『天命の城』 非ウェルメイドの籠城ドラマ
原題は『남한산성』(南漢山城)。丙子胡亂(병자호란)といわれる清の侵略(1636年)を描いた同名小説の映画化。明に代わり台頭した清が、明の友邦である朝鮮を屈服させるために朝鮮に攻め入る。清の怒涛の攻めの前になす術なく、王は王宮の南・南漢山にある山城に籠城、そして孤立無援。清への降伏か、あるいは勝ち目のない決戦かの二者択一を迫られ、ひたすら「小田原評定」を繰り広げる王と臣、そして民たちの姿。
そんななか、イ・ビョンホン演じる重臣だけは清への降伏を唱える。民の生活のため、王族のため、屈辱の中でも生きることを模索すべきであるとの信念のもと、清軍との交渉を担当。臣たちの猛反対のなか、講和が成立してもしなくても逆賊として記憶される覚悟を持ちながら。
対してキム・ユンソク演じる重臣は徹底抗戦を唱える。文明国として明への義理立てを守り、王が死しても夷狄に屈するべきではないと主張。
真っ向対立する両者だが、とはいえ完全なる政敵同士ではなく、どちらも(数少ない)気骨のある忠臣であり、案件によっては阿吽の呼吸で手を結びあう。対して、貴族主義と党派主義で状況を自ら悪化させる他の重臣たち。そのため無為な死に向かわされる兵たち。貴族(両班)たちのダメさ加減は、それはそれでどうしもうもなく「見応え」がある。「国が行き詰まったときどうする?」という論点はどうしたって切実であり、特に朝鮮半島においては現代政治にも地続きになり易いテーマだろう。夷狄云々の小中華思想はどうでも良いが。
本作の見どころは演技だ。いや、表情というべきか。
先に挙げた両重臣に加え、王を演じたパク・ヘイルも含め、みな表情が真に迫っている。これが、演技だけでどうにかなる表情ではない。表情がこう皮膚の細胞レベルまで決まっている。それもそのはず、本作は実際に極寒の南山漢城で数十日にわたって行われたらしい。だからか、顔の皮膚の締まり具合や、目の潤み具合、体の強張り具合に至るまでガチに映るのだろう。役者の身体を追い込んだことで、演技だけでは簡単に出せない苦渋や絶望感がジワっと滲み出る。
本作は、娯楽路線ではない骨太の時代劇ということで、業界人や映画愛好家の間では、その興行収入の行方が注目されたが売上的には良くない結果だった。しかし評論家の評価は高く、百想芸術賞という大きな賞も取ったことで一先ず安堵。このようなガチ路線がもっと主流になると良いなと思う。
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