マット運動「学びの地図」を活用した授業実践
私は体操競技に、選手として16年、指導者として9年、トータル20年以上関わっていますが、実は学校で行われる器械運動の授業、特にマット運動の授業をするのはあまり好きではありませんでした。
なぜなら、子どもたちの技能差が大きく、それに対応できるような授業ができなかったからです。
技能の低い子にあわせようと思ったら技能の高い子がつまらなそうだし
技能の高い子に合わせたら低い子が辛そうだし
とにかく、技能差に対応することができずに悩んでいました。
そこで、どうにかこれを解決しようと考えて作成したのが「マット運動学びの地図」です。
※最新版です
この学びの地図には、小学校低学年の運動遊びの運動から中学校において取り扱われる技まで、幅広い難度の技がまとめられています。
そのため、幅広い技能差に対応することが可能となります。
今回は、これを使った授業実践をまとめていきたいと思います。
学びの地図の使い方
学びの地図には、学習指導要領解説で例示されている技と私のこれまでの経験で必要だと思う技を点数化し、グループごとに分けて技を示しています。
グループとは、同じまたは近い技術が必要な技の仲間のことを指し、「前転」「後転」「倒立」「倒立回転」「ブリッジ、はね起き」の5つに分かれています。
そして、各技に点数がつけられており、点数が高くなるにつれて難しくなっていきます。
子どもたちには、学びの地図に示されている技の中から自分がやりたい技を選ばせ、取り組ませるようにします。
そして、できるようになったら、技名の下にある⭐︎に色を塗ります。
しかし、「やりたい技を選んで取り組みましょう」とだけ伝えても、取り組む技のグループに偏りが出てしまうことが考えられます。
例えば、前転グループにしか取り組まない子や倒立回転グループにしか取り組まない子などです。
それだと、体育科の授業としての意味が薄れてしまいます。
そのため、「単元を通してすべてのグループの技に取り組みましょう」と伝えます。
すると、偏りなく技に取り組むことができます。
技を選ぶ際の注意点は、「まずは1点の技から取り組む」ということです。
1点の技ができないのに5点の技ができるわけありませんよね。
なのに、教師が何も言わなければ子どもたちは点数の高い魅力的な技にばかり挑戦し、結局できるようになった技がない、なんてことになってしまいます。
地に足がついた学びになっていません。
そうならないためにも、これは必ず子どもたちに伝える必要があります。
またこの辺に関して、私が学びの地図を作成するにあたって非常に工夫を凝らした点があります。
それは、「技がなかなかできなかったら前の点数の技に戻る」ということが実現できるような技の配列にすることです。
どういうことかというと、1点と2点の技の関係を例にすると、各グループの技は「1点の技は2点の技の基本技だし、2点の技は1点の技の発展技」というような構造になっています。
つまり、前後の技は互いに基本技と発展技の関係にあるのです。
それによって何が実現できるか。
それは、「学びの自己調整」です。
例えば3点の技に挑戦したけれどもなかなかできなかったら、2点の技に戻ってもう一度必要な技術や感覚を育てることができます。
それも、ただ簡単な技に戻るのではなく、それぞれの技が「基本技⇄発展技」というしっかりとした根拠をもっているので、一つ前の技に効率よく戻ることができます。
これによって、学びの自己調整が図りやすくなります。
さらに、学びの地図を活用することで技を組み合わせた演技をつくることもしやすくなります。
子どもたちに「違うグループの技を組み合わせて5点以上の演技をつくろう」なんて伝えてみると、様々な形の演技をつくり始めます。
演技については詳しく後述したいと思います。
以上が学びの地図の使い方です。
次は、実践内容に移っていきます。
まずは遊びからスタートする
マット運動は嫌いな子が多い種目だと思います。
この理由は様々ありますが、私は「教師の『できる』の枠組みを取り払う」ことでかなりのマット運動嫌いを減らすことができると考えています。
言い換えると、教師が「技能向上を目指さない」ようにすることで、子どもも「できる」「できない」に目を向けず、楽しく技に挑戦するようになります。
それを実現するために「遊び」から単元をスタートしていきました。
そうすることで、マット運動が嫌いな子も、技ができるできない関係なく「動くこと」そのものを楽しんでいました。
この辺の詳しい説明は以下の記事に譲りますので、ぜひお読みください。
お読みいただくと、この記事についての理解もさらに深まると思います。
単元が始まって3時間くらいすると、元々はマット運動が嫌いだった子たちもマット運動に対するネガティブな感情がなくなってきます。
さらに、教師は「上手くなろう」などの技能向上を目指すスタンスは一切取っていないにもかかわらず子どもの方から「先生、この技はどうやってやればいいですか」と聞いてくることが頻発し始めました。
そのタイミングで、学びの地図を子どもたちに提示し、これを使って学習を進めていくということを伝えました。
学びの地図を使う子どもたち
まずは学びの地図がどんなものか、どのようにして使うのかを説明しました。
そして、ある程度の技の説明もしました。
この技の説明は、技の動画を撮っておき、いつでも見られるようにしておけばさらにいいと思います。
そして、「では、自分が今日やりたい技を選んでワークシートに書きましょう」と伝えると、友達と話しながら楽しそうに技を選び始めました。
ここでのポイントは、選ばせる技を3つ程度にすることです。
あまり技を選びすぎると、45分しかありませんので、時間が足りずに挑戦できなかったり上手くならずに終わったりするからです。
ですが、学びの地図を導入した初期は、どんな技ができるのか子どもたちが自分で知らない場合が多いので、「〇〇グループの3点までの技をやる」でもいよ、などと伝えることはありました。
この辺のバランスは、子どもたちの様子を見ながら判断するとよいかと思います。
技を選ばせたら、実際に技に挑戦させます。
この学びの地図には、学習指導要領解説において小学校低学年の運動遊びで例示されている運動から中学校3年生において例示されている技まで幅広く示されているので、技能差の大きなクラスでも対応できるようになっています。
私が授業をしたクラスでも、やはり同じように技能差が大きい状況でした。
しかしこの学びの地図を活用すれば、どの子も自分に合った技を選び、挑戦することができました。
ここからは、学びの地図を子どもに手渡したことで起きた子どもの変化をまとめていきます。
子どもたちがイキイキしている
学びの地図を子どもに手渡し、学びを任せたことで、どの子もイキイキして学ぶ姿に驚きました。
学びの地図を手渡したということは、それまでの「楽しく遊べばいいんだよ」というメッセージから「自分で選んだ技ができるようになろうね」という技能向上を目指すメッセージに切り替わりました。
そのため、マット運動が嫌いな子の一部は学びに対する意欲が低下してしまうのではないかと思っていましたが、全くそんなことはありませんでした。
これには大きく3つの理由が考えられます。
①「遊び」から始まっているためマット運動に対してネガティブな感情がないから
単元前半の技能向上を全く求めない「遊び」の時間で、マット運動に対するネガティブな感情がなくなってしまった可能性が考えられます。
そのため、技能向上を求めるようになっても、特に嫌な感じがせずに学びの地図を受け取ることができたのかもしれません。
②どの子もできる運動や技が載っているので安心して取り組めたから
運動が苦手な子でも、どれか一つはできる技が載っているので安心して取り組めたのではないかと考えられます。
つまり、「最低限の明示」があったので、どの子も安心できたのかもしれません。
③子どもたちが自己選択・自己決定していたから
本時で取り組むことは、子どもたちが自己選択・自己決定します。つまり、どんな技をどのようにするかを子どもたちが決めて実行します。
これも、イキイキしていた要因の一つだと考えられます。
子どもたちは、取り組む技はもちろん、誰と一緒に活動するのか、どこで取り組むのかも決めることができます。
また、場を自由に作り変える姿も見られました。
自分が上手になれるよう、坂道を作ったりマットを移動させたりするなどしていました。
他にも様々な自己選択・自己決定を繰り返していました。
ここにも、子どもたちがイキイキしていた理由が隠されていることは間違いないと思います。
苦手な子たちも楽しんでいる
前項にも重なることですが、苦手な子たちも本当に楽しんで学びに向かっていました。
これは、学びの地図に様々なレベルの技が示されているため、様々な技能レベルの人がいることを感じ取ることができたのかもしれません。
そこで、運動が苦手な子を笑ったりする子は本当に全くいませんでした。
また、取り組むことを自己決定・自己選択できるので、周りの人と比較するのではなく自分の技能と向き合うことができたのではないかと思っています。
つまり、自分の学習に没頭できたのです。
ここが非常によかったなと思います。
よく「器械運動はできるできないがはっきりするから苦手な子が苦しそう」というような声を耳にしますが、見方一つ、捉え方一つでこの辺は簡単に変えられるのかもしれません。
前時とのつながりを自分たちで意識するようになった
特に教師からの声掛けがなくても、子どもたちが前時とのつながりを意識するようになりました。
具体的な場面を例に挙げると、本時で取り組みたい技を決める際に「前回はこれがあと少しでできそうだったから今日はその続きをやろう」といっていたり
前時までに見つけた自分なりの動きのコツを振り返って「頭はね起きはブリッジみたいにしたら上手くいくことがわかった」という自己分析をしたりする子がいました。
これは、学びの地図に同じグループの技が系統的に示されているので、つながりが意識しやすくなったのだと思います。
また、自己決定・自己選択をさせていたことも一つの要因だと思われます。
このように、学びがつながっていくことを感じた子どもたちは、さらに前向きに学びに向かっていくようになると思います。
自分たちで授業をつくっている
結局は自己選択・自己決定に包摂されますが、子どもたちは自分たちで授業をつくっていました。
準備・片付けを自分たちで行い
本時の学習内容を自分たちで決め
技ができるようになるために補助やアドバイスをしあい
場をつくり変えて自分のやりやすいようにする
このような子どもたちの姿が見られたのは、学びの地図を使って自分たちで学びをコントロールできるようになったことが大きな要因だと思います。
体育館に来たら、子どもたちは授業開始のあいさつをぜずに本時の計画を立て始めるため、あいさつなして授業が始まるようになりました。
それも、1クラスではなく、学びの地図を取り入れた6クラス全てでです。
この姿から、子どもたちが授業を自分たちでつくっているといえるのではないでしょうか。
また面白いのは、学びの地図に載っていない技を自分で考えて挑戦し始める子も出てきたことです。
言われたことだけをする子どもたちだとこのような姿は見られないと思います。
運動量&思考量が増えた
圧倒的に運動量と思考量が増えました。
学びの地図から自分のやりたい技を選んで取り組むので、自然とやりたいことに何度も挑戦するようになります。
また、なかなか技ができない時は一つ戻るか考えて取り組んでいました。
これはあらかじめ子どもたちに伝えていたので、一つ戻るべきかこのまま挑戦を続けてみるか考えながら活動していました。
つまり、学びを調整するか粘るかを考えていました。「主体的に学習に取り組む態度」ですね。
さらに、学びの地図には自分が取り組んでいる技の次のレベルの技が載っているため、「今やっている技がこれくらいできれば次の技ができる」と考えて取り組む姿も見られました。
そして、学びの地図を活用することで、これまでの私の授業と比べて指示の回数が圧倒的に減りました。
「先生、今日は何をするんですか」と聞かれたことは、学びの地図を活用し始めてからは一度もありません。
指示が減ったということは、その分子どもたちが考えて行動する時間が多くなるので、運動量と思考量が増えたことにもつながります。
以上が学びの地図を子どもに手渡したことで感じた変化でした。
若干、学びの地図が直接の要因ではない子どもの変化も含まれましたが、学びの地図の威力はかなりあったと思います。
学びの地図を活用して演技をつくる
小学校高学年から、マット運動では演技をつくることが学習指導要領において明示されています。
これも、学びの地図を使えばそれほど難しさを感じずに実現できます。
私の場合、まずは演技の型を示して全員に体験させ、その後に自分なりのアレンジをさせていくという流れで行いました。
具体的には以下の通りです。
①前転〜ジャンプして2分の1ひねる〜後転 を見せる
②子どもに①を3〜5回させる
③前転や後転を、自分ができる技にアレンジして取り組ませる
演技では、わざと技のつながりをスムーズにすることが大事なので、「ジャンプして2分の1ひねる」という動きを教えてスムーズに技をつなげられるようにしました。
ここで示した演技の型は、技が2つです。
しかし、技と技をつなげているので、演技は演技です。
それによって、たくさん技ができない子でも安心して取り組めます。
最低限の明示です。
また、得意な子はこれだけでは物足りなく感じてしまうと思います。
そのため、難しい技を組み合わせたり、技を3つ4つと増やしたりして演技をつくらせていくとどの子も楽しめる活動になります。
上限の解放です。
途中で演技のつくり方がわからなくなっても、最初に教えた型があるのでここに戻ってくることができます。
演技ができてきたら「5点以上の演技をつくってみましょう」なんて伝えてみるとさらに面白いです。
苦手な子はできる技を何度も繰り返して5点の演技をつくろうとしたり
得意な子はどこまでも高い得点を求めて演技をつくったりします。
ぜひ、学びの地図を活用して演技をつくることにも挑戦してみてください。
注意点
学びの地図を子どもに手渡し、学びを子どもに任せていくのですが、注意点はいくつかあります。
安全面
最低限のルールをつくり、子どもの安全を守ることは最重要事項です。
これができなければ、学びの地図は使ってはいけません。
私の場合、「必ず手をつくこと」「手をベッタリとつけること」は徹底していました。
他にも、子どもたちの様子を見て必要なルールをつくるとよいと思います。
詳しいルールは、記事の前半にも紹介した記事で説明しています。
最低限の技能は保証する
子どもに学びを任せますが、全ての学びを任せるわけではありません。
任せれば自分たちで上手くなる部分もありますが、必要なところは教師が主導してさせることも大切です。
私の場合、前転や後転で必要な技術、手で体を支える力などを教える必要があると判断したので、準備運動の中でこれらの力を向上させるための運動を取り入れました。
このように、最低限の技能を保証するために教師が主導することは必須だと思います。
前転に必要な技術を身につけさせるための運動は、以下の記事で説明しています。
その他の力をつけるための運動は、いずれnoteの記事にまとめたいと思っています。
指示は減らしても指導は減らさない
ここを履き違えてしまうことは絶対に避けたいです。
子どもたちは自分のやりたいことにどんどん挑戦します。
そして、当然失敗することもあります。
そのときに、何を考え、何を言い、何を言わないのかを考えていくことが非常に大事だと思います。
「先生、どうすればこの技ができますか?」と聞いてくる子はめちゃくちゃいます。
そうやって聞いてこなくても、なかなか技ができずに困っている子もいます。
学習に取り組んでいたはずがいつの間にかふざけて学習にないことをしてしまっている子も必ずいます。
そんな子を見たときに、教師としてどうするのか、瞬時に判断しなければなりません。
そのときに、「子どもに学びを任せているから」といって何も指導しないのか
「ここはこういう関わり方をすればいいだろう」と考えて子どもに指導するのかは大きな違いです。
指示は減らしても指導は減らさないようにする必要があると思います。
終わりに
今回は、「マット運動学びの地図」を活用した授業実践についてまとめました。
この学びの地図は、小学校低学年から中学3年生(高校3年生でもいける?)まで幅広く対応できるものになっているので、ぜひ広く活用していただけたら嬉しいです。
ちなみに、学びの地図を活用したクラスの授業満足度は100%でした。
大きな成果だと思います。
学びの地図は私がつくったものなので、もしかしたらしっくりこない部分があるかもしれません。
その時は、自分なりに作り変えることをお勧めします。
私は自分の言葉で自分の思いを乗せて学びの地図を作りましたので、当然、私が使いやすいものに出来上がりました。
しかし、私と全く同じ考えの人はいないので、私がつくったものに完璧にしっくりくる方はなかなかいないと思います。
そのため、自分流にアレンジしてみると、自分の学びの地図になっていくと思います。
もちろん、私のものを全くそのまま真似して使うこともOKです。
真似して使ってみたり、アレンジしてつくり変えたりした時は、ぜひお知らせいただくかX等で発信してください。
この記事をお読みになった方にとって少しでもお役に立てていたらうれしいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。