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『カキ氷とストリップ』

「だってあいつ。ずっと、かき氷と氷砂糖が
 同じだって勘違いしてたんだよ」
と、彼女は言って笑った。

 僕も笑った。

 でも本当は、彼の間違いを、
 彼女よりもずっと前に僕は知っていた。
 そのとき訂正できなかったのには
 大きな理由がある。

 30年と、ちょっと前、
 僕は、彼と浅草に遊びに行った。

 まだ2人とも中学生だったから
 電車で1時間もかけて行くところは
 全て大冒険だった。

 その時の最終目的地は、ストリップ劇場で
 お宝はもちろんストリップだ。

 僕も彼も背の高いほうだったから、
 うまくやれば絶対に入れると自信を持って
 浅草の駅に降り立った。

 意気揚々と改札を出た時間は
 まだ朝の9時を回ったくらいで、
 いくらなんでも早く着き過ぎたことに
 その時、気がついた。

 (どんなに早くてもストリップが始まるのは
  夕方からくらいだろう)
 と決め付けた僕らは、
 とりあえず浅草寺にお参りをすることにした。

 風神と雷神に挟まれた、大きな提灯に感動し
 2人で記念撮影をした。
 持ってきたカメラはもちろん他の目的のためだ。
 裸の写真を隠し撮りして、同級生に売りつける計画だった。

 仲見世は、何かのお祭りのようで、
 カメラの所持者であった彼は、
 興奮して何度もシャッターを切った。

 そして浅草寺に付く手前でフィルムがなくなった。
 僕は、彼のいい加減さに腹を立てたが
 一緒になって撮ったり撮られたりしていたことを
 彼に指摘され
 口論はそこで終わった。

 お参りを済ませてしまうと
 いよいよすることが無くなってしまった僕らは
 目的の場所を確認して、作戦を練り直すことに決めた。

 六区をうろちょろしていると
 ビルの看板に書かれた目的の文字を
 彼が見つけた。

 それからすぐ近くにもう1件あることを知り
 どちらの劇場に入るかも問題になったが、
 それよりも何よりも

 劇場の開演がお昼前後からしているという意外な事実に
 2人とも気が気でなくなってしまった。

 つまりまだ心の準備というものが
 僕も彼も、全くといっていいほど出来ていなかったのだ。

 いや本当は2人とも、始めから入る気なんて更々なかった。
 お互いうまい言い訳を作るために、早く出てきたにすぎなかったのだ。

「ストリップを見るために浅草に行ったけど、
 様々なトラブルがあって結局見ることが出来なかった」

 そういう言い訳のための9時到着だった。
 もちろんそれを、
 お互い口に出して確認したりはしなかった。

 このままでは逃げる口実を失ってしまう。
 困り果てていた僕を前に、
 彼は、ストリップ劇場のさらに向こうを指刺してこう言った。

「あんなところに遊園地があるぞ」
 それは花やしきだった。
 あまり明るい時間に入ろうとすると
 僕らが中学生だとばれてしまうかもしれないから
 あそこで時間を潰すことにしよう
 と彼が言い出した。

 僕がそれを断る理由は、何一つなかった。
 花やしきを出る頃には計画通り、
 僕らの財布の中身はほとんど残っていなかった。

 それから出入り口の傍にあるお店でかき氷を食べた。
 その時彼は、それを格好つけて
 かき氷の、
 古い言い回しであるように言ったのだ。


 僕は、それを否定することは出来なかった。

 その日の大冒険を
 彼のお陰で良い思い出になりそうだった一日を
 彼にだけ恥ずかしい記憶として残すのは
 なんとも申し訳ない気がしたからだ。


 彼は高校3年生の夏に死んでしまった。
 彼の知っているストリップは、
 今、僕の目の前にいる彼女のだけだった。


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