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【連続小説】2025クライシスの向こう側 12話

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第12話 七日目に愛尊は楓麗亜と……

1 flare re:start

バックステージでは、皆が互いに
ハイタッチをしたり、ハグをしていた。
もちろん、ワタシもみんなと
ハイタッチやハグをした。
この皆を包み込む大きな達成感。
それは、きっと
このとびきりタイトなスケジュールの中で、
やり遂げたライブだったからこそ、それを感じる。
それはワタシだけじゃなくて、
スタッフやメンバー全員の中にあったんだと思う。

今、ワタシは最高に気持ちいい。
そして、どうしようもなく幸せだと感じる。

コーラスとして参加してくれたママも嬉しそうだ。

ずっとそばにアイソンがいてくれる。
アイソンは、
「とてもフレアらしい最高のライブだったよ」
と言ってくれた。

アンコールでは、パパと繋がっていた。
パパと一緒に観客の中にいた。
そう実感した。

渡瀬さんが
「お疲れ〜フレアちゃん! 最高だったわ!」
とクシャクシャな笑顔でやってきた。
そして、ワタシの隣にいた大江さんに、
「こりゃ、早出し、無理だわ。いけん、いけん。抽選に外れたお客が車両出口で出待ちしとっての。人で溢れ返って収集つかん。逆にダミーの車出した後に、フレアちゃん出した方がいいんちゃう?」
と言ってきた。
通常、ライブではアンコール直後の客出し前に、
アーティストを会場から出してしまう。
追っかけの車両などへの対策らしい。
そう大江さんが言ってた。

赤灯を振った警備員の人たちが
カラーコーンを立てて、
車両が出るスペースを作る。
その車両の通り道の両脇に人垣が出来る。
イベンターの人が運転するダミーの車が
車両出口から出ていく。
人垣から一斉に歓声と携帯の
フラッシュがたかれる。
車窓にはフルスモークの
シールドが貼られ、
後部座席にはカーテンが閉められている。
多くのファンの人たちがその車を追いかけていく。

今夜のライブを盛り上げてくれたファンのみんな。
会場に入ることができなかったのに、
待ち続けてくれたファンのみんな。
”ごめんね。みんな。なんだか騙すみたいで”。
ダミーの車両を追いかけていくファンの人たちに
少し申し訳なく思う。

続けて何台かに分乗した
バンドのメンバーの車両が次々と出ていく。

ライブ終了から40分が経ち、
車両口はだいぶ閑散としてきた。
40分はあっという間だった。
ワタシはアイソンにもたれて何もしゃべらなかった。
アイソンも何もしゃべらなかった。
二人でライブの余韻に浸っていた。
またワタシはこう思う。
”ああ、ワタシは何て幸せなんだろう”と。
素敵なスタッフやミュージシャンに囲まれて、
自分のすべてを出し切って音楽を作る。
素敵な観客に囲まれて、
自分のすべてを出し切ったパフォーマンスをする。
達成感と高揚感に包まれる。
そして、すぐ隣にはそれを分かち合う
大切な人がいてくれる。

これからは、
日本中を、いやっ、
世界中の街を周って、
ワタシの歌を聴きたい人に寄り添いたい。
今、はっきりと言える。
今夜、本当の意味で、
ワタシの音楽活動は動き始めた。
”パパ、ちゃんと見てくれてる?”

渡瀬さんと大江さんがこちらにやってきた。
大江さんが言った。
「出口も落ち着いたからホテルに戻ろう! シャワー浴びたら打ち上げだぞ!」
ワタシもアイソンも笑顔で頷いて立ち上がった。

大江さんと渡瀬さんが先頭を歩く。
イベンターの人が足元を照らしてくれる。
ワタシはアイソンの腕をとって歩いた。
後ろからママとアレックスが続いた。

一瞬不思議な感じがした。
変なエアポケットに入ったような、
とても不思議な間だった。
ワタシの真横に、
パーカーのフードを目深に被った男の人が
突然暗闇から現れた。

その手元には何か光るものがある。
その男の人がワタシの方へ向かって走り寄る。
次の瞬間、アイソンがワタシと男の人の間にいた。
ワタシはアイソンに抱きしめられている。
警備員の人たちが駆け寄ってきて、
その男の人を取り押さえた。
すべてスローモーションのようだった。

男の人が叫んでいる。
「なんで邪魔するんだよ! flareを俺だけのものにしようとしたのに! だいたいお前が悪いんだからな! 昨夜見たんだぞ! flareはみんなのものなのに、お前がそばに寄り添って独占しようとしやがって! だからflareを永遠に俺だけのものにしようとしたのに!」
ワタシから男の人の顔は見えなかったけど、
耳障りの悪い声だけが金属の擦れ合うような不快感を与える。
彼はアイソンに向かって言ってるの?
ワタシはアイソンの胸から顔を少し離して、
アイソンの顔覗き込んだ。

アイソンの表情が心なしか歪んでいるように見える。
「アイソン? 大丈夫? どうかした?」
アイソンは何も答えずに、そのまま崩れ落ちた。
地面スレスレのところでワタシはアイソンを抱き止めた。
「アイソン! アイソン! ねえ!」
渡瀬さんが駆け寄ってきて、アイソンの背中を押さえ、
「おーい! 救急車!」
と叫んだ。
アイソンの腰の辺りから出血している。
その血は地面へと広がっている。
渡瀬さんが大きなタオルで押さえている。
ワタシは悲鳴のように叫ぶことしかできない。
「いやあああーーー誰かあーーー早くーーー!」

15分ほどで救急車が到着した。
痛みに顔を歪めるだけで、
アイソンは先ほどから何も話せない。

ワタシはまた無力なまま
救急車の中にいる。
ワタシの目の前には
目を瞑ったアイソンが横たわっている。
パパのときと一緒。
ワタシはアイソンに何もしてあげられない。
ただただ彼の手を握りしめた。
アイソンの身体には大量の血が送り込まれていた。

高松市内の大学病院に到着すると
そのままアイソンはERに運び込まれて、
輸血を受けながら、
傷口の縫合手術が行われた。

手術室の前の廊下で待った。
ママがワタシの手を握っている。
大江さんも渡瀬さんもアレックスもママも、
誰も何もしゃべらない。

”一生のうちで願いごとが一つ叶うなら。
アイソンを助けて欲しい。
ワタシは他に何もいらない。
もう誰も失いたくないの。”
ワタシは何かに向けて祈っていた。

2 この世のすべて…そして僕は君と

僕は今、病室にいるみたいだ。
どうやら麻酔から醒めつつある。
それに伴い傷口が疼くように痛い。
と思った次の瞬間。
すうッと痛みが引いていき、
自分の身体から抜け出るような
奇妙な感覚になる。

そして、なんと、
僕はベッドに横たわる自分の姿を見た。

ベッドで横たわる僕。
その手を握っているフレア。
フレアのママがいる。アレックスもいる。
大江さんはどこかな……。
そう思った瞬間に僕は廊下で
僕の父親に電話する大江さんの横へと移動した。
父のことを思う。
すると今度は、
東京で電話を受けている父の元へと移動した。
な、なんなんだこれ!?
僕、もう死んだの?
電話を切った父は高松に向かう準備を始めた。

自分の体が気になると、
僕は病室へ戻った……これは……「意識」?
身体を伴っていない。
これが「意識」?
「意識」はなんでも出来るとリチャードは言っていた。
どこまで高く昇れるのだろうか?
と考えていると病室の天井まで到達する。
真俯瞰で病室を見ている。
横たわる僕の手を握るフレア。
僕を取り囲むフレアのママとアレックス。
看護師の女性。

やがて僕は、病室の天井を突き抜け、
最上階まで天井を突き抜け、
病院の天井を突き抜けて屋上を見下ろしている。
さらにどんどんと上昇を続ける。
風切り音がすざまじい。
上昇するスピードは少しづつ高まり、
やがて猛スピードで上昇し始める。
リアルに日本地図を見下ろす。
大気圏を突破する。
青々とした地球を見下ろす。
宇宙空間を上昇している。
と上昇するスピードが極端にゆっくりになる。

無音。

過去へと思いを馳せる。
過去の出来事が走馬灯のように
クリアにスクリーンに映し出される。

生まれたばかりの僕。
ギリシャ神話に登場する
イオルコスの王アイソンに
ちなんでつけられた名前。
でも本当の英雄は、
その息子のイアソン。
そうとも知らず勘違いから
我が子を愛尊と名付けた父。

若い父親と母親。
二人に手を引かれて歩く幼い僕。
動物園。
象。キリン。ライオン。ゴリラ。

初恋の子とドッジボールをしている。
高さんと二人でヤギの教授を追いかけている。

ミルキーは別れた彼女のことを母親だと思い、
僕のことは同等に見ていた……。
優劣なんてどうでもいい。
ミルキーはそれでも僕に愛着を持っていたようだ。

史上最大の彗星と謳われたアイソン彗星。
太陽に近づきすぎて
溶けて消えて無くなったと報道された。
しかし僅かな氷の塊となって生き残った。
この世界の事実を知る。

未来に想いを馳せる。
いくつもに別れた世界線がある。
隕石が衝突した未来。
隕石が衝突しない未来。
核戦争が起きた未来。
平和な未来。
未来は変わるのか……。

「意識」となった僕はいくつもの並行世界を見た。

うだつのあがらないサラリーマンの僕。

生徒に『三四郎』を音読させ、
退屈そうに教室の窓から
外を眺めるともなく眺める
現代国語の教師になった僕。

坂本九が、日本人初の全米シングル1位を
獲得して、その後、
単独機としては世界最悪となる飛行機事故で
多くの人に惜しまれながら
この世を去ってしまった世界。
僕らの世界線では、
去年の大晦日の紅白のトリとして、
『上を向いて歩こう』を熱唱していた坂本九。

フレアに出会わない僕。

”これはまずい!
なんとしても、
僕に作家を諦めさせてはダメだ!”
そう心で思うと、
僕は10年前の僕の元にいた。

大学時代。
文学賞に応募し始めて4年目。
寡作にも入れず、
作家になることを諦めようとする僕がいる。
就活のために履歴書を書いている。
"ダメだ! 諦めたらフレアに出会えないぞ!"
寝落ちした自分に思わず僕は、
『太陽がしずむ街』のストーリーを
波動言語でダイレクトに伝えてしまう。

再びものすごいスピードで
どこかへ向かい上昇していく。

真っ暗な何もない部屋。
そこは圧倒的に広く、究極に狭い部屋。
もしかするとこれを無限の空間と呼ぶのかもしれない。
何かの「意識」だけがそこに存在する。
その「意識」を感じた瞬間僕は思う。
僕はこの「意識」を知っている。
その「意識」は"ソレ"だ。
”ソレ”はとてつもなく長い間たった一人で存在した。
退屈していたのだ。
だから、”ソレ”はため息をついたのだ。
そのため息から世界がはじまった。

僕は確信する。
”ソレ”を僕は知っていると。
懐かしく愛着を感じる存在。
"ソレ"はリチャードそのものに間違いなかった。
リチャードにも僕にも身体はない。
リチャードが言う。
「やあ。また会えましたね」
「うん。会いたかった」
「何を学びましたかアイソンくん」
「この世界に限界がないこと知りました」
「素晴らしい」
「それから今を生きました。精一杯」
「素晴らしい」
「そして「意識」で未来は変えられる」
「1億点満点あげます」
「でも晴々しく死を受け入れる領域までは達していないようです」
「なぜ?」
「死にたくない。フレアと離れたくない。地球を守りたい」
「私は大切なことを二つ君に伝えました。一つは周波数。もう一つは?」
「リチャードさんの言うことを信じてはいけない」
「ご名答! そして君がこの最後の七日間で気づいたことは?」
「「意識」は未来を変えられる」
「もうお分かりでしょう。君は死ぬにはまだ早い。戻って地球を救って下さい。まだこれからやることが沢山ありますよ」
「また会えますか?」
心から僕はまたリチャードに会いたいと思った。
リチャードとフレアが僕のつまらない人生を変えてくれた。
「ええもちろん。地球を救う仲間たちが5人あなたの帰りを待っている。4人目の人物は目を覚ました君に最初に話しかけてくる。5人目に会うのはもう少し先になります。ではまたアイソンくん。さようなら」

ものすごいスピードで僕は宇宙を駆け抜けた。
地球に向かって。

僕は病室の自分の身体に戻った。
そしてゆっくりと目を開いた。
白衣を着た医師が話しかけてくる。
「八雲さん! 八雲さん! 分かりますか? ここは病院です」
この先生が地球を救うための4人目の仲間だと思った。
フレアが泣いている。
僕にしがみついて泣いている。
フレアのママも泣いている。
大江さんとアレックスが笑っている。
渡瀬さんもいる。
僕は口元の呼吸器を外してもらって言った。
「坂本九さんは?」
フレアは驚いた顔で答える。
「坂本九さん? 坂本九さんがどうかしたの? 大丈夫なのアイソン!?」
「大丈夫大丈夫」
と言って思わず笑ってしまったが、傷のあまりの痛さに顔を歪めてしまった。
「痛てててて」ってね。

連続小説 on note『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間 完結   第2部 に続く

劇団『アカルテル』旗揚げ公演の
共同脚本家である足立理と
故 小笠原明男さんの二人に捧ぐ。


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