コンタクトデビューしてから、コンタクトをあきらめるまでの経緯
大学二年のときにハードレンズでコンタクトデビューし、それから5年ほどハードレンズを使っていた。ハードレンズにしたのは、医者にハードの方をすすめられたからだ。
ハードレンズを使っているあいだじゅうずっと、ちょっとの風、ちょっとのホコリですぐに目が痛くなっていた。前から吹いてきた風をくらっただけ、風に砂がまじっていただけで、パニックになるくらい目が痛くなる。
一日に何度もコンタクトを目から出して、洗って、ということに時間と手間とお金をとられていた。
コンタクトが目からいきなり外れることも多く、いついきなり取れるか分からないので、常に洗浄液とコンタクトケースを携帯していた。重いし、煩わしかった。
目から外れるときは、まばたきをした瞬間に飛んで行く場合が多い。そのほか、レンズと眼の間に空気が入って違和感を覚え、目をパチパチさせていると、取れてしまうといったことも多い。
どちらにしてもコンタクトが地面か服の上に落ちる。
どこに落ちたのか分からないので、服の上から体を探ったり、カバンのなかをのぞき込んだり、地面に這いつくばって探したり、その労力と手間がめんどくさくて、発狂しそうだった。時には片目一枚のレンズを探すために何十分もかかることがあった。
ハードレンズは失くすと出費が痛い。
2010年頃は1枚2万円くらいした。
5年の間に3回くらい失くした。
目から突然ポロッと落ちて、どこに落ちたかわからず誤って踏んで割れたり、行方不明になったり、本当に手間と時間のロスだった。
20代のはじめにソフトレンズに変えてからは、異物による痛みはない一方、一日つけてると眼球に鈍重感を覚えて、ハードレンズにせよ、ソフトレンズにせよ、どちらにしてもコンタクトレンズをつけているだけで肉体に負担がかかり、体力を消耗させられていた。
結局ハードは約3年、ソフトは約4年で見切りをつけて、今はもうコンタクトは使ってない。
メガネをかけてると、まずメガネ、というイメージの人になってしまうのが悔しい。
コンタクトの方がまだ顔がマシに見えるけれど、痛いのがとにかく辛い。
目薬代を払いながらコンタクトを使い続けると、コンタクト、医者代、薬代、と三重の出費になる。
中1から眼鏡だったけれど、20代半ばでまたもとに戻ってしまった。
ゲーム禁止で、テレビもあまり見せてもらえない家庭だったのに、中1から黒板の字が見えなくなった。結局、環境なんか関係なくて、視力なんかただの遺伝だと思う。ゲームしまくってても目がいい人はいい。
2015年7月、25歳の時、半年以上コンタクトを使ってなかったあと久しぶりにつけたら死ぬほど痛かった。
ハードレンズを使っていた頃は、2日に1回は痛くなっており、ソフトに変えてからはかなりマシになっていたのに、久しぶりにつけるとソフトですらむちゃくちゃ痛い。
一日目はガマンして、二日目は痛くてつけられず、その次の日もムリだった。
眼科に行ったら、体質的にドライアイだと言われ、ムチンの分泌を促進するという目薬を処方された。
20歳前後の頃は目薬を使いながらだましだましコンタクトをしていたが、もともと合わない体質であることをこの時に痛感した。
これ以後、コンタクトは諦めて、ずっとメガネでいる。
2019年の7月に両親が東京に来て弟と妹も合わせて家族で食事をすることになり、そこへ私が眼鏡をかけて来たら、父親はわざわざ自分の顔を指で指して、「メガネ?」と訊いてきた。見れば分かるだろう。見れば分かるのにわざわざこうやって訊いてくるのがまた性格が悪いと思う。
その10年前、私が大学生になってコンタクトレンズに変えたいといったら、父親は「化粧をするな」「シャンプーは使うな」と同じようにまたしても「コンタクトはするな」としつこくしつこく何回も何回も言ってきた。
これでこの2019年に会った時はコンタクトはダメコンタクトはダメとしつこくしつこく何回も何回も言ってきた自分が正しかったのだと言いたいのだろう。
この期に及んでもまだ社会人の私にマウント取ろうとしてくる。もう、死んでくれ。
いつまでたっても、自分の娘の体を自分の所有物か何かのように思っているのだろう。
相変わらず、人権、個人の主体性というものが存在するということが、一切、頭にない人間以下の生き物。
眼鏡かけててもコンタクトしてても自由やろ!だが、この時も適当に返事してスルーしてやった。街中だったし。(表参道だった。)まともに相手するのもバカらしい。わざわざ言い返してやっても理解できないだろう。理解できないからこそ、何十年も幼稚な心性のままなのだ。本心では金輪際相手したくない。早く死んでほしい。
自分の思い通りにしなければ気が済まないのだろう。自分の子どもだから、自分の思い通りになるもの、自分の思い通りにして当然だと思っているのだろう。自我が出てきたら、気に入らない。モラハラ人間の典型的な特徴。その上、暴力もある。
こんな親のもとで育ってきて、よく自分を保ってきたなあと思う。
私は、今でも、毎日、親が早く死んでくれるように、祈ってる。