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ネコの見送り
午後9時10分は過ぎていた。
あと少しで家のそばというところに差し掛かった頃、住宅街の小さな路上のど真ん中に何かが横たわっているものを見た。
近づくと、ネコだった。
声をかけても返答はない。一ミリも動く気配もない。
ダーリンが携帯電話のライトで照らすと、頭部の一部がえぐれて酷く損傷しており、片目が飛び出ていた。
残念ながらもうすでに息を引き取っていた。
私たちが家を出た時には、もちろん居なかったので、ほんの4時間くらいの間に、おそらく誰かが車で轢いたのだろう。
住宅地の路上とはいえ、左右に車が沢山駐車されているくらいの広めの通りだったからだ。
今までに路上で動物の轢かれてしまった死体を見たことはあったけれども、車中からの距離かつ一瞬だったので、こんなに間近で見たことは初めてだった。
ショックで呼吸が浅くなり早くなる。涙が出てくる。
轢いた人への怒りも込み上げてくる。
いたたまれなくて可哀想で、ネコを直視することができなかった。
怖くて見てみぬふりをしたかった。このまま何事もなかったかのように家に帰りたかった。
一方、ズルい私とは異なりダーリンは、こういうのは絶対に見て見ぬ振りできない。心が透き通っていて綺麗な人だ。
なにより動物がだいすきだ。
ダーリンは周りを見渡して、何かを探している。
少し先にゴミ捨て場がある。
そこで大きな黒い木の板を見つけてきた。
ネコをその板に乗せて、この路地よりも少し人目が着く、そのゴミ捨て場のそばに運んだ。もしかしたら誰かがどうすれば良いか知恵を貸してくれるかもしれない。
その期待は儚くも散った。
おじさんは可哀想にと言って去っていったし、警察のような人も素通り。ゴミ捨て場を漁りお金になるものを探す男性は目もくれない。
今トルコは経済が深刻だ。みんな自分のことで精一杯だ。
ひとまずそこにネコを置いて、ダーリンがどこかに歩き出した。
60か70メートル歩いた先に、アパートとアパートの間にいつかこの場所にまた住宅を建てるであろう、建設予定地みたいな場所だった。しかし平な地面ではなく土や瓦礫、木造の台などが山盛りに放置されていた。
ライトで照らしながら、何かを探している。
『ここに埋めよう』
「何言ってるの?そんなことしていいの?」
『じゃあ他にどうすればいいんだ?』
私にだってわからない。誰も知らない。
穴を掘るってスコップもないのに?どうやって?手で穴を掘ったとしてもあちこちにコンクリートの大きな破片があって、怪我もするだろうし、ちゃんとした穴を掘ることは難しそうである。
なにより他人の土地だ。ネコの死体なんて埋めれるわけがない。
ゴミ捨て場に戻ってきた。ライトで照らされて飛び出たネコの目が光る。
考える。
助けも求められなかった。
私たちが殺したなんて思われたら嫌だ。そんなことすらも思っていた。
『本当に申し訳ないが、ここに委ねよう』
結果、私たちはそのゴミ捨て場の大きなゴミ箱に入れることにした。
しかしそのままではいくらなんでも可哀想だし、何かに包んであげたいと思っていたら、足元に可愛いフリルのついたベッドシーツがあった。捨てなくても良いほど綺麗な物だった。
さっきゴミを漁っていた男性が、お金にならないと判断したから置いていったのだろうか。
包んでいる時に、涙が止まらなくて、むこうからやってきたおばさんにどうしたのかを聞かれた。
事情を話すと、『かわいそうに』と言って去っていった。
ネコをゴミ箱に委ねた。罪悪感で胸がいっぱいだった。罪悪感もゴミ箱に捨てたかった。
重い足取りで家路につく。
手を洗い、シャワーを浴びて居間に戻ると急にダーリンが手と手を合わせて日本式のお祈りをした。
家に着いて初めて声を発した。
「あのネコに捧げているの?そういえばお祈りしてあげなかったわね。余裕がなくて忘れていたわ。私もやるわ。でもなんでまた日本式で?イスラム式じゃないの?」少しからかう。重い気分はもうたくさんだ。
『なんとなくね。そんな気分だったんだ』
私も精神的にダメージが大きかったけれど、ダーリンは私以上だっただろう。それなのに冷静にネコのために動いた。
2人でネコに祈る。子猫でもないけど成猫でもないその間の大きさだった。まだこれからだったろうに。
私にも消えてしまいたくなる時はあるけれど、やっぱり生きないとね。
命は儚い。思い出は苦いけれど、教えてくれたネコ、ありがとう。
※今回の私たちのネコの見送りは間違っていたかもしれません。言い訳ですが、自分たちにできる限りのことはして見送りました。読んで気分を害されたら申し訳ございません。