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The rise of InsureTech - テクノロジースタートアップが保険ビジネスを変える

はじめに(この記事執筆の背景)

2020 年にコロナ不況でレイオフされた旨は先日記事に書きましたが、その際に同年 6 月に何とかオファーをいただいたのが InsureTech(保険業界版のテクノロジー企業)でした。

それまで保険どころか金融業界全般の経験はありませんでしたが、某大手クラウドベンダー出身の CTO から「ゼロベースでデータ分析基盤を構築したいので、業界経験なくても良いので基盤構築をリードできる経験豊富なシニアレベルの人を採用したい」と言われました。

保険といえば保守的な業界だと思って敬遠してましたが、今の勤務先はいわゆるスタートアップなので日本のコテコテ金融感がゼロだし、まさに内製チームを作ってて雰囲気が合ったし、レガシーシステムのお守りをせずにゼロベースで作れるということで入社しました。

そろそろ入社から1年近く経ち、社内で話題になったニュースを読みながらど素人なりに業界やビジネスについて少し勉強したので、InsureTech業界について紹介しようと思い、本記事を書きました。業界1年目の業界知識なしのエンジニアが書いているので、大目に見ていただけると助かります。

InsureTech とは

InsureTech とは Insurance (保険)と Technology (技術)を掛け合わせて作られた造語です。元々は、旧態依然とした金融業界(特に決済や銀行など)に対して軽快なテクノロジースタートアップが技術で変革を起こしてきた一連の動きを FinTech と呼び始めたことが始まりです。同じ動きが様々な業界に浸透し、数多の XX Tech が生まれる中、ここ 10 年くらい間に同様の動きが保険業界にも広がってきました。それは業界外からデジタル技術に長けた新興企業が、その強みを生かし、スマホを始めデジタルに慣れた顧客層を一気に獲得するというものです。

ニュースを読む限りでは、主に米国の InsureTech スタートアップの共通点は、自身の事をテクノロジー企業と主張しており、何らかの問題を解決するために、より良い保険サービスを提供しているというスタンスです。保険会社がテクノロジーを使っているのではありません。結局は、両者は保険ビジネスをやっている点は同じですが、若い才能を採用したり、投資家に投資してもらうには、創業者達が話すミッションや立ち位置をかっこよく見せ、共感してもらう必要があります。テクノロジー企業の文化を作ることは、人材市場に対する強いマーケティングメッセージとして機能しています。

InsureTech業界の市場規模

以下の記事によると、2019 年のグローバルでの InsureTech 市場の収益が約55 億ドルで、2025年 までに 100 億ドルに到達し、その期間の CAGR(年平均成長率)は 10.80 % と予想されています。金融業界全体で 20 兆ドル、保険業界全体で約 5 兆ドルと解説した記事もあり、InsureTech は新興業界のため全体から見ると小さいが、成長性はあるといえます。

Global Insurtech Market revenue is valued at 5.48 billion in 2019 and is expected to reach 10.14 billion by 2025, growing at a CAGR of 10.80% during the period 2019-2025.
The insurance industry with global premiums exceeding US$4.9 trillion in 2017, is one of the most complex businesses around.

そもそも保険ビジネスとは?

保険のビジネスモデルは、保険契約者から保険料を徴収し、保険事故(発生頻度は低いが損害が大きい事象)の損害を金銭的に補填するという仕組みで成り立っています。元々は、古代オリエント(エジプト、メソポタミア、ペルシア)での交易に起源があるとされます。当時は、交易における自然災害や盗賊・海賊などの損害リスクに備えるため、資金の借り入れが行われていたそうです。

https://www.seiho.or.jp/data/billboard/introduction/content02/
https://www.seiho.or.jp/data/billboard/introduction/content03/
https://www.aflac.co.jp/soudan/guide/contents/base/history.html

さらに紀元前300年に現代の海上保険に近い「冒険貸借」が始まったとされます。これは地中海貿易の船や積荷の主が、それを担保にして金融業者からお金を借りて航海を行い、無事に交易が終了したら利息をつけて返済するというモデルです。

なお、先日、スエズ運河で座礁事故がおきましたが、エジプト政府のスエズ運河庁は損害額として9億1600万ドル(約 1 兆円)をコンテナ船の船主責任保険を引き受けている事業者「英国クラブ」に請求したそうです。胃が痛くなる話です。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021041401134&g=int

保険ビジネスは投資ビジネスの資金源?

皆さんは、企業が保険ビジネスを行う目的については、考えたことはあるでしょうか?まずあるのが、保険本来の目的である「保険事故の金銭的損失を補填する」ことですが、二次的な目的が投資資金を集める手段の 1 つではないかと考えられます。

投資会社として有名なBerkshire Hathaway Inc.ですが、実は holding company であり、配下に保険会社、鉄道貨物輸送、エネルギー、製造業、小売など様々な企業を所有しています。その中でも保険ビジネスが最大の収益源であり、保険で稼いだ資金で投資するビジネスモデルだとも言えると思います。

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https://www.investopedia.com/how-berkshire-hathaway-makes-money-4801173

保険ビジネスが最大の収益源になった理由は、その収益モデルにあると考えます。保険ビジネスでは、収入が上がるタイミングと支出が上がるタイミングに時間差があるからです。つまりは、新規の契約者が保険に加入すると保険料を徴収できるので、すぐに収益が上がり始めますが、お金が出て行くのは保険事故が起きる時です。それは多くの場合、時間的にはずっと後です。

多くの対象に対して保険を提供すれば、保険企業にとってはコストとなる保険金の支払いのリスクを平準化できます。保険料の徴収から保険金の支払いまっでの時間差を利用し、その間により収益性の高い事業に投資することで多くの収益を上げることができます。

保険ビジネスと DX の相性が良い

なぜここ最近、InsureTech 企業が増えているのでしょうか?

筆者の考えは、扱っている商品自体は元から情報であり、形がないことが大きいと思います。これまで技術の制約でアナログにせざるを得なかったオペレーション部分を SNS やモバイルアプリに置き換えることが可能になったため、全く新しい商品を開発しなくても、販売チャネルを完全にデジタル化し、コスト構造を大きく変えることができます。これにより従来企業よりも高い競争力を発揮できるため、多くの新興企業が市場に参入しました。

現代の InsureTech 企業では、皆さんが思い描く、伝統的な保険企業のように大規模に店舗や保険営業担当者を持っていません。スマホアプリや Web サービスの会社と同じで、従業員の中心はプロダクトを開発するエンジニアやデザイナ、プロダクトマネジャー、そしてデータ分析を担当するデータアナリスト、データ分析基盤を構築するデータエンジニアなどです。

注目の InsureTech 企業

ここでは、InsureTech 企業の代表例として3つほど最近話題になった企業を3つ紹介します(2つはアメリカ、1つはシンガポール)。

https://www.businessinsider.com/insurtech-fintech-providers-2021?r=US&IR=T

lemonade

https://www.lemonade.com/

Lemonade は 2016 年に創業し、2020 年 7 月に NY 市場に IPO したアメリカ企業です。App Store、Google Payなどで保険サービスのアプリとしては最高の評価を得ているとのことです。この創業者達の主張は、保険業界は透明性と正直さが欠けており、保険業界自身がもうけるために保険ビジネスをやっていると疑いの目をかけているというものです。自社の収益について積極的に情報公開を積極的に行うとともに、独特なビジネスモデルを行っています。それはコストをカバーするため 20% だけ運営企業が取るが、残りの収益は寄付するというものです(保険加入者が寄付先を選ぶことも可能)。単に儲けるだけでなく、公益性を重視する若い世代の共感を得る面白い取り組みです。

なお、新しいビジネスモデルを設計するにあたって、2016 年に著名な行動経済学者の Dan Aliery 氏を Chief Behavioral Officer として招聘しています。Google の広告ビジネスの仕組みを設計したのも経済学者であり、アメリカでは経済学者が企業のビジネスモデルの設計に関わっているケースをよく見かけます。
https://www.lemonade.com/blog/oh-behave/
https://www.lemonade.com/blog/lemonade-launch-metrics-exposed/
https://www.lemonade.com/blog/secret-behind-lemonades-instant-insurance/

Hippo

https://www.hippo.com/
https://www.hippo.com/about
https://www.businesswire.com/news/home/20210304005356/en/Hippo-to-Go-Public-in-Merger-with-Reinvent-Technology-Partners-Z-Company-is-Transforming-the-Home-Insurance-Industry

Hippo は 2015 年に創業し、2021 年に Reinvent Technology Partners Z とSPACでの上場を発表しました。
スマートホーム機器と AI による分析サービスを使って災害や損害につながる事象を事前に察知し、保険契約者に警告して被害を防ぎ、保険金の発生を抑える仕組みを提供しています。アメリカでは山火事など自然災害が毎年のように問題になっており(サンフランシスコ・ベイエリアが山火事の灰で包まれ、映画ブレードランナーの風景になって大騒ぎになった)、保険料が値上がりを続けています。Hippoは、それをテクノロジーで解決しようとしています。

SingLife

https://singlife.com/
https://www.straitstimes.com/business/singlife-aviva-singapore-to-merge-in-32b-deal

Singlife は 2014 年に 44 年ぶりにシンガポール政府から保険営業を許可されたローカル企業として創業し、現在はシンガポールとフィリピンで保険事業を展開。モバイルファーストをうたっており、主にモバイルアプリで保険・投資商品を販売し、口座開設など諸手続きをアプリで完結できるようにしている。2020 年に 32 億ドルで Aviva Singapore(英国系の保険大手 Aviva の子会社)との合併を締結し、東南アジアの保険業界では最大のディールとなりました。

https://thefintechtimes.com/galileo-platforms-launch-blockchain-insurance-platform-with-singlife-philippines/

Sinflife Philippines は、2020 年 10 月に決済サービスの GCash と共同でデング熱向けの低価格保険を提供開始しました。デング熱は蚊を媒介とした感染症です。シンガポールやフィリピンを含め、東南アジアでは毎年流行し、各国政府も注意喚起を行なっています。フィリピンは発展途上国のため、国の公的医療保険は発達していない代わりに、スマートフォンとモバイルインターネットは普及しています。よってフィリピンで普及しているスマホ決済サービスの GCash 上でコーヒー 1 杯程度で買える保険を販売して話題になりました。

また、2020 年 11 月に保険業界向けのブロックチェーンプラットフォームを提供する Galileo Platforms と共同で、保険ポリシー管理という基幹部分にブロックチェーンを活用した保険サービスを発表。保険手続きにおけるバックオフィス業務を自動化することで、コスト削減を行なっています。

将来の保険ビジネス

ここ 10 年の大きな社会変化の 1 つがスマホの普及でしょう。保険業界もスマホで商品を販売できるようになったことで、テクノロジーを活用した新興企業(InsureTech スタートアップ)が多く市場に参入しました。ただし、これは生命保険など従来からある保険商品を扱っており、販売チャネルが変わっただけとも考えられます。

一方で、今後はさらに新しい技術が登場したり、技術の進化などにより、これまでなかったニーズを捉えた商品が登場し始めています。また、IoT・ビッグデータ・AIなど新しい技術の普及に伴い、構造を変えるようなビジネスモデルがさらに増えています。

例えば、最近はサイバー攻撃により暗号通貨が盗まれる事故が多発しており、暗号通貨の被害を補填する保険なども登場しています。https://www.americanexpress.com/us/foreign-exchange/articles/cryptocurrency-insurance-market-shows-promise-with-caution/

また、自動車の運転記録を収集し、分析することで、安全運転であれば自動車保険を割引するテレマティクス保険なども登場しています。これはスマホ、各種センサー、モバいつ通信が普及・低価格化したことで、実現できたと思われます。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23254880Y7A101C1TJ2000/

自動車だけでなく、人間に対してもデータを活用した保険も登場しています。例えば、スマートウォッチを装着してもらい、運動量を計測することで、健康的な生活習慣のある方は死亡リスクが低いと判断し、保険料を減額するサービスなども生まれています。https://book.mynavi.jp/macfan/detail_summary/id=99662

おわりに

多少短いですが、保険業界の歴史や、保険のビジネスモデル、最近注目のInsureTech企業について紹介してきました。ソフトウェアエンジニアの転職先企業として、多くの人がすでに有名なテック企業を中心に探したりすると思いますが、意外にも最新のテクノロジーと縁遠そうな保険業界でも、テクノロジーを活用して既存のビジネスや業界を変革しようとしている面白い企業はたくさんあります。

そういう企業は面白いビジネスをやっていて投資家などから注目されていても、エンジニアからの知名度が低く、なかなかエンジニアが採用できず、就職難易度はそれほど高くなかったりします。すでに有名なテック企業にこだわりすぎず、読者の皆様が様々な業界の動きにアンテナを貼って、面白いことができそうな業界・企業にチャレンジいただけると嬉しいです。

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