「私は多くの人と語るだろう」
6月12日は、6年前日帰り旅行に出た日でした。5時に出て夜まで、いろんなことを感じ、考えました。
最後に期限間近のクーポンがあったので古本屋さんに寄り、アンネの日記・完全版を見つけて買いました。
帰ってからふと調べると、その日はアンネの誕生日で、日記の日でした。
その1年前、5月末頃のことです。その頃私は創作活動をしていて、小さな会場で3回目の展示の準備を始めた時、最初にものを置こうとした台に封書が置きっぱなしになっていました。
店主さんが、あ、ゴメンナサイと言ってすぐかたづけたのですが、翌初日の少し時間があいた時
ねえこの手紙なんだけどさ、キモチワルくて。ちょっと見てよ、と言うのです。
ええっ、いいんですか。と答えると、いいから見て見て、それ何?と言うので開けてみると、ほとんど読めないような書きなぐりの字で、(やや宗教っぽい)詩のようなものが書かれてるのです。
たしかにキモチワルいです。
そして、差出人はたまに来るお客さん(カフェの)だけど、そんな話をしたこともないし、そんなものをもらう理由もまったくない。てかほとんど読めない。コワイ。捨てたい。
と言うので、まず解読してみることにしました。かなり難解でしたがなんとか読破。(ヒマだったんですね;)
そして言いました。いや、そんなコワくはないですよ。この中で大事なのは、ここだと思います。
別にコワい宗教とかではないですよ。これはアンネ・フランクじゃないですかね、たぶん。
抜粋です。
それでもどうしてもコワかったようです。
そしてさらに翌日、たまたまマットをはたく間ドアが開けっぱなしだったので、そこで敷居に乗るように外を見ていたら、郵便のバイクが来ました。
また来た!また来た!もうやだ、開けて開けて!
読みづらさも増しています。
またアンネ?!!
ちがいますね、これは・・
こっちはまたにしますが、とにかく、この方には受けとる理由がまったくなく、後から聞いたことですが、だいぶたってお客さんが来られたので聞いてみてもはかばかしい返事はなく、問い詰める感じになってしまったこともあり、その後来られなくなったそうです。
私もこのあと、そこで展示をすることはありませんでした。なにか、そこでのシゴトは終わったような。そして書く方へ移行していきました。
そこは古戦場の近くで、一度、海戦の場の神社からずっと海面の光を見ていたことがありました。
その時思ったのは、“ツマラナイカラヤメロ”と言っても、聞く人はいなかっただろうなということでした。(雨ニモマケズ)
つまらないからやめようよと思っていた人はいっぱいいたのでしょうが。
結局誰の作なのかも何もわからないままだったのでなかなか書けず、でももういいかと思いました。
この季節になるたび思い出し、もう手紙も捨てられただろうし、でも私のメモ書きはずっとある。
時がたつほどに、これは私に来たものだったのだろうと思うようになりました。
6年前の旅の目的の津和野の教会も、同じテーマの中にあるのだろうと思っています。直接的にはわかりません。
私は、私のシゴトをしていかなければならないと感じています。