器械運動は何を学ぶ種目なのか
先日Xでこんなポストをしました。
実はこの話はポストした日に聞いたわけではありませんが、1年に1回はこの内容の話をする人と出会い、毎回本当に残念だと思いってしまいます(しかもその先生は体育主任を務めていたり体育を得意としていたりする先生がほとんど)。
しかしこのような先生は、器械運動を学習する意味を自分なりに考え、腹落ちしたからこそこの言葉を発しているはずです。
一方で、器械運動を学習する意味を考えず「指導要領によって定められているから」という理由でなんとなく器械運動の授業をしている先生が多いのも事実なのではないでしょうか。
器械運動は私の両親も小学校時代に経験したらしく、昔から取り扱われている種目です。
その器械運動が、ただ「転んだ時に回って怪我を回避するため」にやるわけがありません。何かしっかりとした理由があるはずです。
そこで今回は、20年間体操競技に関わってきた私が、選手としての経験や小学校体育専科と体操教室の先生という今の立場から、器械運動は何を学ぶ種目なのかについて考えていきたいと思います。
結論
初めに私なりの結論をお伝えします。
「自分で生きていく力をつける」
この一言にはたくさんの意味が込められています。
そこをここから深掘りしていきたいと思います。
学習指導要領解説から器械運動の学びを考える
ここでは、学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編 の記述を引用し、それに対する私の考えを書いていきたいと思います。
ここには大切なメッセージがたくさん含まれていると思いますが、特に「自分なりの挑戦を楽しもう」というメッセージが強く込められているような気がしています。
本来、体を動かすのは楽しいものです。
しかし、他者と比べて劣っている自分に気づいた時に楽しくないと感じてしまい、挑戦することに踏み出せない子も多いのではないでしょうか。
他者と比較したときの自分がどうであれ、「挑戦」とその「結果」はその子にとって大きな学びの材料になることは間違い無いでしょう。
そこで大事なのは「できた」の範囲です。
器械運動は「できた」を無限に感じることができる種目だと思っています。
教師が決めた狭い枠組みでの「できた」を子どもに押し付けると、せっかく子どもが「できた!」と思っても、教師の枠組みのせいで「できていない」というネガティブな事実にすり替わってしまうのです。
そのため、全員一律の「できた」を求めるのではなく、どの子も自分なりの「できた」が感じられるような授業デザインが教師には求められていると思います。
この辺の詳しい話は過去にまとめましたので、そちらをお読みください。
器械運動には様々な技がありますが、決められた技を身につけるだけでなく技を「生み出す」という学習も大切だというメッセージを感じます。
よくいわれていますが、これからを生きる子どもたちは予測不可能な社会を生きていきます。
そんな中で、新たな価値を創り出し、その行為を楽しんで生きていくことは非常に重要なことだと思います。
それを器械運動では「生み出す」という活動を通して体験することができます。
まさに「生きる力」をつけることができる学習だと思います。
この活動を取り入れることで、個人の演技を集団に広げて楽しむことができます。
つまり、個人種目である器械運動を集団競技として行おうとするのです。
そうすると様々なことを学ぶことができます。
まず、「息を合わせる」ということを学ぶことができます。
すると、他者の動きを感じながら自分が動かなければなりません。
これは、自分だけが動く時と比べて高い技能が求められます。
また、「息を合わせる」は言い換えると「リズムを合わせる」ということもできます。
自分としては「トトーン」のリズムでいきたかったけど、友達のリズムに合わせて「トントーン」でいく なんてこともあるかもしれません。
このようにいろんなリズムで技を行うことは、特に小学校段階では非常に重要であると考えています。
小学校段階は、様々な運動感覚が養われる大切な時期です。
そのため、同じ運動でもやり方を変えたりすることで、広く運動感覚を養うことができます。
また、息を合わせなければならないため、自然と対話が生まれます。
他者との対話をすることで、様々な考えにふれることができるのと同時に、考えをアウトプットすることができるので、Win-Winですね。
次に、技を集団で行うことで、一人一人の能力の違いを知ることができます。
当然ですが、一人一人の運動能力は異なります。
その大切なことをここでは学ぶことができます。
学校では「一人一人個性がある」ということを教えることも多いですが、集団演技をすることで、教えずともこのことを知ることができます。
そしてこれが、他者理解や自己理解につながります。
他者と自分の比較について前述しましたが、「他者と自分を比べてはいけない」とは思っていません。
むしろ、比べながら自分の現在地を捉えていくことが大切だと思っています。
他者と自分を比較するから他者の現在地と自分の現在地がわかりますよね。
大事なのは、他者と自分を比べても「自分は自分、他者は他者」であり、それを受け入れることだと思います。
このことを学ぶことができるよい機会になると思います。
ここでは「課題発見、解決方法の検討、解決に向けた練習」というように、課題解決までのプロセスが示されています。
これこそが、予測不可能な社会を生きる上で大切なことだと思います。
これを、子どもたちが自分たちで考え実行していくことで、様々な自分に出会い、多くのことをを学ぶことができます。
失敗や成功、挫折、達成感、伸び悩み、サボり心、自分で考えて実行する楽しさと難しさなど、本当に様々なことを経験し、全てを学びとしていくことができます。
その中で「できない」を「できる」に変えていくことは、まさに「生きる力」に直結するものになるのではないでしょうか。
もちろん教師もそのサポートをしますが、あくまで教師は、サポートするのであって全てをしてあげるのではないのです。その方が、子どもにとって学びが多くなります。
そして、ここの活動こそが授業の中心になります。
ここを何度も経験させ、「できない」を「できる」に変えていこうとする営みが非常に大切だと思います。
私が考える器械運動における学び
ここまでは、指導要領解説の文言を引用してきましたが、次は私が考える器械運動における学びをまとめていきます。
回転、支持、逆さの感覚
様々な運動感覚を身につける
自分との戦い
補助を通した他者理解
1.回転、支持、逆さの感覚
回転は、様々な向きで様々な方向に体を回転させること
支持は、腕で自分の体を支えること
逆さは、腰が頭よりも高い位置になること
これら3つの感覚が必要になる運動は器械運動が中心になります。
そのため、十分にこれらを経験させることが大切です。
これら3つは、一般的にいわれる器械運動に必要な感覚ですが、指導要領解説に明確に記されていませんでした。
そのため、ここに記しておきたいと思います。
2.様々な運動感覚をつける
器械運動は、非日常的な運動をする種目です。
そのため、他の種目では経験することができない動きが多くなり、器械運動でしか得られない身体感覚を養うことができます。
はじめはなかなかできない技があったとしても、繰り返し取り組むことでできるようになることも多いです。
これは、「自分の体の操り方」を知ることができた結果ともいえます。
体操は「体を操る」と書きますが、まさに体を操ることで技を成功させることができます。
そして、様々な技に挑戦することで、全身の操り方を知ることができるのです。
ここでの学びは器械運動だけにとどまらず、様々な種目に役立つものになります。
もちろん転んだ時にうまく回避する際にも役立ちますが(皮肉)、「足をこう動かす」「ヒュンとやる」「この位置に手をつく」などの「体を動かす感じ」を器械運動ではつかみやすく、ボールを操作するときや幅跳びをするとき、ハードル走をするときなど、様々な場面で応用することができます。
3.自分との戦い
これはどの体操選手も言っている言葉で、私も本当にそう思います。
もちろん、器械運動の授業は体操選手を育てるために行うわけではありませんが、とても大切なことだと思います。
前述しましたが、器械運動の学習を通して様々な自分に出会い、多くのことを経験していきます。
その中で、自分の力を伸ばすことを目標に、自分のことを知り、自分をコントロールしていく方法を身につけていきます。
時には失敗することもあるでしょうが、それも学びです。
また、自分の力を伸ばすために「他者の力を借りる」ということも非常に重要になってきます。
人間は一人では生きていくことができません。必ず誰かの力を借りなければなりません。
器械運動でも同じで、友達や先生にやり方を聞いたり見てもらったり補助をしてもらったりしながら誰かの力を借りることで、自分の力を伸ばしていくことができます。
つまり、誰かの力を借りながら自分と戦うのです。
これはまるで、人生そのものであるとも感じます。
それを学校の授業で経験するのは、非常に価値のあることだと思います。
これはなにも、器械運動でしか経験できないことではありません。
学校の授業をはじめとしたあらゆる場面でこれを経験することができます。
しかし、器械運動での学びを思い浮かべた時にすぐにこのことが頭に出てきたので、記しておくことにしました。
記述したことの中にも、器械運動以外でも経験できることが多く含まれていることでしょう。
4.補助を通した他者理解と自己理解
器械運動では互いに補助をすることも多いと思います。
補助することで肌と肌が触れ合うこの経験は、実は非常に大切なのではないかと思っています。
肌と肌が触れ合うことで、痛みや相手の重み、安心感など様々なことを感じます。
これが他者理解と自己理解につながるのではないでしょうか。
「こうやって補助すると痛いんだな」
「人ってこんなに重いんだな」
「こうやって補助されると自分は怖いと感じるんだな」
こういうことを感じていくことで、「人ってこういう生き物」ということを知ることができ、優しくなれると思います。
実際、授業の中で補助をさせ合うとその空間が優しい雰囲気になるように感じます。
補助をさせ合ったことのある方の中には頷いてくださる方もいるかもしれません。
やはり、人との直接的な触れ合いは大切なんだなあと、器械運動の授業ではよく思います。
まとめ
ここまで、器械運動では何を学ぶのかについて、学習指導要領解説や私の考えを中心にまとめてきました。
こうやってまとめてみると、器械運動で学ぶことは器械運動以外で学ぶことができるものも多いことがわかります。
しかし、器械運動という種目を通して学ぶからこそ得られることもあるとお分かりいただけたのではないでしょうか。
器械運動は指導する立場としても難しい種目だと思いますが、学びの多い種目であることは間違いないです。
教師としては、ぜひ「何を学ばせるのか」を頭に入れて指導していけるといいなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。