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つよがり③

松下洸平さん再メジャーデビュー曲「つよがり」からイメージを膨らませて書き始めた妄想小説です。ディテールを書き込むうちに今回も長くなってしまいました…
今回は「起承転結」の「転」のパートかな?と思います。
(やっと「つよがり」の世界が始まりそうです…)


数日後、無事に仕事納めの日を迎えた。

午前中は年明けからのスケジュールと段取りの確認。午後からは自分のデスクやその周りを片付けて、その後は社内でプロジェクトのメンバー皆んなで軽く打上げをする事になっていた。

準備していたビールやピザ、つまみをデスクに広げて打上げが始まる。
プロジェクトのリーダーの彼女の乾杯の音頭で打上げが始まると、この1年の苦労を労うようにメンバー同士が和気藹々と語り、和やかな空気が流れる。そしていつもと変わらず笑いの輪の中心には屈託なく笑う彼女がいた。

1時間ほど過ぎて追加のビールを持ってくると彼女が見たことない男と話していた。

2人が気心が知れているのは見ているだけで伝わってくる。
笑いながら男と話す彼女から目が離せなかった。
僕の心がザワザワと落ち着かない。
僕の視線の先にいる2人に気付いたメンバーが「あの2人お似合いだよね。」と話しかけてきた。

「えっ?」と咄嗟に返事ができない僕に、

「あれ?秋山くん知らないんだっけ?
小川さんと話してる人…森田さん。

あの2人さ、3年前に森田さんがリーダーだったプロジェクトで一緒に仕事して、小川さんの仕事ぶりを森田さんがすっかり気に入ったらしくて。
今回のプロジェクトリーダーの件もその時の評価が決め手になったらしいし…

森田さん、小川さんに仕事仲間以上の気持ちがあるんじゃないか?って噂してる人もいるんだよね。」

森田…僕も名前は知っていた。
確か彼女より数年先輩で、いくつも大きなプロジェクトに抜擢され社内でも一目置かれる存在だった。
専門外の分野からプロジェクトのサポートに来た僕には彼女と森田さんの噂は初耳だった。

胸に込み上げてくるザワザワした気持ちを抑えながら「へぇ…そうだったんですか。確かにお似合いの2人ですね。」と努めて普通に答える。

「まぁ…噂だから。本当のところは分からないけどね。」彼はそう言うと缶ビールを1本取り上げ、話の輪に戻っていった。

結局、彼女と殆ど話さないまま打上げが終わり、エレベーターホールに出ると、そこに彼女がいた。
一瞬立ち止まり、でも普通に「お疲れ様でした。」と声をかける。

「秋山くん…
あのさ、この後予定ある?
飲み足りないから少し付き合ってよ。」
彼女がエレベーターのボタンを押しながら僕に言った。

「あれっ?皆んなは?」と確認する僕に、
「皆んな適当に行くんじゃない?帰る人もいるだろうし」とサラッと答える彼女。

「それじゃ…軽く行きますか?」
このまま正月休みに入るのが物足りなかった僕が彼女の誘いを断るはずなかった。


「へぇ…こんな所にお店があるって全然気付いてなかった。」
そこは彼女のマンションからそう遠くない場所だった。民家をリノベーションした看板のない店なのであまり知られていない。

隠れ家風のその店に入り、1番奥の部屋へ案内される。
「うわぁ…何かお店というより友達の実家に招待されてる、そんな感じだね」
彼女はさり気なく部屋を見回し、掘り炬燵になっている席に座った。

「ここはね、僕が設計とデザインを担当した家だったんだ。
完成して数年後にオーナーが自宅を改装して自分の親しい人だけの為に店を始めたい…って相談されて、それでリノベーションも僕が担当する事になって。
それから時々、僕もこの店に通うようになってね。」

彼女から「飲み足りない」と誘われた僕は、自分が設計を手がけた店に彼女を連れてきていた。
森田さんと親しげに話す彼女を見て、彼に嫉妬して自分の手がけた仕事を見せたくなったのかもしれない。
それに、この店だったら誰か知り合いに偶然会う事も無さそうだった。

「何にする?この店、お酒の種類も色々あるし、つまみも美味いよ。」
メニューを開き彼女と一緒に覗き込む。

「うーん…秋山くんに任せる。」
そう言って彼女はメニューをテーブルに置いた。

注文した白ワインとチーズを肴に話が弾む。
気がつけばボトルは殆ど空になっていた。
少しだけ酔っ払った彼女はいつも以上に笑いよく喋る。

「小川さん、次は何飲む?」
とメニューを見せようとすると、彼女はメニューを受け取りパタンと閉じて「そういうの止めようよ。」と酔って潤んだ目で僕を見つめる。

「えっ?!小川さん…そういうのって?」
僕が意味が分からず焦っていると

「そう、その小川さんってやつ。
もう仕事納めも終わったし、来年までは仕事は忘れよう!だから…仕事じゃないんだし、小川さんって呼ぶのは止め。」
彼女は更に僕を見つめる。

「えっ、でもそれじゃ何て呼んだら…」
僕がドギマギしていると、

「はる花。この前説明したでしょ?」とイタズラっぽく笑う。

「えっ…はる花…。そんな急に…」と戸惑う僕を見て、
「私も夏樹くんって呼ぶから。ね?」上目遣いで僕を見つめる。

「うーん…それじゃ…はる花ちゃん。
はる花ちゃんでいい?」と少し悩んで僕が確認すると「うんっ!それじゃ夏樹くん、はる花ちゃんでよろしく。」
彼女は嬉しそうに微笑む。

お互いを名字じゃなくて名前で呼び合う。
ただそれだけなのに、何となく距離が縮まった気がする。
正月休みが始まり、しばらく仕事から離れるという開放感とお酒の勢いも手伝って、僕は何度も彼女の事を「はる花ちゃん」と呼んで、すっかり昔からそう呼んでいる気がしていた。

「はる花ちゃんは年末年始はどうするの?」

「とりあえず実家に帰って、おばあちゃんとお母さんと3人でお節の準備かな。毎年3人で作るんだけど私は栗きんとんの担当でね。でもやっぱりおばあちゃんが作った方が美味しいんだよねぇ」
3世代の女性が台所に立ち、お節を作る姿を想像してみる。賑やかで温かで幸せな光景。

「いいなぁ…栗きんとん。僕も食べてみたい。」

「おばあちゃん、お節だけじゃなくて私が子供の頃はお雛様の時はちらし寿司作ってくれたり、秋は栗ご飯作ってくれたり…季節を感じるメニューを作ってくれてたなぁ」

「ちらし寿司に栗ご飯か…いいねぇ。
何かお腹空いてきたな…
そうそう、この店食事も美味くって春になったらたけのこご飯とかも食べさせてくれるよ。」
メニューを見ながら彼女の話に応える。

「えっ、たけのこご飯!いいなぁ…食べたい。
その頃になったらまた来ようよ。
あっ…
でもその頃にはプロジェクト終わってるか…」
彼女が僕の目を見つめる。

「うん、その頃になったらまた来よう」と言おうとした瞬間、僕は何故か森田さんと笑いながら話していた彼女の姿を思い出してしまった。

「それじゃ…まだたけのこご飯はやってないけど何か他のやつ頼む?」
彼女から目を逸らして僕はメニューをパラパラと捲った。

一瞬、何か言いたそうな顔をした彼女は「大丈夫。お腹いっぱいだし…そろそろ帰ろうかな。」と言った。

「家まで送るよ。」
店の前でそう言って僕が歩き出そうとすると、

「ありがとう。でも大丈夫、ここからすぐ近くだし。それじゃ…秋山くん良いお年を。」

「うん…気をつけて。小川さんも良いお年を。」
僕と彼女は店の前で別れた。

年が明けるとあっという間に時間は過ぎていく。クライアントへの報告と最終確認が終わり、プロジェクトのゴールも間近になっていた。

時々、仕事納めの日の彼女を思い出す。
仕事を離れてお互いを名前で呼び合ったあの時間。近づいたように思えた彼女との関係だったが僕と彼女の関係は変わらない。
僕は仕事仲間としてプロジェクトの最後の日まで彼女の側にいようと決めていた。


春の足音が近づいてくる。
別れと出会いの季節。
少し寂しくて、でも少し晴れやかで。

ただ、そんな春の空気とは裏腹に世の中には不穏な空気が広がり始めていた。

「お疲れさま。まさかこんな事になるなんて思ってなかったよなぁ。この1年頑張ってきたのに…」
隣に座ったメンバーが僕のグラスにビールを注いだ。

「本当に。4月のオープン予定が延期になってしまうなんて…」
無事に終了した僕たちのプロジェクトは、年明けから少しずつ拡がってきた新型ウイルスの影響で開業予定が延期になってしまっていた。

本来であれば、クライアントも招いて盛大にプロジェクト終了の打ち上げをするのが慣例だが、それも中止になってしまった。
そんな中、せめて身内で打ち上げだけでも…と今日は会社の近くの店にプロジェクトのメンバーが集まっていた。
グラスのビールを飲み干しながら斜め向かいに座った彼女をチラッと見る。
開業が延期になって、本当は一番落ち込んでいるはずなのに彼女はメンバー達の輪の中でいつも以上に笑っていた。

週末を挟んで、来週の月曜から僕たちはそれぞれ別な場所で仕事をする。
プロジェクトのリーダーだった彼女だけが開業までの間、残務整理をする事になった。

グラスを重ね、時間の経過とともにメンバー同士、それぞれ集まって話が盛り上がっている。
僕はそんな皆んなを少し離れたところで眺めながら、プロジェクトに参加して今日までの事を思い出していた。

「秋山くん飲んでる?」
突然声が聞こえて我にかえる。
彼女は僕のグラスにビールを注ぎながら隣に座った。

「うん、飲んでるよ。
プロジェクトに合流した日から今日までの事、色々思い出してた。」
僕はグラスのビールに口をつけた。

「そっか。今日まで色々あったよね…」
彼女は僕の方に向き直って微笑む。

彼女の笑顔はいつもと変わらない。
でも、その笑顔が今は切ない。

「あのさ…この後2人で打ち上げしない?」
彼女のグラスにビールを注ぎながら僕は言った。
彼女の表情をさり気なく窺う。

「いいね…。
それじゃ終わったらお店の前で待ってるね。」
グラスのビールを半分ほど飲んで彼女は皆んなの輪に戻っていった。

30分ほど経って打ち上げもお開きになり、皆んなそれぞれ店を出て数人ずつ連れ立って歩き始めていた。
少し遅れて店を出ると彼女が1人立っていた。
それじゃ行こうか?と顔を見合わせ黙って歩き出す。少し酔った体には、まだ早い春の夜の空気が心地よい。
何を話すわけでもなく彼女と2人で並んで歩き、着いたのは仕事納めの日に2人で行ったあの店だった。

「あっ…」
店の前に着いて今日が店休日だと気付く。
「えっと…」
自分の詰めの甘さに情けなくなりながら、どこの店に行こう…と考えてると、彼女が「それじゃうちに来る?」と言った。

「えっ?いいの?」
少し驚きながら彼女の顔を見ると、

「うん。ここから歩いて10分くらいだし、途中にコンビニあるからそこで何か買っていけばいいし。」
そう言うと彼女は歩き始めた。

「お邪魔します…。」
鍵をカチャリと置き、電気を付ける彼女に続き部屋に入る。

「その辺、適当に座ってて。私ちょっと着替えてくるね」
彼女はドアを開けて隣の部屋へ入っていった。

あんまりジロジロ見てはいけない…と思いつつソファに座り部屋を見回す。
カウンターキッチンとダイニングテーブル。
リビングのスペースにはテレビとソファがあって、窓の近くには背の高い観葉植物が置いてある。機能的でシンプルで彼女らしい部屋だなと思った。

そうこうするうちにドアが開き彼女が戻ってきた。彼女は仕事中一つに纏めている髪をほどき、白いシャツワンピースに着替えていた。
仕事中とは違うリラックスした雰囲気の彼女が新鮮でドキドキする。

「それじゃ…お疲れさまでした!」
乾杯して2人だけの打ち上げが始まった。

ハイボールを飲みながら話が弾む。
自宅でリラックスしているせいか、彼女はいつもに比べて少し酔っているように見えた。

「秋山くんって不思議な人だよね。
プロジェクトに途中から参加したのにいつの間にか皆んなに溶け込んで、最終的には1番アイデア出してくれてたし。
締め切りが近くて皆んながピリピリしてる時も、秋山くんが発言するとフワッと柔らかい雰囲気になるんだよね…。」
少し俯いて、グラスの中の氷を長い指でクルクルと回しながら彼女が言った。

「そんな風に思ってたんだ?
僕、プロジェクトに途中から参加したし、自分の専門外の分野だし、どうしよう…って最初は結構緊張してたんだ。
でも、小川さんがリーダーで凄く仕事しやすかった。
それに小川さんいつも無理して頑張るから、僕に出来る事は何でもやりたいって思って。」
隣に座っている彼女の横顔をチラリと盗み見る。

「長いと思ってたけど、終わってみるとあっという間だったなぁ。
毎日一緒にいるのが当たり前だったのに、月曜からは別の場所で仕事するなんて何か信じられない…。」
彼女はしみじみと、そして最後の方は独り言のように言った。

「あのさ…今度たけのこご飯食べに行かない?」
僕は切り出した。

「えっ?
あぁ…年末に飲んだ時にそんな話したね。
お店、今日閉まってたし…
うん、たけのこご飯いいね。食べたい。」
彼女はグラスのハイボールを一口飲んだ。

「あの…いや、そうじゃなくて…
たけのこご飯っていうか、そういう意味じゃなくて。
プロジェクトが終わっても、ずっと小川さんの側にいたい…
僕の側にいて欲しい。」
やっと僕は、ずっと言いたかった事を彼女に言った。

「秋山くん…。
夏樹くん、やっと言ってくれたね。
私の一方通行かなって、もう今日で最後かなって思ってた。」
酔って少し潤んだ彼女の目から涙が溢れそうになる。

その涙を見た瞬間、僕は彼女を引き寄せ抱きしめていた。
そして彼女の頬に手を添えてそっと唇を重ねる。
もう一度唇を重ねようとすると、彼女は「ふふっ」と笑った。

「うん?」と問いかけるような眼差しで彼女を見ると「だって、たけのこご飯って…。全然色気ないし。」とクスクスと笑う。

「えっ…そうかな?
確かに、色気より食い気だね…」
言われた僕も急に恥ずかしくなって思わず笑ってしまう。
2人で顔を見合わせて笑っていると彼女と目が合った。
そのまま見つめ合い、僕は彼女の瞳に吸い込まれていく。

「はる花ちゃんの事が好きだよ。」
彼女の頬に手を添えてもう一度唇を重ねる。
2度目の口付けは甘く深く、酔った体を更に熱くする。
新しい関係に踏み出した僕たちの長い夜はまだ始まったばかりだった。

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