In the air. In the error.
我々は、まだ発病していなかった。しかし、感染していた。ウィルスは潜伏しており、発病すると、見た目には聖人の悪魔が生まれる。これは比喩ではなく、普通をよそおって、悪の能力を行使するのだ。悪の能力とは、知る限り、人間の行為のコントロール、また他者の重症化による発病の促進だ。
しかし、発病した人間はその能力を本能に近い感覚で行使し、ある一定の時間を経て、朽ち果てる。
僕も含めて十二人、感染者たちは、天井のない貨物列車で運ばれていた。発病の促進を遅らせるチューブが我々は一人一人、両手の甲の血管に繋がれていた。
我々は、まるで家畜のように、または、奴隷船。
感染者は、立ち上がることが出来ない。症状が軽ければ座ることができるが、症状が重い者は横たわっているしか無かった。僕は後者だった。
僕がいるのは、貨物列車の後部の方、貨物の一ボックスごとに、二列で患者が座るなり、寝るなりして並んでいる。
僕の後ろには、同じくらい症状の重い肥満気味のティーンネイジャー(女)がいた。物理的な空間の成約によって、僕は肥満気味の少女に首元まで重なる形になって、互いに横たわっているしか無かった。
貨物列車は、前にも後ろにもボックスがあり、それが連綿と続いて、どこに向かっているのか、僕には分からない、が、どうやらワクチン接種の効果実験のために連れていかれているらしい。ということは、わずかでも、治癒する可能性があるということだ。
僕らのボックスで、比較的症状の軽い少女は座って赤いマフラーを首からなびかせていた。
少女は突然躁病を発症したかのように、
「わぁい!」と叫んで、マフラーを首に巻いたまま、宙に投げた。
貨物列車だ。貨物列車だから、当然、頭上には架線がある。
予め決まっていた事柄かのように、マフラーはその架線の継ぎ目に引っかかった。
「大変だ! 大変だ!」
男衆が叫ぶ。
「止めろ! 列車を止めろ!」
全員で叫ぶ。
僕らのボックスの管理官の女性、非常停止ボタンを押した。貨物列車は急停車した。
しかしその頃には遅く、少女の首はちぎれていた。随分と頑丈なマフラーだったようだ。
管理官は、冷静にその首を拾うと、感染者たちのうちの、真ん中に位置していた美しい少女の空の鞄に有無を言わさず、突っ込んで、我々のいる後方にそのバッグを投げた。
美しい少女は咽び泣いた。
管理官が冷静に僕らに通告した。
「発病した者がこの中にいる。誰かは分からないが、その者は、発作のようにこの能力を行使する。恐らく、この後に能力が行使されるとき、発病者がもう一人でることだ、う。現在のところ、その発病者は隠れている。秘匿している。」
『一九二六車以降、停止』とスピーカーから流れる。一九二六号は、このボックスの前のボックスだ。前のボックスから、怒りとも悲しみとも分からない声が聞こえる。これら感情の発露は当然のことだ。ワクチン接種の時間が遅れるのだから。
停止した列車の中で、全員が全員を疑っていた。
誰が発病しているのだ? 誰が少女の首を飛ばした?
「管理官の女! 誰が発病してるんだ! 突き止めろよ!」
ボックスの前列の方の軽症の中年男が叫んだ。
管理官は冷静に、僕らの方に、というより、生首の入ったバッグの方にやって来て、バッグを開いた。
「あ、白いかんざしが、ない」
管理官が唖然とした。かんざしがないということは……
三十代の狐目の女性が、管理人の感情に釘を刺すように、
「わたしは禁煙したわ。だって、陽性になるなんてシャレにならないじゃない。煙草は発病してからの能力の悪化を早めたり、自らの自由意志を奪われると聞いていたから。ああもう。事実になってしまったわ」
今まで、僕の横たわった体の下でほぼ下敷きになっていた、ふくよかなティーンネイジャーが、発作でも起こしたかのように、右腕を振り回した。
彼女の右手の甲からチューブが抜けた、ああ、これは、意志を奪われている……。
彼女の右腕が、僕の左手のチューブをむしり取り、その傷の裂け目にウィルスが……僕は蝕まれているのを感じる、動かなくなってくる、自分の意思では何も……伝えなければならない、この女が発病していると……。
「この……ひ……と……こ……の……ひ……」脳内が蜘蛛の巣状のウィルスに蝕まれている、僕は、たおれ、そして、
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