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噛み締められた三時間
◆ 本作は「感謝とは?」「絆とは?」「笑顔で仕事する為には?」「気付くとは?」「人間関係を築き易くする為には?」をテーマとした作品である。
一「これから友達の吉澤さんとメシ食うけど、布団から出れない…。」
スマホから放たれる目覚まし音に、耳を晒しながら私は胸中で呟いた。寒さ故に起床出来ないのか、将又明後日からの仕事に備えて身体がまだ横になりたがっているのかは、判らない…。
それでも、尿意が生じたから、辛うじて立ち上がり布団を畳む事が出来た。もしかしたら、尿意は厳寒や疲労感を圧するのかもしれない…。
空腹感は無い為、朝食は口にしないで家を出た。
待ち合わせる神奈川県内の某駅に早く着き過ぎたから、ドトールに入り時間を潰した。それから数分後ホットの豆乳ティーで、舌を潤している最中に「藤原ちゃんおはよう! 今駅に向かってっから。後で宜しく。」と吉澤さんからメールが着いた。
私が、豆乳ティーを飲み終えると直ぐにドトールを後にして、駅南口の階段の前で待っていると、前方からニット帽で頭を包み、好きな青色のダウンジャケットを纏いながら、吉澤さんが表れた。
「やあ! 藤原ちゃん。久しぶりだね。元気そうじゃん。」
「吉澤さんこそ、上手くいっていますよね。なんせ好きな自転車関係の仕事だから。」
「ああ! 趣味に関係が有る事だから毎日必ず笑顔を浮かべながらさ。」
吉澤さんは、こう言うと私に、ビジネスバッグを差し出して来た。
「今まで、藤原ちゃんから出掛ける度にちょこちょこお土産貰っていたから、お礼だよ。昨日弟との買い物で買ったんだ。」
CHUMSと記されたワッペンが右下に貼られて、色はグレーのスマホみたいな輪郭のバッグであった。
「有難う御座います! 大切にしますから。こんな良い物を申し訳ないです。」
「いやいや。これまで俺は散々貰って来たから。」
二 吉澤さんと私は、早速大型ショッピングセンターに向かって歩いた。寒い外ではなく、室内で腰を下ろしてゆっくり会話する為である。
私より十歳上の吉澤さんは、私が去年五月下旬まで働いていた職場で出会った友達である。彼も私より後にその職場を辞めて、現在は自転車屋で働いている。
「吉澤さんは、今の職場は人間関係の問題は無いですよね?」
「全然無いよ。それに、同じ自転車好きの共通点が有るから、話も合うし。」
私は、吉澤さんが今はもう職場で、変な奴から言い掛かりを付けられたり、絡まれたりする事が無いのを知り安心出来た。しかし、吉澤さんは私とは対照して強いから、理不尽に絡まれても、しっかり言い返して抗えるのだ。
ショッピングセンターに着き、その一角に在るカフェに行き、吉澤さんはキャラメルラテ、私はホットコーヒーを頼んで、席に座った。
「そうそう。藤原ちゃんが、数日前にメールで話してくれたけど、最近職場でトラブルに遭遇してないんだよね? 心配してたんだ。」
「心配有難う御座います。それは大丈夫です! トラブルに出会さない配置に最近は回されてますから。
トラブルになった所は、管理者が殆ど立ち入らなくて、作業員だけでやっているから纏まらなくなるんですよ。我の強い奴同士でぶつかったり、可笑しな奴が普通に働いている人に絡もうとするんです。」
「俺の友達で、藤原ちゃんと同じ職場で働いている奴がいたけど、可笑しな奴等ばっかだからやってらんねーって直ぐ辞めたよ。
藤原ちゃんは、そんな環境で良く続いてるよ。」
三 昼食を食べ終えて、私達はセンターの中を暫く歩いた。すると吉澤さんは思い出した様に、
「悪い藤原ちゃん。俺今から親に頼まれた買い物をしないといけないんだ。折角俺の地元まで足を運んでくれたのに振り回してごめんね。
今度会う時は春だね。場所は俺より藤原ちゃんの家の方が近い新宿とか渋谷にしようよ。 そこに、俺の趣味になっちゃうけど、かなり有名な自転車屋が在って行ってみたいんだ。」
と、言って来た。自転車という彼の趣味であろうが、私は一緒にいるだけでも、充実感が絶えずに楽しいから、別に構わない、付き合うのだ。
センターを出て、駅方面に向かった。私が、駅の階段を登ろうとしたら、
「俺は、この道を真っ直ぐに行くんだ。今日は楽しかったよ。有難うね。」
と吉澤さんは告げた。
「こちらこそ。会えて楽しかったですよ。また必ず会いましょう。」
と返した。こうして、今は別々の職場で働いている二人の男は、一人は真っ直ぐに歩み、もう一人は階段を登って行くのである。
私は、吉澤さんと会う前に入ったドトールに舞い戻った。
相手の趣味に関する事にも、付き合う事が出来る自分。感謝を忘れずにお礼が出来る相手。お互いに相手の好きな事を覚えている両者。親友に裏切られたという口外にしたくない事を友達に語ってくれた相手。相手が散会したいタイミングに合わせられる自分。
三時間の対面で、相手の素晴らしさを噛み締められて、自分の良い所に自覚が持て、またいつか必ず会うという絆を確かめる事が出来たと、吉澤さんから貰ったバッグを眺めながら思った。 完