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【連続小説】2025クライシスの向こう側 11話

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第11話 Just the beginning night

1 待ち侘びる人々とラストソングと

2025年2月13日。
時刻は、午後6時を迎えた。

flareの公式Instagram 、X、facebook、
事務所とレコード会社のH.P.にて一斉に
今回のメインビジュアルが公開された。
そこには、初めて露わとなった
flareの顔があった。

カーテンが閉められた薄暗い部屋。
ベッドに横たわる表情を無くした少女。
その顔はスマホの青白い光で照らされている。
スマホの画面にはflareの顔がある。
その画面を見つめていた少女の顔が、
生気を帯びていく。

カラオケボックスの中、
3人の女子高生たちがいる。
一人はソファーの上に立ち上がり、
跳ねながら歌を歌っている。
一人はデンモクを手に、
歌う曲を入力している。
もう一人はスマホをいじっている。
その画面に映し出されるflareのSNS。
スマホを見ていた女子高生が、
「見て見て!」と二人に声をかける。
歌をやめ、デンモク操作をやめ、
3人でスマホを覗き込む。
「めっちゃ可愛くない!」
「ヤバいヤバいヤバい」などと、
盛り上がる女子高生たち。

机の上には大きなパソコンの
ディスプレイが二つ並ぶ部屋。
その光がパーカーのフードを
目深に被った青年の顔に強く当たっている。
机の上のキーボードの周りには、
スナック菓子や菓子パンが散乱している。
二つのディスプレイに
flareの顔が映し出される。
青年の口元が緩む。

電車の中。
帰宅途中のOLが、
サラリーマンが、
スマホでflareのSNSを見ている。

スクランブル交差点で、
信号待ちをしながらスマホを見つめる人々。
その画面にはさまざまなSNSを通して、
映し出されたflareの顔がある。

Instagram、Xをはじめ、
flareに関する記事やリポストの
”いいね!”やビュー数が一気に上昇していく。

そして明日、
2025年2月14日バレンタインデーの
正午、チケットの抽選がインターネットで
行われることも告知された。
応募方法は、
レコード会社の
専用応募ファームのみの応募。
先着3000人に、自動返信にて
入場用のQRコードが
返信されてくるというものだった。

スタジオでアルバムの
最後の曲を作るため、
ピアノの前に座る楓麗亜。
するとスマホにLINEの着信がある。
険しい顔でピアノに向かっていた
楓麗亜の表情が緩む。
LINEは友希からだ。
"見たよフレア!
めっちゃカッコいい!
応募するよ!"
とある。楓麗亜は、
"友希たちの分は招待するよ。
健二くんと来れば?
移動はワタシたちと一緒にしようよ。
紹介したい人もいるし、、、"
と返信する。

愛尊は、沖田の作業に立ち会っている。
弦楽器以外の全ての楽器は、
録り終わっているので、
弦楽器が最後にのることを想定して、
録った楽器のバランスを仮でとっている。
そこに明日、
楓麗亜の歌と最後の曲の
ピアノ、それに弦楽器を録れば、
全てのレコーディングは完了する。
そこから怒涛の流れで、
そのままミックス作業に入り、
トラックダウンを経て、
マスタリングして16日に完成する。

先ほどの暗い部屋で
スマホに映るflareを見ていた少女が、
ジャージ姿で、自室を出る。
階段を降り、キッチンの扉を開ける。
振り返った調理中の少女の母親が、
少女の姿を見て驚いている。
少女は母親に言った。
「もし……もしね、flareのライブのチケットが取れたら、外出てみようかな……」
母親の目からは涙が一筋落ちる。
「……出たい……ライブに行きたいから」
と精一杯の勇気で少女が言う。
「うん。うん。いってらっしゃい」
嬉し涙を流す母親は少女の腕を取ってそう言った。

スタジオでは、仮のミックス作業が続いていた。
沖田と大江から、
明日の歌入れも残されているし、
楓麗亜は休むよう言われた。
愛尊も休める時に休むよう大江から言われた。
23時過ぎに楓麗亜と愛尊はスタジオを出て、
自室に向かった。

シャワーを終えた愛尊は
冷蔵庫から缶ビールを取り出し飲んだ。
そして窓際に歩き窓外の庭を見下ろしていた。
するとドアがノックされた。
愛尊が部屋のドアを開けると、
外にはソーダ水を手に持った
楓麗亜が立っていた。
シャワーを浴びた楓麗亜の髪は
艶やかに濡れていた。
「少しいい?」
楓麗亜は愛尊を見上げて言った。
頷いた愛尊は楓麗亜を部屋に招き入れた。
楓麗亜はセミダブルのベッドに腰を下ろした。
愛尊は、窓ガラスに寄り掛かるように、
カーペットの床に膝を立てて座った。
楓麗亜はソーダ水を口に含んで、
グラスをサイドテーブルに置いた。
そして、肩にかけたバスタオルで、
優しく髪を拭きながら話し始めた。
「最初のアルバムを出したあとに、パパから宇多田ヒカルちゃんのCD聴かせてもらったんだけど。その中にfirst loveっていう曲が入ってて。曲も素敵だなって思ったんだけど。何よりも、彼女が15、6歳であの詞を書いたっていうのに驚いた。そのときワタシは12歳。全く恋なんて分からない。ラブソング風なものは、全て想像。アイソンの小説や、色んな本や、映画から想像して言葉を並べてただけ。でも宇多田ヒカルちゃんは、16歳で最初の恋が終わって、傷つきながらも未来の恋の話をしてる。とてもリアルに。ワタシね……今、猛烈に恋の歌を歌いたいの」
楓麗亜は、サイドテーブルのグラスを手にとり、
歩きながらそれをひとくち飲んで、愛尊の隣に座った。
それから、
「アイソンは初恋の人って覚えてる?」
と愛尊に尋ねた。
「うん。覚えてる」
「どんな初恋だったの?」
「どんな初恋……そうだな。小5とかだったかな。その前にも多少意識した異性はいたんだろうけど、印象に残っているのはその子かな。すごく綺麗な子で、勉強も出来たし、運動もそこそこ出来る子だった」
楓麗亜は頷きながら聞いている。
「休み時間にドッジボールしててさ、外野からのボールを取って振り返りざまに敵チームに投げたら、その子が至近距離にいて、肩のあたりにボールが強く当っちゃったんだ。そしたらその子がすごく悔しそうな顔をしたんだよね。それまで見たこともないような。こんな感情を表に出す子だったんだと思うと同時に、密かに嬉しかった」
「えっ? 何で?」
と思わず聞き返す楓麗亜。
「新しい、僕の知らない彼女を見れたような気がして。もっとこの子の色々な顔が見たいって思って」
と気恥ずかしそうに愛尊が答える。
「ああ、そういうことで」
と笑う楓麗亜。愛尊も頷きながら一緒に笑う。
「でも、なんとなく分かるよ。アイソンの気持ち」
と楓麗亜は笑って言った。
そして、
「明日、いい歌が出来るようにおまじないして」
と愛尊を見つめて言った。
「おまじない?」
と楓麗亜を見つめて首を傾げる愛尊。
楓麗亜は頷いて、愛尊の唇に口づけをした。
そして、パッと立ち上がり、
素早くドアまで向かい扉を開け、
「じゃあ明日」
と廊下の明かりを背に
シルエットでそう言ってドアを閉めた。

楓麗亜の分身のように、
彼女が置き忘れたグラスの中で
ソーダの泡が弾けた。
その楓麗亜の分身をただ見つめたまま、
部屋に漂う余韻に動けない愛尊だった。

あくる日、
2025年のバレンタインデーの正午。
チケット抽選が行われた。

登校拒否の少女が、
パソコンでゲームをする
引きこもりの青年が、
女子高生たちが、OLや大学生たちが、
QRコードを手にした。

その頃、最後の曲が録音されていた。
弾き語りでピアノも歌も一発録り。

"あなたのぬくもりに
触れたから
孤独な扉を開けて
外へ出られた

ワタシの心は
今、あなたで満たされている

一人じゃない
そのぬくもりを
抱きしめて

失う怖さを
携えて
あなたと歩きたい

ほんの始まりの夜
今夜ワタシは新しく生まれたの"

ミキシングルームにいる誰もが歌に引き込まれた。
愛尊は溢れそうになる涙を堪えていた。

それから弦楽器の録音が行われた。
そして6曲を楓麗亜は歌いきり、
全7曲のレコーディングは終了した。

2 new album『TOUGENKYOU〜桃源郷〜』

徹夜でミックス作業は続く。

その一方、
香川高松の渡瀬のプールでは、
立て込みが続いていた。
24時間、三交代制のスタッフで、
ライブの準備が進められていた。
渡瀬は、地元の警察にも交通会社にも、
政治家にも顔がきくため、
インベンターと協力して、
警備関係、駅から会場まで観客を
ピストン輸送するためのバスの手配も進めた。

スタジオでは、ミックスの最終段階へと
作業は進んでいた。
沖田は、長髪を束ねて真剣な表情で、
ミキサー卓に向かう。
その姿はさながら戦国武将のようだ。
そして、
2月15日の午後1時を回る頃にミックス作業は終了した。

その後、トラックダウン作業が終わったのは、
翌日の16日だった。

その翌日から二日間、
ライブのリハーサルが行われた。

パーカーのフードを目深に被った
例の引きこもり青年がキャンプ道具を背負って
深夜バスで高松を目指す。

18日の夕方、
リハーサルを終えたミュージシャンたちは、
そのまま羽田から高松へと向かった。
スタッフは車両移動のものたちは
リハサールスタジオ撤収後、
そのまま高松を目指した。
残りのスタッフは当日会場入りする。

楓麗亜と愛尊、大江と
楓麗亜の母親カップル、
レコード会社のスタッフなども
羽田へと向かった。
そして羽田で、
友希と健二も合流した。

ライブ会場近くの
アウトドアショップに
あの引きこもり青年の姿がある。
折りたたみナイフやランタンなどを
購入する青年。

青年はその後、
路線バスを乗り継いで、
ライブ開場前に到着。
感慨深げにその会場を見上げる青年。

青年がその後、裏の空き地で
キャンプの準備をしていると、
周辺の警備をしていた
ボランティアスタッフが声をかけてきた。
「ここキャンプ場じゃないんだけど」
青年は緊張しているようだ。
頭を何度も下げて、
「ごめんなさい。ごめんなさい」
としか言えない。
「そんな。怒ってるわけじゃないけん。ライブ観に来た人?」
黙って頷く青年。
そしてQRコード画面を差し出して、
「flareに会いたくて、ホテル取ってなくて、どうしても会いたくて」
と必死に答えた。
「おおそうかね。ほんじゃあしょうがねぇ。内緒だよ」
と笑って去っていくスタッフ。
頭を下げる青年。
そしてテントを貼り、夕食の準備を始めた。

20時過ぎ。
会場近くが慌ただしくなる。
メンバーや楓麗亜たちを乗せた
車両が次々と到着する。

オープニングのチェックなどが、
楓麗亜やメンバーたちとスタッフの
間で行われる。

楓麗亜が出来立ての曲を
ピアノの弾き語りで始める。
それを愛尊や友希らが見ている。

会場の外。その音に誘われるように
あの青年が建物を見つめている。
日の光を浴びるように
心地良さそうにその歌声を聴いている。

歌い終えた楓麗亜。
愛尊、友希、大江や母親や
スタッフたちが盛り上げる。
ステージを降りた楓麗亜が、
「アイソン、ちょっといい」
と愛尊に声をかけバックステージへと歩く。
愛尊も後を追う。

楽屋口の外。
関係者の車両がたくさん停まっている。
先に出てくる楓麗亜。後に続いて出てくる愛尊。
外の空気を大きく吸い込む楓麗亜。
「ワタシね。今、幸せだよ。でもね少し怖い。どうやら緊張してるみたい」
と振り返り、愛尊の胸におでこを預ける。
愛尊は優しく、でもしっかりと楓麗亜を抱きしめて、
「大丈夫。明日はきっと最高のステージになるよ」
と言った。
楓麗亜も愛尊の胸の中で頷き、愛尊の背中を強く抱く。
そして二人で会場の中へと入っていく。
それを見ている青年。

3 熱狂の初ライブ

翌る日。
抜けるような青空。
陽気は春のようだ。
開場にはまだまだ
時間があるにも関わらず、
渡瀬のプールには長蛇の列が出来ていた。
日本中から集まった人々。
中国、韓国、オーストラリア、
フィリピンからやってきた人もいる。

その長蛇の列を見た
大江やイベンターの判断で
予定よりも早く開場されることとなった。

客入れの音楽は、バッハに始まり、
マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、
ボブ・ディラン、ジミー・スミス、
ブッカー・T・ジョーンズ、レイ・チャールズ、
ジミー・ヘンドリックス、ジェームス・ブラウン、
スティーヴィー・ワンダー、スティーリー・ダン、
ローリング・ストーンズ、ブランニューヘヴィーズ、
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、シャーデー、
、アデル。
そしてアラニス・モリセットなど。
すべて楓麗亜が影響を受けてきた
アーティストの曲が流れていた。

客席には、登校拒否の少女や
会場裏にテントを貼った青年、
カラオケボックスの女子高生たちの姿もある。

そして、
18:38すべての客電が落ちた。
地鳴りのような大歓声が
沸き起こる中、真っ暗な会場の
真ん中にあるステージの中心に向かって、
小さなライトの点が進んでいく。
その動きに合わせるように
歓声はさらに大きくなる。
小さな点が会場の中心でとまり、
そして消えた。

暗闇の中。
歓声が一瞬静まる。

次の瞬間、
アカペラでflareが一曲目を歌い出した。
観客とflareがまるで呼吸を合わせたように、
歌の波の中で漂っている。

一曲目をflareが歌い終えた瞬間に、
嵐のような歓声が会場を包み込む。
flareは360度全方向に笑顔で手を振った。
歓声が鳴り止まない中、
ミュージシャンたちがステージに上がる。

「ありがとう。嬉しいです。6曲だけだけど、最後まで楽しんでもらえたら嬉しい」
flareはそう言って頭を下げる。
ライトが落ちて、ドラムのカウントが始まる。

ここから5曲をMCを挟まずに一気に歌い上げるflare。

そしてflareは観客に向かって言った。
「めちゃくちゃ緊張してました。でもめちゃくちゃ気持ちよかった! ありがとう! また会いましょうー」
そしてflareはステージを降りた。
バンドのメンバーが後に続いていく。

客電があがる。
鳴り止まない歓声と拍手。
ステージの上のライトが暗くなっている。
やがて始まる「アンコール」の大合唱と手拍子。

バックステージ。
楓麗亜が愛尊に抱きついた。
愛尊は何も言わず頷き、
楓麗亜の背中を強く抱きしめた。
楓麗亜の母も二人を抱きしめ輪に入る。
誰も言葉を発しないが、
達成感あふれる笑顔である。

バンドのメンバーとハイタッチする楓麗亜。
楓麗亜が声を発した。
「あと1曲! 戻ろう!」
バンドのメンバーや大江やスタッフたちも、
「イエーい!」「よっしゃあー」「おおー」
などと楓麗亜に応える。

ステージに再び明かりがともる。
今日一番の大歓声が巻き起こる。

flareとメンバーが次々にステージ上がる。
それぞれの楽器位置につくメンバー。
flareがフロントマイクを掴んで叫ぶ。
「みんな最高〜〜ー! ありがとう〜〜! 今回の新しいアルバムに実はもう1曲入ってるの」
大歓声が巻き起こる。
「カバー曲なんだけど最後に聴いてくれるかな?」
観客が反応して沸く。
「それから、ちょっとだけ、ワタシの話してもいいかな?」
と観客に問いかけるflare。
「いいよー!」など歓喜する観客。
「一昨年、パパが亡くなったのね。パパがいなかったらワタシこうして歌えてなかったと思う。パパのおかけでみんなに会えた」
大歓声が沸き起こる。
「パパのおかげで素晴らしいミュージシャンたちに会えた。最高のスタッフや大切な人に会えた」
拍手に包まれる会場。
「本当に今日はありがとう。最後の曲です。一番大切な人が、今日のために選んでくれたんだと思う。この曲でお別れです。また逢いましょう!」
そしてロスのホテルの夜。
楓麗亜が父親に心から褒められた夜。
あの夜父親が選んだ『What a wonderful world』をファンクサウンドにアレンジしたイントロが始まった。

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