カブトと万里と二度目の主演と -A3!11幕から読み解く『風と光と二十の私と』-
※※このnoteは『風と光と二十の私と(坂口安吾 著)』を、A3!11幕の視点から読み解き、感想を纏めたものとなります。
A3!11幕のネタバレをふんだんに含みますので、ご注意ください
1.はじめに
A3!11幕ほんっっっっっとに面白かったですね……面白かったですね……
摂津万里という役者がさらに成長するには、の問題提起から始まり、カブトくんとの出会い、演出助手への挑戦、炎上事件などを経て、彼は自身の役者としてのルーツを見つけることができました。
はじめて舞台の上でポートレイトを披露した万里の姿に心打たれた方は多いのではないでしょうか。私もビショビショに泣きました。
11幕本編全体の感想についてはtogetterで纏めておりますので、ここでは深くは触れませんが、よろしければこちらもどうぞ。
さて、ここでは『風と光と二十の私と』の感想を書きたいと思います。
万里は11幕の後半で、カブトくんからある一冊の本を受け取ります。
『風と光と二十の私と(坂口安吾 著)』
( 「文芸 第四巻第一号(新春号)」1947(昭和22)年1月1日 初出)
カブトくんが買ったのは岩波文庫版かな?
(表紙のレイアウトが似てるのと、『白波文庫』が恐らく岩波文庫のもじり)
さてこちらの本ですが、カブトくんがこの本を万里に渡した理由がストーリー11幕内で語られ…………ると思いきや、ほとんど語られません。
……つまり自分で読めってことですね!ということで読みました。
ここではA3!の11幕との共通点を中心とした感想を書きたいと思います。
2.概要 ~どういう本?~
この本は、作者である坂口安吾の自伝本となります。
小学校の頃の成績は優秀で、成績はいつも満点だった安吾は、中学の頃になると学校を休みがちになります。ニ十歳で中学を卒業し、小学校教師(代用教員)となった安吾は、田舎の学校で同僚達と共に教壇に立つ日々を過ごします。
安吾は教師をしている間、「処世上の苦痛、つまり上役との衝突とか、いじめられるとか、党派的な摩擦とか、そういうものに苦しめられる機会がなかった。」と語ります。教師生活は不自由なくとも、そこに生涯を捧ぐ気にはなれず、次第に「不幸や苦しみといった障害を自身に課してこそ、人間の尊さは生まれる。」という考えに至ります。「教師生活では不幸と苦しみの漠然たる志向に追われ、その実私には不幸や苦しみを空想的にしか捉えることができない。」と彼は語り、教師を辞めることとなります。
最終的に彼は前々から興味があった仏教の学習のため、大学に入学します。そこからの彼の人生は勉強・勉強・勉強の日々で、睡眠を削り、健康を害しながらも猛勉強を続けます。哲学をはじめ、彼が大学で学んだことは後の彼の作風にも生かされ、やがて文学面で才能を開花させます。多忙な人気作家となった後も彼は旺盛な活動を行い、次々と作品を生み出していきました。
彼の半生は、もがき苦しみながらも前に進み続けた日々の集大成ともいえるでしょう。この時点でも、11幕でカブトくんが万里にこの本を渡した理由がなんとなく読み取れますね。
3.ニ十歳の老成:前編
「私はまったく行雲流水にやや近くなって、怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも、すくなくなり、二十のくせに、五十六十の諸先生方よりも、私の方が落付と老成と悟りをもっているようだった。」
――坂口安吾 『風と光と二十の私と』
教師として安吾は小学五年生を受け持ちます。彼曰く、とにかく癖のある生徒達で学力にも問題があったようですが、安吾自身が「無理に頭の痛くなる勉強を強いるよりも、温かい心や郷愁の念を心棒に強く生きさせるような性格を育てる方がいい」という主義でしたので、生徒達への教育についての苦労話は本書に殆ど出てきません。教師としての彼の生活は、波乱というよりはむしろ平穏に近いものだったのでしょう。
そんな教師生活で、彼は「怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも少なくなった」と語り、自分は五十歳・六十歳の先生方よりも老成して悟りを得ているのでは?と考えます。
これこそがA3!内でも言及されていた「ニ十歳の老成」ですね。
35話のタイトルにもなっているので、記憶に新しい方も多いと思います。
彼はニ十歳の時点で、自分は悟りを得てるんじゃないかと考えますが、前述したとおり、彼は教師を辞めた後に仏教・哲学・語学・その他諸々の猛勉強をすることとなります。
ニ十歳の時点では勉強の入り口にすら立ってなかった安吾。ニ十歳時点で「自分は悟りを得ている」と考えていたことは、浅学さゆえの全能感に近いものがあったのでしょう。
これについて、カブトくんも触れています。
「たかがニ十歳の老成なんざ、虚構にすぎねぇ」と言い、ニ十歳の安吾の悟りをバッサリと切り捨てています。
教師生活を送っていた頃の安吾は、MANKAIカンパニーに出会う前の万里にも通じるものがあると思います。
人生をイージーモードと豪語し、何物にも興味を抱けずに空虚な日々を送っていた万里は、まさに安吾の教師生活と同じく、全能感に近いものを抱いていたと思われます。
実際に万里が演劇の奥深さに気づいたのは、劇団に入団して芝居に触れてからです。悟りを得たと思っていた安吾が宗教を猛勉強するようになったのも大学に入学してからなので、「実際に触れるまでは奥深さに気づけない」という点でも、二人には通じるものがあるように思えます。
カブトくんは万里のポートレイトを見て、万里の中に安吾の側面を感じ、「安吾はこうして乗り越えたから参考にしろ」ということを万里に伝えたくて、この本を渡したのかもしれません。
4.ニ十歳の老成:後編
3で書いた老成については、『風と光と二十の私と』前半~中盤に記されています。そして後半では安吾は「ニ十歳の老成」について、先ほど書いた内容とは別の側面から老成を語っています。
ここまでは「安吾自身」のニ十歳の老成について書きましたが、ここでの安吾は執筆時点(約40歳程度)の目線から、「自分の周囲にいる齢二十二程度の若者達」の老成を例に挙げ、次のように記しています。
「この時期の青年は、四十五十の大人よりも、むしろ老成している。彼等の節度は自然のもので、大人達の節度のように強いて歪められ、つくりあげられたものではない。」
「あらゆる人間がある期間はカンジダなのだと私は思う」
――坂口安吾 『風と光と二十の私と』
「身の回りの青年たちは、戦争から帰ってきたばかりで荒々しい野生が横溢している中、然し彼等の魂には驚くべき節度がある」と安吾は語ります。今までの二十年の生き方から心機一転、人の本当の生き方について真剣に考え始める期間であるがゆえ、この一瞬において人は四十五十の大人より老成する。そう安吾は考えていると読み取れます。
ここでの老成は「ターニングポイント」と読み取ることも出来るでしょう。
「あらゆる人間がある期間はカンジダなのだと私は思う」と安吾は作中で語ります。カンジダとはヴォルテール著のCandide(カンディード。楽天主義に対するアンチテーゼを唱えるピカレスク小説)であることを踏まえると、「二十前後の頃に世の中に疑問を呈する時期が現れるものだ」という旨の内容だと思われます。
万里もACT3でまさに「このままでいいのか」と今までの役者生活を振り返り、演出助手としての新しい一歩を踏み出します。まさに安吾の言う「老成」であり、人生のターニングポイントを彼は今過ごしているわけです。
演出助手を経て万里は非常に大きな成長を実感します。しかしそれは人生全体においては転換期に過ぎない、お前は今成熟しきったのではなく、これから成熟が始まるスタートラインなのだ、という点をカブトくんは万里に伝えたかったのかもしれませんね。
5.まとめ
安吾は教師を辞め、地獄のような猛勉強を経て作家の才を花開かせていきました。万里も今まさに演出家としての門を叩き、役者としてのステップアップをしようとしています。
カブトくん風に言えば「地獄へようこそ。」ですね。
物騒な言葉ですが、安吾の半生がまさに地獄のような研鑽の日々だったことを踏まえれば、この言葉が嘘ではないことがわかります。
安吾と同じ道に足を踏み入れた以上、これからの万里の役者人生はもがいて苦しんで泣きながら足掻いて、身を削りながら前へ進んでいくのでしょう。
カブトくんは「自分には演劇しかなかった」「何でもできるお前とは違う」と言いましたが、死に物狂いで前へ進もうとする万里に対して「ようこそ」と言うあたり、彼にシンパシーを感じはじめたのかもしれません。
今後、具体的に万里がどのような成長方法を編み出していくのか。ライバルの十座や新ライバル?のカブトくんはどう成長していくのか。そんなことを考えながらこの感想を締め括りたいと思います。
6.あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございました。ここで書いたことはすべて私の個人的な感想であり、読んだ方が「んなわけないじゃん!」って思われる可能性も存分にあり得ます。
『風と光と二十の私と』を未読の方につきましては、ここでの感想はあくまで参考例として、ぜひご自身で一度お読みになることをお勧めします。
青空文庫版のAmazon Kindleなら0円で、カブトくんと同じ岩波文庫版なら約1000円で、それぞれ購入ができます。(※2021年7月時点)
量も60ページほどと少なめで、普段こうした本を読まない方にも取っ掛かりやすい一冊かと存じます。
何よりA3!11幕と万里に対する解像度が劇的に増加するので、A3!が好きな方、とりわけ万里が好きな方については、是非一度お読みください……!
最後に自己紹介を。
普段はTwitterで@tosで呟いたものを後日togetterに纏める形でA3!プレイ実況をしております。
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(※冒頭のリンクと同一のものです)
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