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自由、元来の意味を見せて【東京事変】

誰かがカラオケで歌うのを聴く度に泣ける曲がある。酔っているからかと思っていたが、ドライブ中にシラフで聴いても泣いた。ぶっ刺さっているのだ。メンバーが一堂に集って祝いの宴を囲むMVの映像がまた、楽曲のメッセージを立体的に立ち上がらせてくれてこの上なく良い。

違和感にまみれた社会

ぺてんのない世の中を直ぐに作んなくちゃ

『緑酒』 / 東京事変

毎度ここで目頭に来る。“ぺてんな世の中”とはなにか。政治に国際問題に環境問題、ニュースを見れば湧き上がるよりどりみどりの違和感。そして生活に染み入ってくる空気は、資本主義社会のルールに則った新自由主義の白々しさに満ちている。まっとうな物事などどこにも存在しないのではと思えてくる、息苦しいこの世の中のことでなくて何なのか。

気付いたら違っていた 
バトンタッチが済んで自分らは扶養側へ責任を負う立場になった 
時間がない金すらない ないない尽くしという 増してどうしてこう心身消耗してんだっけ

『緑酒』 / 東京事変

息苦しさの理由

新自由主義とはなにか。2024年のベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅香帆さんはこうまとめる。そして自身も、その価値観を少なからず内面化している事実を受け止めている。社会に通底するルールがある以上、それに順応するのが世渡りで、チューニングに失敗すればただ個人が生きづらさを被る。

日本でも1990年代から2000年代にかけて、民営化が進み、金融自由化が進んだ。それはまさに「新自由主義」思想が広まる一端を担った。結果として、自己決定・自己責任の論理を内面化する人々が増えた。(中略)

自分の意志を持て。グローバル化社会のなかでうまく市場の波を乗りこなせ。ブラック企業に搾取されるな。投資をしろ。自分の老後資金は自分で稼げ。集団に頼るな。——それこそが働き方改革と引き換えに私たちが受け取ったメッセージだった。

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』p.213~218

集団から個へ。豊かな時代の大きな共同体は解体され、個人が小舟で世を渡らねばならない現代。もちろん、地域や企業といった共同体のもたらす安定と不自由はセットであり、個の時代にようやく手に入った、人生を自分で決められる権利の価値はとてつもなく大きく尊い。

だけど現在のような、自己責任を人質に取られた「自由」は、どうも歪に思えてならない。必死になって自分で自分の面倒を見ること、富を得て誰にも頼らなくて良いようにすることが、本当の意味での「自由」だったのだろうのか?

自己責任論には奥行きが無くすぐに行き詰まる。苦しい状況に追いやられたとき、原因の所在は個人の内側ではなく、社会のハード側かもしれないと考えてきただろうかと自問する。その発想の余裕すら与えられない世の中こそがまさに、「簡素な真人間」に救いのない社会なのではないか。

果たしても選ばれざる服従層と知らん間に選ばれし支配層を結ぶ争点
自由という名の富 買い叩いて奪い合う尊厳

『緑酒』 / 東京事変

世代とコミュニティ

もっともらしく言葉を引いてみたが、そうは言っても実際の所、ぺてんのない世の中をただちに作る、ルールを根本からひっくり返すことは困難だ。資本主義社会は突然終了しないし、社会の総体とは、各世代を生きてきた異なる価値観を持つ他者の集まりであるから。

私たちにできるのは、会社でも家庭でも、まず自分の属するコミュニティの中から、手が届く範囲で"ぺてん“に抵抗するしかない。世代間にはデフォルトとして生きてきた物語の相違があり、理解と断絶の分かれ道は、コミュニケーションに対峙する姿勢にあると思う。不誠実な対話であっては、根は悪い人でなくても消化不良を起こした感情が牙を剝く。正論で相手に詰め寄ることは正義ではないし、その“正論”を裏付ける思考もまた、自身の生きてきた時代の価値観から逃れられない。まず互いが違う生き物である前提を飲むこと、それが対話のスタートラインだ。

全員善人でしょう 疑念なぞ抱いても肝を突いちゃならん

『緑酒』 / 東京事変

地味な日常も、祝いの宴も

乾杯日本の衆 今日は今日でまあ一つ 美味しいかどうかはさておきだ
各種生業お疲れさん

『緑酒』 / 東京事変

乾杯日本の衆 いつか本当の味を知って酔いたいから樹立しよう
簡素な真人間に救いある新型社会

『緑酒』 / 東京事変

次世代に「真っ当に生きろ」と言える新型社会、それを非暴力で実現するための、一人ひとりの小さな変革の積み重ね。「緑酒(りょくしゅ)」とはよい酒、祝いの美酒のこと。地道でタフな毎日を支える一杯と、節目を共有し祝うハレの日の緑酒。酒と食事を囲って集う宴の席は、断絶に満ちた世界で今もなお、人と人の縁をつなぎ合わせるハブの役目を担ってくれる。コロナ禍の遮断を経て、私たちはそのことを身につまされた。

自由よ いいように搾取されないで 安く売らないで
終始貴様は誇り高くあって 頼むよ
自由 フェイクじゃない元来の意味を見せて

『緑酒』 / 東京事変

この曲は人間讃歌だ。個人が小舟に分断されたようでいて実際、あらゆる世代が乗り組んで航行していく社会という大船が、これから向かわなければいけない方角と、そこに至る日々のミクロな営み。その両方を肯定してくれる、全世代へ向けられたまっすぐなエールだ。新しい年の契機に今年も、背筋を伸ばして受け取った。

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