヒヤ感、突から捕、合気投(釣込返)へのスムーズさ、相討の打の強さ、そして技に入るタイミング。

すべての動作、ふたりはワン・ピースだった。

心配された場外減点もなく、結果は81.3点。
…えっ、82.3点の間違い?

少し評価が低いと感じた。
(最も、減点があるとすれば打撃の展開。)

2人には大会前に「83点」を目指そう、と伝えていたことも、こう感じた背景にはある。

五十嵐選手が昨年12月の全日本選手権で星崎選手とのペアで82点をマーク、準優勝という結果を残しており、「その時の自分を超える為の取り組みを課す」ことをテーマに置いてほしかったからだ。
ちなみに、ペアの石井選手は全日本選手権武器の部に於いて藤島選手と並び見事金メダルに輝いている。
この杖を扱った武器型の時も、受身、そして決めが素晴らしかった。

スピードも、技の入りも、タイミングの合わせ方も、昨年よりもレベルアップした上で"さぁ、どうだ"と言わんばかりに挑んだ今回の自由型。

実力者同士が満を持してペアを組み、昨年冬よりも遥かに力強い徒手演武で、見事初優勝を勝ち取った。

五十嵐選手は意外にも演武初優勝。昨年夏の雪辱を果たした。
石井選手は全日本、学生選手権と一人で二冠!

4.坂戸学生会A(中澤、矢澤)79.5点 4位
出場者中、最年少の高校生2人による自由型は下馬評を大きく覆す79.5点の高得点をマーク。
表情もあどけなく、動き、迫力にも大舞台への戸惑いが見え隠れするものの当身の手が伸びた所を体をくねらせ、柔らかい動きで下返腕挫に変化したり、裏拳を怖がらずしっかり交わしたりと流石は坂戸道場門下生、菊地先生や恩田選手の系譜を感じさせるスピード溢れる自由型を見せてくれた。
これは余談だが、ぼくは中澤選手を「こた」、矢澤選手は「りょう」と呼び個人的に可愛がっている。
彼らからすれば、ぼくは他道場の怖い大人、かもしれない。
だが、ぼくは彼らのことを小学生の頃から知っているし、道場で真剣に努力を重ねる姿も見てきている。

坂戸道場は創立43年、この界隈ではかなりの老舗道場ではあるが未だにコンスタントに学生チャンピオン、全日本チャンピオンを産み続ける活気溢れる進取的な道場だ。
他ならぬわたし自身も、その活気に育てて頂いた一人。
ふたりは同級生でもある。切磋琢磨しながら、間近の恩田選手の様に学生チャンピオン、果ては菊地先生の様に全日本チャンピオンを目指してくれたら、とぼくは思っている。

今はまだ、かわいい子犬たち。
だが、あと二、三年もすれば猛獣にでも化けそうなふたりの演武を見ていたら、期待感で胸がいっぱいになった。

5.北大(小林、石田)78.8➡️76.8点 7位
規定時間オーバーということもあり、惜しくも2点損をしてしまったが、個人的には印象に残る自由型であった。
序盤、スムーズに流れていき、中盤腰技(背車落、抱腰車)、決は内刈巻捨に入った捕を"死なばもろとも"が如く、ギロチン・チョークで絞、という何とも格闘術光る型であった。
内刈捨に入った捕をリアネイキッド・チョークで絞めるという展開もありかな、と着想をもらえた演武だった。

6.坂戸学生会B(村井・宮坂)78.9 5位
こちらも、大学生×高校生という凸凹コンビでの自由型となった。あと二組、というところまで来るとこちらの観る目も肥えてくる。
全体的にやや、打撃が小ぶりで、スピードが乗り切っていない印象。
ただ、終盤の突➡️理之型(引倒)~膝崩投~首抱巻込、という展開は素晴らしかった。
技が上手なペアなので、持廻技を多用しコートを広く使うイメージで組み立てていけば、評価も更に良くなる自由型だと感じた。

7.坂戸学生会C(恩田、鈴木) 3位 79.7点
"遊び心と、遊び心と、遊び心"
これまた同学年コンビ、18歳同士の自由型。
おっ、今回は遠間から始めるのか、とぼくが感じたのがバカらしくなる程、恩田選手が綺麗なロンダートを見せてくれた。外腕大捻を182cmの長身を器用にパタパタと綺麗な側転で回避し会場を沸かせたと思ったら、ふざけた胴打から二段腰車で〆。

秀ちゃん(鈴木選手)ならぬ、"何してんねん!"とはこっち側の台詞だよ、とぼやきたくなる自由型。
恩ちゃんがトリですべてかっさらっていった上に、何やかんやで3位入賞。

今回の大会の彼は、挙動のひとつひとつに懐の深さを感じさせるものがあった。
変な色気もなく、立姿や構えに非常に余裕がある。
漸く大人の選手へのステップを歩み始めたのかもしれないと、ぼくは感じた。
いい意味で、周りを見下して大会そのものを楽しんでいた様だった。
彼の指導者である菊地先生によれば彼の様子は「フワフワしていて」不安とのことだった。
真面目な菊地先生の仰ることの意味が分からない訳ではなかったが、ぼくは初戦の彼の様子を見て、"ああ、今日はこのまま優勝するだろうな"という印象を抱いた。

実になんとなく、なのだけれどね。

組手乱取 決勝戦

ここからは組手乱取の決勝戦を振り返る。

1.決勝戦
決勝戦は立大中村選手、坂戸鈴木選手の対戦となった。中村選手は丁寧に捌、技の作、投、掛かり、というステップを踏むことで減点を少なくし、ここまで勝ち上がってきた。
対して鈴木選手は豊富な経験から来る素早い技の掛、そして技をしっかり掛けるという原則に乗っ取り、決勝に進んできた。
中村選手は入部3か月でここまで技、受身共に仕上げたのだから、すごい。
これは他の一年生にも言える。
ぼく自身はそこまで一年生と関わる時間を持たなかったので、上級生がしっかり指導したのだろう。
技術的な部分だけでない、人間的な部分でのコミュニケーションを大切にするのは立大の善き伝統だ。
きっと鳥の雛を巣で優しく温める様に、大切に、大切に育ててきてくれたのだろう。

閑話休題。さて決勝戦。

中村選手は初出場ながら見事、準優勝!


両者共に本当に素晴らしい試合を見せてくれた。
だからこそ今後への期待を込めて、少しシビアな目線で振り返りたくなってしまう。
先ず、中村選手と鈴木選手を比較した際に、押当倒の違いが目についた。
入りへのスムーズさ、当身の位置など。
また、試合の決着点は腕当の掛だろう。
小手折抱決の作りは小手返になっていた。

鈴木選手は持廻押返の作りを行う上で崩がやや不足していた点と、片持廻の転換体がやや小さく見えた。
持廻返の掛については加速もあり、素晴らしかった。加点対象でも良いのではないか。

減点方式を取る組手乱取の競技特性上、ミスを書き連ねていかねばならないことは大変心苦しい。

そして…自分が入部3ヶ月でこの様な組手乱取が出来たかと問われたら答えはNO!だ。
間違いなく即答できる。

立大には上手な先輩がたくさんいるので、彼らに技を一本ずつ教わってほしい。 
お前ヘッドコーチだし、何なら新米教範だろ、お前がやれよ、と突っ込みが入りそうではあるが、学生は学生同士でああじゃない、こうじゃないとやり合うのがいちばんいいとぼくは思っている。

コミュニケーションを重ね合い、相互の信頼関係を長期に渡って築き上げることの方が、技が上手くなることの何っっ倍も大切だからだ。

技が上手くなりたいだけなら、プロの先生に直接教わるのがいちばん手っ取り早い。

ただ、学生の部活動はそうじゃないからこそ良い。
時には所謂"間違ったこと"も流布されてしまうだろうし、技を見ていてもどかしいこともあるだろう。
そういう時は程度はあれど、基本的には聞いてくるまで待てばいい。
もしくは、それとなく言葉に意図を含めてヒントを伝えてやる。
すべてを伝える必要は、ない。

彼らは頭も良いし、若いし、柔らかい。
それで十分だろう。

"木を見て森を見ず"とはよく言ったもので、指導者に"人の心を慮る"また"待つ"視点が欠けた時、一体どういうことが起きるか…… 

原因を一概に言うことは出来ないが、それは今の学生会の状況を見れば火を見るより明らかだろう。


女子打込乱取 準決勝戦~3位決定戦~決勝戦

1.準決勝第一試合
五十嵐選手(立大)vs伊藤選手(北大)
どことなく、間合を伊藤選手に近付けられた為か、五十嵐選手の打ちが深くなり、気持ちよく打たせてくれない。心象として、試合に入り込めていないと感じた。
打つタイミングは悪くないのだが、それ以上に伊藤選手の先手打ちが上手い。
五十嵐選手は何とか面に胴を合わせ、打を捕り、別れを誘う。
伊藤選手も、右胴打を横打判定されるなど苦しい戦いとなった。
最も、横打とまで言っていいかは微妙だと感じたが…
試合終盤、伊藤選手が前に出てきたタイミングで引きながら左胴を合わせ、辛勝。
ただ、不思議と勝つだろうなという予感は出来ていた。
二回戦の玉川選手(立大)との試合の方が、ぼくの眼にはよっぽどピンチに映った。

2.準決勝第二試合
石井選手(立大)vs竹内選手(富山)
やはり先手を奪ったのは力で勝る竹内選手であった。石井選手は受返で合わせるのがやっと。
石井選手の打が何発か惜しかったが、膠着を拓いたのは竹内選手の連続打。
大上段で高々と構え、手刀を怒らせ相手を威嚇するその姿が、誰かに重なった。

そう、松下先生である。

言わずも知れた、伝説のチャンピオンだ。
最も、ご本人からは過去に追いやるな、とお叱りを受けそうだが。

左右の違いはあれど、見るからに似ているし、実際に打が強い。鎌で相手を一刀両断、切り裂く様な軌道の胴打は実によく似ている。

あの大人しい石井選手が、よくもこんな強い子と堂々と試合が出来るようになるなんて……と兄心にも似た憐憫を覚えたのもつかの間、石井選手が残心十分の左胴打で反撃開始!
だが、竹内選手の猛攻は続く。
前に詰められる、という精神的なプレッシャーは連続打にも勝る"猛攻"だ。
石井選手もコートを回り反撃に出るが、次第に、ジリ貧。
疲れか、構えも崩れてきた。
強い相手と戦う時は構えているだけで精神的に消耗し、形が崩れてくるもの。

後から気が付いたのだが──
この時ぼくは、2019年の全日本選手権決勝戦で松下先生と対峙し、ジリジリと追い詰められ、敗北を喫した自分を思いだし、石井選手の姿に過去の自分を投影してしまっていた。

同時にそんな自分を申し訳なく思った。

コーチたるもの、選手とは常にある一定の距離を保たねばならない。
だが、気付かぬどこかで、心のダムが決壊し出したのかもしれない。

決勝戦は立大主将の五十嵐選手と、富山大主将の竹内選手の対戦が決まった。

3.3位決定戦
石井選手(立大)vs伊藤選手(北大)

先行された位で諦める石井選手ではない。
気合で面をねじ込み、見事3位を勝ち取った。

3位決定戦は近間からの連撃・強打を誇る石井選手と、遠間からの先手打・タイミングを図った打の技術がキラリと光る伊藤選手の対戦。

序盤、伊藤選手は軽やかなステップ、並びに引きの大きさを活かし石井選手を翻弄、制空権外からの右胴打で先行する。

技術光る、鮮やかな先制劇。

だが本大会に挑んだ石井選手のメンタリティは先制に怯むどころか彼女の身体を前へと押し出し、更には強襲させてしまう。

近間から攻め立て、伊藤選手に同じような引きの距離を取らせない。そのまま瞬時に反攻、強烈な右胴打であっという間にイーブンに持ち込んでしまった。
その後は、乱戦。

こうなったら石井選手は、強い。

試合の流れを呼び戻すべく、伊藤選手も合わせて何とか前に出る。
取り返されても取り乱さない、戦法を変えても落ち着いて試合が出来ている。
それは、彼女の中にしっかりとしたベースがあるからだ。
そのスマートな伊藤選手を超えていったのが、石井選手の放った痛烈な正面打だった。

元バレー部仕込みの素晴らしい"アタック"で見事、個人戦引退試合に3位入賞という華を添えて見せた。

4.決勝戦  "金メダルへのラッシュ・アワー"

五十嵐選手(立大)vs竹内選手(富山大)
巧さと威力、双方高いレベルを持つ五十嵐選手と力強い打で他を寄せ付けない竹内選手。
決勝戦にふさわしいふたりの勝負は、思いがけないところから始まった。

小野主審の「はじめ!」に機敏に反応した五十嵐選手の手刀が一閃!

鮮やかな左胴打。先攻。

これは竹内選手の試合を見ていて感じたことだが、ガードの左手がやや高めに設定されていて、重心が若干ではあるが打の起こりのタイミングで浮いている。
左胴を狙えば面白いと、ぼくは感じていた。
その"浮き"がスピードを産み出しているという見方も出来なくはないのだが…。

とにかく、五十嵐選手が先制。

それも、苦手な左胴打での先制打。
これは偏に稽古の賜物だ。
彼女は受返のタイミングを図る技術がピカイチであるが故に、後の先を取ることに「下がってしまう」悪癖がある。
後の先をばかりを狙ってしまうと、「先」が出なくなるのだが…
とは言え、この試合は彼女から動かすことに成功している。
打たれた竹内選手は思わず"速……"という反応。
相手に速いと思わせたら試合は勝ったも同然だ。

だが試合は続く。
竹内選手もまだまだ、諦めない。

中盤、両者相討に相討を重ねるとなり、竹内選手の正面、五十嵐選手の右胴、ともに有効打と言って良い展開が続く。

ここで試合を動かしたのは、他の誰でもなく、小野主審だった。

相討の正面打を技あり判定。
両者を横一線に並ばせる。
途端、五十嵐選手が面で先制に掛かる。
そう、この場面では相討でも構わない。
火の出るまで攻め立てるのが"正解"だ。

竹内選手も冷静にバック・ステップで間合を取る。期を待っているのだろう。
気持ちを落ち着かせるのも、悪くない。

その後、両者後の先を恐れ、思い切って懐に入れない魔の時間帯がやってくる。
気持ちは前へ出たい。
だが恐れが必ずどこかに、いる。
その時、決勝戦にのみに許された、"ふたりだけのラッシュ・アワー"がやってきた。

「負けたくない」

主将として、ファイナリストとしてここまで数時間を戦ってきたふたりの気迫がビリビリと会場を包む。
切迫した荒野を切り裂いたのは、五十嵐選手の痛烈な右胴打だった。

受返も打たせない、正真正銘、完璧な手刀打。

いい試合だった。
素晴らしい試合だった。

ここまで一万字近くを書き連ねてきたが、言葉が上手く見つからない。
何とも形容しがたい試合だった。

良い勝負を見させてもらった。 

ラッシュアワーは過ぎ、五十嵐選手が2年連続、計3回目の打込乱取クイーンに輝いた。

五十嵐選手の先の先を取る、素晴らしい出鼻打。

打込乱取 決勝戦

鈴木選手(坂戸)vs曾我部選手(富山)
鈴木選手が組手と並んで二冠!
大会に参加した時から、こうなるのは目に見えていたが、素晴らしい打、そして菊地先生そっくりの残心を見せてくれた。
実は菊地先生の残心、わたしも未だに真似をしている。めちゃカッコいいんだよね~。

来年は個人戦綜合乱取に出場し、チーム坂戸で会場を大いに沸かせてほしい。

恩田、鈴木、矢澤、中澤……これから坂戸学生会は、また勢いのある季節を迎えるだろう。

ウカウカしていられない。

捕技乱取 準決勝戦

1.藤島選手(立大)vs吉見選手(坂戸)
スピード感に優れた藤島選手と吉見選手の対戦は吉見選手に軍配。藤島選手は一瞬の打受の捌きミスが命取りになってしまったが、初動のスピードは素晴らしかった。一方吉見選手は掛の威力、投げきるというところに少々物足りなさ(失礼!)を感じるがしっかりと体をぶらさず投げる、ミスが少ない捕技という点においては歴々のチャンピオンに近しいものを感じた。

ただひとりの男を除いては。


2.五十嵐選手(立大)vs大野選手(立大)

大野選手が先捕となったこの試合、勝敗を分けたのは"技の掛かり"一点だろう。
大野選手の浮転身も受減点はあるだろうが、それ以上に技の"完成度"が勝負が比較出来る、
いい試合だった。

大野選手にはこの後、団体戦決勝戦が控えている。

綜合乱取 準決勝戦

1.ルカ選手(立大)vs大久保選手(北星)
準決勝はルカ選手が面打で先行。
この面打は左胴打にフェイントを掛け、素早く切り返したもの。威力、引きともに十分な打であった。
大久保選手も間合を詰め、投フェイントから打を繰り出すなど、反攻に転じたがルカ選手の左胴打が決まり試合それまで。
ルカ選手は左胴打が苦手と言っていたが、試合で一本決まれば苦手な技でも感覚は掴みやすくなる。
彼の新しい武器となるだろう。
大久保選手は決勝戦で昨年の落とし物を拾いたかっただろうから、さぞかし無念だと思う。

だが、準決勝まで進んだ人間には勝っても負けても"あと二試合できる"という特権が付帯してくる。
最後まで気持ちを切らさず戦いきって欲しいと、ぼくは願っていた。

2.前中選手(北大)vs恩田選手(坂戸)
潜技を得意とする前中選手が、未だ仮眠中の恩田選手を起こしてくれないだろうかと期待しながら見ていた。
…飄々といなし、空いた間合でポン、と面を打つ。近くにいるから脚を刈る。
ただそれだけのことだった。

全く持って面白くない。

彼は眠りこけたまま今日の試合を終えるのだろうか。

団体戦 3位決定戦

勝負は水もの。

立大B vs 北大、北星合同チーム
立大Bチームは三段の選手を三人揃え、優勝候補筆頭であったが、まさかの初戦敗退。

一方、北大、北星合同チームはチャレンジャーとして挑む。3位決定戦の行方は如何に?

1.先鋒戦 藤島選手 vs 阿部選手
藤島選手がフェイント左胴で先制するも、阿部選手が逆抱に潜り込みながら前巻込投でイーブンに。阿部選手は二年生ながら四年生相手に引き分けるという、勝ちに等しい結果を得た。

阿部選手は打込の際に、前膝と手が伸びると左胴の脅威が増すと感じた。
左胴がしっかり潜り込みながら打てると、投技にも活きてくる。
来年もまた出場すると思うので、何かしら目標を胸に抱いて頑張ってほしい。

立大B 0-0-1 北大、北星合同チーム

2.次峰戦 石井選手 vs 三田選手

持廻技をしっかり崩して投げる石井選手が完勝。
それより気になったのは三田選手の決技。

内腕捻抑極の形から、逆小手返で極めている。

……どういうことだ?
確かに、石井選手の前受身は早すぎた。
三田選手も緊張から手元が狂ったのかもしれない。
にしてもだ。
おかしい、そんな基本技は当流派にはないはずだ。

外腕捻抑を決技に使ったり、外腕大捻と外腕捻の違いが曖昧なことで肩、肘関節が負傷しそうになるヒヤリハットがかなり増えている。

ここまでくれば地域間により異なる技の運用の統一、使用可能な技の周知、曖昧な技の掛け違いを整理することは必須課題だ。

毎回同じ様な光景を見せられて、ぼくはいい加減うんざりを通り越して怒りを覚えている。
誰か提言する人はいないのだろうか。

見習い初伝教範が気付くことに気付かない先生方じゃないだろう。

一生懸命に頑張る学生たちに現場で災難が降り掛かることは……絶対、あってはならない。

不満ついでにもうひとつ、愚痴らせてもらおう。

判定が割れ、ある主審がジャッジを下す。
のはずが、ジャッジを下す前に審判長の顔を伺っている。

あれは辞めてもらいたい。

みっともないとは思わないのだろうか。

そもそも、主審は誰に向き合うべきか。
目の前で戦ったふたりの選手以外にいないだろう。
ジャッジを下すのは責任のあることだ。
だからこそ、上伝師範以上がその任に就く。

試合の場で試されるのは選手だが、選手だけでなく、我々指導者、先生も試されているのだという気概を持って頂けたら幸いだ。

でなければ、わたしの様な野良犬が生意気にも下から噛みつくしかなくなる。

ずいぶんと荒れてしまったが、このくらいにしておこう。

わたしも来年にはあの場に立つ。
勝負には毅然と向き合いたいものだ。

立大B 1-0-1 北大、北星合同チーム

3.中堅戦 桝井選手 vs 唐澤選手
インファイトの連続打を得意とする桝井選手と遠間からの飛び込み面を得意とする唐澤選手の一戦。桝井選手の連続打、胴➡️面は対恩田戦でも当たりを見せていたので、面白い展開になると思いながら見ていた。
盤面は終始、唐澤選手がリード。桝井選手も素早い打を繰り出すが差打反則を捕られてしまう。池田主審が迷いなく唐澤選手に手を上げたのは2回目の注意が本当は反則で、反則2回で相手に技ありとなってしまうことを表していたのではないかと、ぼくは思っている。
 
立大B 1-1-1 北大、北星合同チーム

4.副将戦 五十嵐選手 vs 松田選手
タイで迎えた副将戦は松田選手、五十嵐選手共に捕からの初動が速く、スピーディーな乱取に
なった。惜しむらくは松田選手が捕からの手解きを幾つか間違えてしまったこと。あのミステイクが無ければ、引分も十分にあり得た。

松田選手の決技については上記で述べた通り。

五十嵐選手は古流技の稽古も何となくしていたから、大丈夫だった。それだけだ。

立大B 2-1-1 北大、北星合同チーム

5.大将戦 猪俣選手 vs 大久保選手
間合を掌握した大久保選手が昨年のリベンジ・マッチを制した。
序盤、遠間から攻め立てる猪俣選手が左面打で先制。大久保選手は間合を近付け、距離を取らせて打を封じに掛かる。
中盤、フッと猪俣選手の重心が浮いたのを、大久保選手は見逃さなかった。
逆抱腰車捨身で反撃。
その後も近間で両者さぐり合っていたが、疲労で形が崩れタイミングも単調な猪俣選手を大久保選手は既に見切っていた。
ガードが下がったタイミングで左面を放ち、勝負あり。
素晴らしい引きと音だった。

立大B 2-1-2 北大、北星合同チーム

タイミングを合わせ、横捨身技に入る。

6.代表決定戦  藤島選手 vs 大久保選手

立大Bは2戦連続で代表戦に縺れる展開。
大久保選手は連戦による疲労か、藤島選手の素早い動きに着いていけず、先制を許す。

立大Bは勝利まであと技あり一つ!

近間で脚を取れるタイミングを大久保選手は狙っていた。藤島選手が前受身したものの、身体は浮き、足もしっかり掛かっていた。
腕当後刈でイーブンに持ち込む。
その後は意地の張り合いとなった。
大久保選手の投を藤島選手もどうにか前に捨てるなど、お互いにいっぱいいっぱいの勝負。
反則もなく、投に入る積極的な姿勢が評価され、大久保選手が判定勝ちを収めた。

立大B❌ 2-1-3 北大、北星合同チーム⭕

北大、北星合同チームが立大Bを相手に大立ち回り、見事ジャイアント・キリングを果たした。
対して立大Bはまさかの最下位に沈む結果となった。

捕技乱取 3位決定戦

藤島選手(立大)vs大野選手(立大)
同期対決を果たしたのは藤島選手だった。
細かいミステイクは幾つかあるものの、スピーディーな掛けは団体戦代表戦を経ても健在で、大野選手を圧倒。
見事に3位入賞を果たした。

同期対決を制し、藤島選手が3位入賞を果たす。

綜合乱取 3位決定戦

大久保選手(北星)vs前中選手(北大)
綜合乱取3位決定戦は大久保選手が力を見せつけ、完勝。
前中選手も食い下がるが打の実力差が顕著に現れた試合となった。
序盤、左胴二連打で先制すると、前中選手の打を止め、すかさず首抱腰車捨身!
いい技だったが流石は松下先生。
大久保選手の着衣掴みを見逃さなかった。
同選手は昨年よりも順位を落としたが、内容、レベルは遥かに上がったものを見せてくれた。それだけ大会全体のレベルが上がったということだ。非常に喜ばしく思う。

北星の選手として、たったひとりの学生選手権を戦ってきた大久保選手だが、合同チームの大将として最後の最後まで戦いきった。

ひとり去るはずだった学生選手権。

最後は無数の笑顔で彩られた。

数奇な学生生活を送ることになった"合気道ボーイ"も笑顔で最後の学生大会を終えた。

団体戦 決勝戦

立大A vs 坂戸学生会
いぶし銀たちが光る立大Aと平均年齢19才、気鋭の坂戸学生会の決勝戦。

結果は立大Aが下馬評を覆し、見事に優勝!

職人集団の一戦を振り返る。

1.先鋒戦 柏木選手 vs 鈴木選手

よく見ればふたりは似た者同士だ。
顔?いやいや。ぼくはファイト・スタイルの話をしている。
先ず、お互いに先手打を得意としていること。
返打? そんな弱々しい打など技ではない。
とにかく攻めていくこと。
アグレッシブに戦うこと。
それが先鋒の役割だと言わんばかりに果敢に飛び込んでいく。

打の差で勝負が別れないのであれば、投が勝敗を左右する。

中盤、鈴木選手が柏木選手の猛攻をいなすべく、投に対して膝をつきはじめた。
こうなったらほぼ、勝負は付いたも同然。

終盤、柏木選手が鈴木選手に体を預けながら、逆抱に入ったところでダメを押すようにもう一度突進!

勝負あり。

柏木選手はきっちり仕事をこなし、引退試合を終えた。

立大A 1-0-0 坂戸学生会

2.次峰戦 大野選手 vs 阿部選手

大野選手が技をしっかり掛けきっての勝利。
手の返し、打受、脚捌など日頃の鍛練の成果を思わせてくれる型乱取を見せてくれた。

これは結果論だが、立大Aは先鋒、次峰が全戦全勝。2勝0敗で迎えた中堅以降の3人でどっか1つ勝てば良い。
後ろで控える選手にとっては非常に楽な展開を作ってくれた。

その仕事を4年生が引退試合で見せてくれたというのが何とも、よい。
特にこの2人は地力はあるものの、なかなか大舞台で今までは前に出てこれなかった選手たちだ。
どんな試合にも戦い方があるように、団体戦にも勝ち方はあることを体現してくれた。

立大A 2-0-0 坂戸学生会

3.中堅戦 ルカ選手 vs 村井選手

冷静に間合を計りきったルカ選手が正面打2本で圧勝。スナイパーが照準を定めるが如く、引き金を引く指をセットし、そっと2発。
必殺仕事人がリボルバーの弾丸が尽きる前に試合も、団体戦も決着させてしまった。

立大A🏆️ 3-0-0 坂戸学生会🥈

4.副将戦 星崎選手 vs 吉見選手

大勢に結果がついても5人試合をさせるのが団体戦の良いところだと思う。
この2人は技をゆっくり、大きく掛けるというタイプ的に似ていて、戦ったら面白いのではないかな、と感じていた。

何より、ふたりともマイペースなのが良い。

両者共に決技でミスがあり、お互いにお互いのペースに引き込まれないのだから差など生まれようがない。

立大A🏆️ 3-0-1 坂戸学生会🥈

5.大将戦 尉遅選手 vs 恩田選手
"ザ ベスト・バウト"

さぁ、大将戦。
尉遅選手と恩田選手、両者共に素晴らしい強打を誇るふたりの対戦。
団体戦の勝敗は既に決した。

であれば、この勝負はふたりだけの為にある。

開始直後だった。
尉遅選手が懐に潜り胴、恩田選手が合わせて面を打ち込んだ。
胴、面相討ち。
だが、小野主審は両者技ありの判定。
試合が緊張感で一瞬にして引き締まる。

他の選手がこの展開を恩田選手相手に作れなかったのには、ちゃんとした訳がある。
だがそれをこの場では書かないでおこう。

一進一退の攻防が続く中、ぼくには1つ気付いたことがあった。

恩田選手の表情が変化している。

漸く、目に勝負を背負う厳しさが宿ってきた。
尉遅選手が彼を本気にさせたのだ。

恩田選手に至っては大学一年生、尉遅選手に至ってもまだ二年生である。

この先の数年間はこの2人が学生会を先頭で引っ張ってくれるだろうと感じるに十分な、見応えのある試合だった。

数ある名勝負を産み出した本大会の中でもベスト・バウトと言っていいだろう。

立大A🏆️ 3-1-1 坂戸学生会🥈

立大Aチームが見事優勝!


それぞれが、自分の役割を淡々とこなした。


捕技乱取 決勝戦  ~ある"スター"について~

五十嵐選手(立大)vs吉見選手(坂戸)
安定した捕技で勝ち上がってきた二人の直接対決は、五十嵐選手が乱取全体の完成度で吉見選手の遥か上をいった。

最早、貫禄勝ちだろう。

これで五十嵐選手は学生選手権で捕技乱取2連覇となった。
打込、組手、捕技、団体戦、自由型……

びっくりするほど、いずれの大会でも、彼女は勝ち続けた。
そして僕は彼女がどのくらい勝ってきたのか、興味が湧いてしまった。

様々な資料を元に、彼女のこれまでの優勝の軌跡を振り返ってみたい。

2022年 学生選手権
組手乱取 優勝(vs 石井選手)
打込乱取 優勝(vs 塙選手)
2023年 学生選手権
捕技乱取 優勝(vs 阿出川選手)
打込乱取 優勝(vs 塙選手)
団体戦 優勝(副将)
2024年 埼玉大会
打込乱取 優勝(vs 石井選手)
2024年 学生選手権
捕技乱取 優勝(vs 吉見選手)
打込乱取 優勝(vs 竹内選手)
自由型演武 優勝(w 石井選手)

※その間、全日本選手権含む多数の入賞、段審査初段~三段ストレートなど……

整理してみて改めて驚く。学生期間で1回でも3位以上、入賞すれば十分凄いし、4年間やりきるだけでも大したもの。
それを9回も優勝するなんて……驚愕でしかない。

恐らく当部史上、いちばん勝った人ではないだろうか。

ちなみにわたしの学生時代の優勝回数は5回である。
(新人戦 打込、学生選手権 団体戦(先鋒・大将)、埼玉大会 自由型、学生選手権 個人綜合乱取)

種目の違いはあれど、優勝は優勝。

並べてみて、改めてその"ヤバさ"が際立つのが分かるだろう。

一言で言えば彼女はスター選手だ。華がある。

だが……
光があるところには必ず闇がある。
彼女は戦って勝つことで周りに存在感を示してきた。

が故に、負けることへの恐怖を人一倍胸に抱えている。
わたしも経験があるが、その恐怖と長期間戦うことは簡単ではない。

彼女は一心不乱に稽古に励むことでその恐怖を断ち切ってきた。

比較的近くに、ふたりの目標とすべき先輩が居たのも良かったのかもしれない。

佐藤碧選手(立大➡️池袋綜武会)と浦田選手(立大➡️池袋綜武会)の2人だ。
タイプに違いはあれど、全日本選手権での優勝が頭にある人たちに囲まれながら稽古を重ねられる環境があることは彼女にとってプラスであっただろう。

いま、佐藤選手は7年ぶりの全日本王座奪還に向けて、密かに燃えている。

天の邪鬼だから言葉には出さないが、節々に五十嵐選手や他のマークすべき選手について闘志を燃やしている。
元々、プライドが高い人なのだ。

この場で彼女のことを誉めるのはこれくらいにしておこう。

彼らの戦いはまだ終わらないからだ。

そしてぼくもまた、その場に身を投じる。

真冬の大熱戦に期待したい。

3年半に渡り、彼女は第一線で勝ち続けた。

綜合乱取 決勝戦

 
恩田選手(坂戸)vsルカ選手(立大)
尉遅選手との対戦で漸く目を覚ました恩田選手がルカ選手を抑え、初優勝。
胴を狙い過ぎ、形が崩れ反則打を取られたが、きっちり右胴を打ちきっての優勝となった。

あとがき   "エンドレス・サマー"

この大会の醍醐味は群雄割拠であることだ。
立大一強の様相は鳴りを潜め、新たな選手たちが力をせめぎ合わせている。

恩田選手に限れば、力を余しきっての優勝である為、まだ彼を評価すべき時ではないとぼくは思っている。

試合後には「その座っている椅子、取りに行きますよ」と宣戦布告されてしまったが、とんでもない。

ぼくには王座に座るほどの資格はない。

むしろ座ってろと言われても、自分から椅子を立ち、各地に着火しては燃え盛る炎を見てゲラゲラ喜んでいる、悪性の放火魔みたいなものだ。

火が燃えているのを見るのも十分楽しいが、いちばん楽しいのは自分の身体でその火の温度を感じることだ。

大会がある限り、選手は誰しも、「栄光」に触れようとする。

"王座"はポンッと先生からプレゼントされるものではなく、自分たちの競争の結果、自然と現れるものなのだ。

だが……
仮に頂上に立ち、そこでやった、と叫んでも何も終わりやしない。

故に心あるものはこの暑い季節を渡り歩く中で、もがき苦しむことになる。

絶えず"何か"を追い求めていくこと、──仮にそれがテクニックであれ、某かのフィロソフィであれ──そこに価値があると、ぼくは思っている。

本稿に登場した人物はみな、魅力溢れる若者たちばかりだ。
その瑞々しい生命力が少しでも伝わるのであれば、わたしとしてこれに勝る喜びはない。

(2024年7月20日)






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