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集まりの楽しみ方受け止め方

●本作は 「ある状況を自分がどう受け止めるか? どう感じるか?」「楽しみ方とは何だろう?」「考え方とは何だろう?」「絆とは何か?」をテーマとした作品です。

一 とある一月の土曜日、私は職場の新年会で集まる店に三十分近くも早く着いてしまい、店を斜め後ろにして右に曲がり、生活道路を散歩して時間を潰そうとした。初めて行く店であるから、場所を確認したのである。
 私は、夜道を歩くのが好きで、爽やかで高揚を漲らせる蒼穹の下とも、落ち着いて立ち止まるのも良いと思わせてくれる曇り空とも違った、味わい方が出来る。しみじみと自分のペースに耽らせてくれるのが夜道である。
 もうそろそろ、他の人達も来るだろうと思いながら、店に向かって歩みを進めると、その隣のスタンド灰皿を二人の男性が囲う様に立っていた。
「こんばんは。登原さん。田岡さん。」
 私は、二人を目にするや否や、挨拶をした。
「ああ、近藤さん。こんばんは。ちゃんとスムーズにこの店に辿り着けたかい?」
 幹事の登原さんは、指にした煙草を灰皿の下のゴミ箱に捨てながら尋ねた。
「ハイ。コイツがちゃんと導いてくれましたよ。」
 私は、こう返してズボンのポケットからスマホを取り出した。登原さんは、そうか成る程ねと言わんばかりの表情を浮かべた。
 それから、分刻みで人が次々と加わり、やがて店のドアが開き、そこから上半身を乗り出した背の高い男性店員が、
「登原様を幹事とする皆様、いらっしゃいませ。店内にお入り下さい!」
 と声を掛けてくれた。
 店内は、オレンジ色の灯が隅々まで籠り、手前は二段ベッドみたいに上下に席が設けられて、その後ろはテーブルとカウンターがハッキリ別れ、広さを言えば私を含めて十九人の集まりだから丁度良いだろう。

二 新年会の最中私は、会話の中心になり、話を周りに振るというのではなく、逆に右で話す人と、左で話す人に挟まれて、耳を傾けるという状態であった。左右同時進行というのも悪くないと思う。自分の複数吸収力がどれだけ有るのか確かめるのも良いだろう…。
 左では、大原さんがキビキビ動いて作業をしている人と、遅いだけじゃなくて、軽い荷物の上に重い物を載せたら潰れる位分かる筈なのに、平気で重ねる様な奴が、同待遇なのは如何なものなのかと、語気を強めて訴え、それをサブマネージャーの相田さんは頷いていた。相田さんも、結果で差を付けるべきだと考えている様だ。
 一方で、右では去年十一月に別の職場に移った、上野さんと青柳さんが再会を喜ぶも兼ねた、充実感が傍らの私にも伝わる雑談を楽しんでいた。上野さんは、自分が辞めた後の二カ月余りが気になったのか、青柳さんに現場の様子を絶えず聞いていた。
 それにしても、職場外の集まり程、皆の考えや思いが見事に表れ深く知れる機会は無いだろう。ある人はその内この職場を辞めると漏らし、
ある男性はある男性に、職場の女性で妻にしたいと思う人、彼女だったら良いなと思う人、そして、性的友人を望む人は誰と質問をして、
  更にある人は、
「来月に管理者の大規模な人事異動が有る、だから、僕はある部下に、しっかり自分の果たすべき義務の範囲で、判らない事や、スキルが不十分な事は積極的に尋ねないといけませんよ。他所から来た上司が面倒見が良いとは限りませんからと忠告したんだ。」
 と述べた。
 辞めると正直に言ってくれた事から、我々を大事な仲間だと思ってくれていると思え、職場の女性に関しては自分が質問されなくて良かったと胸を撫でられ、加えて、忠告された部下は作業員ではなくて、現場を切り回す事も担う指導員だから、それは仕方が無いと私は思った。
 実は、私は皆と同じ部署の配置ではあるが、普段接触する事が皆無とまではいかないが、非常に稀薄と言える持ち場にいる事も有り、会話に入れず溶け込めず、孤島の如く、取り残されてしまう…!更に、皆は連携も求められる持ち場にいる事から、日頃の勤務時間だけでも濃くて強い関係が出来上がって来るのだ。
 しかし、どういう訳だかそれでも居心地の悪さや孤独感というのを感じる事は無い。それはもしかしたら、多くの会話を営む事をせずとも、共通の関心事が有らずとも、しっかりこの仲間達と結び付いている故なのかもしれない…。どうやら、会話と絆は別次元に存在する様だ。

三 「あ!もう二十三時よ。近藤さん帰らないと。遠いいから。」
 私より二歳下の佐野さんから促された。私はまだもう少し居ようと思うが、翌朝五時前に布団から出て仕事をする事を思い出して、矢張り彼女の促しに従った。
「近藤君。俺と一緒に帰ろう。」
嬉しい事に上野さんが帰路に付き合ってくれた。誰かが忘れ物は無いかいと尋ねると、彼は自分の頭に手を置き、
「ああ! 無いぜ! 帽子が!オメエ返せよ!」
 と笑いながら、佐野さんの頭髪を撫でた。彼女は頭が強く揺れていたが、屈託無い笑顔を浮かべていて、本当に仲の良さが伝わって来た。
 私のあっさり軽い挨拶とは違い、上野さんはもう別の職場という事も有り、皆に会えて良かったという想いを込めた挨拶で店を出た。
 外は寒いが、上野さんとの会話のお陰で、忘れられた。
「上野さん。こうして職場外で集まるなんて、我々の部署は絆が宿っていますね。」
「俺もいた持ち場は、自分一人で黙々こなす訳じゃなくて、単に荷物が載ったロールボックスを、運転手に引き渡すだけでもなく、周りと協力し合わなきゃいけないから、自ずと皆への想いや、関心も芽生えるんだろうね。
 あの…話は変わるけど、俺にとって仲間は貴重だよ。大阪から神奈川に転居してまだ一年だから、ろくに友人もいなくて…。」
上野さんの発言を聞いた私は、改めて皆と持ち場が一線を画していても、こうして認知して貰え、肯定して貰える事に感謝の気持ちが滲み"特殊な人間関係の築き方"を備えているのだと、思う事が出来た。
 軈て我々は駅に着き、
「近藤君はあそこの電車で帰るんだね? 俺はここだから。それじゃまたね。」
「上野さん、また会いましょう。おやすみなさい。」
 と言葉を交わしてから握手をし、それぞれの電車へ向かった。
 星空の下を進む電車に揺られながら私は、多分数ヶ月経てばまた集まりが有るだろう。仕事の日と重ならなければ、勿論参加させて貰うんだと、心中で呟いた。               完
    

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