日常家事債務(761条)と表見代理(110条)に関する私見
民法761条本文は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。」と規定している。
ここで、「生じた債務について、連帯してその責任を負う」との規定から、連帯債務が発生するにとどまると解するのが文理解釈であるが、判例は、夫婦の日常生活の円滑を図る必要性から、“夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定する”とし、有権代理を認めている。
また、この有権代理は法が定めるものであるため、法定代理権である。
夫婦の一方が法定代理権を有することまでは761条の規定から導出されるが、その効果は一般規定である‘代理行為の要件及び効果’(99条1項)を参照する。すなわち、「(要件)代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、(効果)本人に対して直接にその効力を生ずる。」
なお、要件について761条は99条1項の特別規定であるため、761条本文の「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をした」場合に該当すると、代理行為の要件を充足したことになる(「本人のためにすることを示」す(顕名)は不要である)。
そうすると、99条1項による効果を主張するためには、①法律行為(「第三者と法律行為をした」)②婚姻関係(「夫婦の一方が」)③日常家事の範囲内(「日常の家事に関して」)といえなければならない。
③「日常の家事」の意義は、「個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為」をいい、その範囲は、「単に当該法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類・性質等をも十分に考慮して判断すべきである」。
司法試験等で問われる場合には、この要件を充足することは想定できないため、ここで761条本文の要件は充足せず、ひいては99条1項の効果も発動しない。
次に、有権代理が否定された場合には表見代理の適用が考えられる。そして、761条は法定代理権であり、婚姻により発生するものであるため、婚姻期間中になされた法律行為に対しては110条の適用の可否が問題となる。
110条(権限外の行為の表見代理)は、「前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する」と規定し、「前条第1項本文の規定」は、「他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う」と規定し、代理権があったのと同様に有効に本人に効果が帰属する(なお、無権代理であることに変わりはないため、有権代理の99条1項とは条文の文言が異なる)。
そうすると、110条により準用される109条1項本文の効果を主張するためには、①基本権限の存在(「権限」)②越権行為(「代理人が(権限)外の行為をした」)③相手方の信頼(「第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由」)といえなけrばならない。
①基本権限について、法定代理権が含まれるかは論点である。なぜなら、表見代理規定は権利外観法理の表れでもあるため、その構造上(ア)虚偽の外観(イ)真の権利者の帰責性(ウ)第三者の信頼が要求されるところ、法定代理権は法が強制的に第利権を付与する性質を有する以上、(イ)真の権利者の帰責性がないからである(本件のような夫婦関係はともかく、親権を有する親が子の財産を処分した場合でも帰責性を肯定するのは酷であろう。まさに親ガチャである)。
もっとも、判例はこれを肯定(大連判S17.5.20)し、条文上制限はなく、取引の安全を保護することからもその結論は首肯される。
②に関しても「日常の家事」に該当しないことは検討済みである。
もっとも、③は否定される(と解するべきである)。
確かに、③「正当な理由」の意義は基本代理権を有することについての善意・無過失を意味し、夫婦の日常の家事という基本代理権は婚姻関係にあれば肯定されるため、第三者は、代理人が夫婦であることを確認すれば原則として「正当な理由」が認められる。
しかし、判例は、「日常の家事に関する代理権…の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあって、相当でない」という。また、後述するが、「民法110条の趣旨を類推適用」しているため、判例は110条を類推適用(法律効果の発生根拠と)していない。
そこで、110条の適用は排斥されていると「読む」べきであろう。
そうすると、条文上、適用されて然るべきであるが、政策的配慮(ないし目的論的解釈)により、適用を否定している。司法試験短答式試験でもこの点が明示されている。
ここまでで、761条の媒介した有権代理(99条1項)、表見代理(110条)の適用を否定してきたが、そうすると、いわゆる日常家事債務と表見代理の論点で有名な、そして判例のフレーズである「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当な理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当」はどういう法律構成なのであろうか。
この点につき、「民法110条の趣旨を類推して」との文言に着目すると、少なくとも民法110条を類推適用しているわけではない。そうすると、他の法的根拠に対して、その修正原理として「民法110条の趣旨を類推」することで、要件を再構成していると「読む」ことになる。
また、民法110条は権利外観法理の表れであり、無権代理に対する第三者保護を目的とした修正原理である。
さらに、翻って761条本文は「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う」と規定している。ここに第三者保護のための要件はない。
以上を踏まえると、761条は有権代理の場合の責任を定めた規定であるが、無権代理の場合につき、要件を再構成する必要性があり、その修正原理として「110条の趣旨を類推」することを挙げたと考えるのが相当ではないか。
その際には、法定代理である(真の権利者に帰責性はない)こと、及び、夫婦の財産的独立を保護することを考慮し、「正当な理由」を厳格に解釈した結果、「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当な理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推して、その第三者の保護をはかれば足りる」との判旨を導くことになったと考える。
補足
上記に様に考えるとしても、答案にその理解を落とし込むのはなかなか難しい。なぜなら、結果的に判例の理解は761条の類推解釈を法律構成としており、要件の再構成として、110条の趣旨を類推しているため、論理的には①761条の直接適用の否定、②761条の類推適用の可否・適用で事案解決できことになるからである。そうすると、あえて99条1項や110条の要件を検討する必然性はない。もっとも、多くの答案は110条を法的根拠として論証してくるし、それが受験通説であろう。
私見としては、①99条1項の要件検討(「権限」で「日常の家事」該当性を否定)、②110条の要件検討(「正当な理由」該当性を否定)、③761条の類推適用の可否(761条を無権代理の場合でも類推の基礎がある点を強調)の順で論証する(立項する)のが良いと考えている。
以上