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ロンドン留学日記

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英国ことイギリスの首都ロンドンにて2年ほど修士課程で哲学修行をする予定で、在ロンドン大学院生として書いた記事です。
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記事一覧

イギリス大学院留学までの全て:大学院探しから院試、入学手続き、学生VISA申請手続き…

確か、コロナ禍以降のこの時期は、よく大学院留学準備のために時間を使っていた気がする。 12…

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6日間で巡るポルトガル旅行モデルコース、の一例②ポルト編

↓↓前編であるリスボンとシントラはこちらから↓↓ 6日間のモデルコース、の一例前編では最…

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世界の果てのギャラクシー(S21+ 5G)

6日間のポルトガル旅行(リスボン・シントラとポルト)を終えてロンドンに戻った私を待ち構え…

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カトリーヌ・マラブーが語る「神経科学とその不安」:研究セミナーの参加レポート

出会いとしての哲学への権利キャトリン(以前もそう断ったように、カトリーヌでもキャサリン…

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テクネ・オブ・エクリチュール①アルケー編

驕りなのか、余裕なのか、焦らない「この私」「これが、2年目の驕りというやつか。やれやれ。…

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ロンドンでの映画体験を供養する

そしてまたOnce Againを歌い出す約49日間のサマーが終わり、オータム[Autumn]になるのかフォー…

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はじまりの門前で:はじめてのバタイユ③

('DELETE Your Local Fascist'、「近くのファシストを削除せよ」とは非常にファシスト的な命令である。) ↓前編と中編はこちらから↓ ドイツ観念論からのニーチェ経由のバタイユ(とデリダ)ではニーチェについてはどうか。これはドイツ観念論からの系譜からまとめてみよう。つまり、「カント-ヘーゲル-ニーチェ-バタイユ-デリダ」というラインで見てみよう。 まず、バタイユとカントである。この2人は主体性と笑いで重なり合う。「主体性が無へと突然回帰すること」は、『

はじまりの門前で:はじめてのバタイユ②

↓前編はこちらから↓ バタイユに理論体系はあるのか(一般経済学を例として)バタイユ的な思…

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はじまりの門前で:はじめてのバタイユ①

バタイユへのめまいのような開眼今はバタイユに入門していいとは言えない。後になって入門し…

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6日間で巡るポルトガル旅行モデルコース、の一例①リスボンとシントラ編

なぜ2月下旬のリーディング・ウィーク(中間試験の勉強や課題レポートの作成のために授業が休…

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哲学徒4人で「全部ドラフト」やってみた

この前書いたいつメン(オーストラリア人のKはパートナーとの予定かなんかで欠席)で「全部ド…

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在ロンドン大学院生のデスク環境①予算編

いかに合理的に「不合理」というものを考え得るのか、という問いを一つの可能性の中心に置いて…

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在ロンドン大学院生のデスク環境②実績編

↓「在ロンドン大学院生のデスク環境①予算編」については以下を↓ 前回の予算編を改めて写真…

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在ロンドン大学院生のとある1日

起床からウォーキングとビリー小鳥のさえずで眼を覚ますというベタなドラマのオープニングのような朝から私の1日は始まる。ヴィム・ヴェンダース監督の"Perfect Days"で役所広司が演じる平山にとってのそれが近所の路地を掃く竹箒の音であったように、野生化したインコ(正確には、リングネックパラキート)のさえずりが私にとっての目覚まし時計になっている。 時間は大体6時を少し過ぎている。それで起きれなくても課金したAutoSleepが否が応でも起こしてくれる。日本から送ってもらっ