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演技、哄笑、絶望 ―Danny Elfman『Big Mess』を巡ってー

「何もかもジョークなんだよ…皆が大仰に崇め奉っているモノも、後生大事に戦い守っているものも…すべては桁外れにバカげたジョークさ」「だったらそいつを楽しみゃいいだろ?なのに…おめえはなぜ笑わないんだ?」
―『バットマン:キリングジョーク 完全版』より

この忌まわしい疫病の時代の暗黒面を、これ以上なく克明に描写した2020年代最初の名盤として記憶されるにふさわしい本作。黒という色がありとあらゆる色を重ねた汚濁の末に現れるそれであるように、Danny Elfman『Big Mess』という作品についても様々な角度からの語りが可能であるし、実際なされるべきだろう。そこでこの文章ではいくつかの固有名詞を挙げながら、本作の位置づけを「演技性」というキーワードで纏めつつ、その同時代性について言及したいと思う。

近年のアンビエント色を強めたNick Cave、後期の前衛化したScott Walkerといった様々な先達を連想させる本作だが、Danny Elfman『Big Mess』というアルバムを聴いて、リスナーが真っ先に想起するのはおそらくDavid Bowieの、とりわけ『Outside』を始めとする90年代の諸作だろう。元々彼の影響下にあったNine Inch Nailsの活動に触発され、当時のインダストリアルロックの様式を大胆に取り入れた『Outside』は低音気味の独特のボーカル、シアトリカルな曲調、長大なランタイムといった面で、Danny Elfman『Big Mess』と多くの共通点を持つ。ロックの世界にシアトリカルな美学を持ち込んだ第一人者であるDavid Bowieの、「アイデア過多」と評されがちだった不遇の傑作を今もう一度よみがえらせた、本作にはそんな趣さえ感じられる。

そしてDanny Elfman本人がインタビューで語るように『Big Mess』には90年代以降のオルタナ化したメタルミュージックの影響がかなり濃厚に表れており、その中でもTOOLは大きな参照元となっている。とりわけ後半の展開から顕著になるヘヴィなバンドサウンドには彼らの影響が強く、バンド本隊と見まごうばかりの重低音を響かせるベースラインは本作の一つの聴きどころである。TOOLと言えばプログレッシブロックとメタルミュージックを融合させた非常に重厚かつ長大な音楽性で知られるが、彼らの作品の大きな特徴にそのコンセプト性の高さがある。例えばアルバムのタイトル曲ともなった『Lateralus』では人間のあくなき知識欲求の象徴としてフィボナッチ数列がモチーフとなっており、この曲のメインテーマでは、9/8、8/8、7/8という連続した拍子記号が使われているという徹底ぶりだ。

David BowieにせよTOOLにせよ、そこに共通するのは、何かしらの理想像やコンセプトを体現しようとする、演技性を介在させた音楽表現の在り方だ。そしてDanny Elfmanの彼らへの共振とリスペクトの背景として、長年劇伴作家としてキャリアを歩んできたこと、彼が元フロントマンとして活躍したニューウェーブバンドOingo Boingoの前身がシュールレアリストのミュージカル劇団だったことを挙げることができるだろう。

ではDanny Elfmanが『Big Mess』で体現しようと、演じようとしたものは何なのか。そのヒントは本作のラストを飾る一曲『Insects』にある。『Insects』はOingo Boingo 時代に制作された楽曲で、今回セルフカバーという形で収録された。Insects=昆虫はありとあらゆるところに蔓延り、まぐわい、増殖する。そして昆虫は人々の体に忍び込み、彼らを醜く躍らせる。曲の後半部に表れているように昆虫たちは白人社会の資本力のメタファーでもあると同時に、現在世界中を蹂躙しているウイルス禍の比喩でもある。『Big Mess』の制作の契機にコロナ禍があることを考えても、本作にこの楽曲のカバーを採用した意図は明白だ。異様な躁的なテンションに貫かれ、素っ頓狂なユーモア感覚さえ感じさせる『Insects』はしかし明確なドラマの終わりや解決を指し示しはしない。映画音楽で長年キャリアを積んだ大家であるDanny Elfmanの技量をもってすれば72分に及ぶこの大作に一つの大団円をもたらすことだってできたはずだ。だが彼はそうしなかった。

このようにカオスと哄笑の渦で唐突に終わりを迎える『Big Mess』だが、本作がたぐいまれな傑作である理由はむしろその点にこそある。前半のシンフォニックで劇的な曲調が、後半に至って性急でヘヴィでどこかユーモラスなサウンドへ移行し、『Insects』でそのピークに達するという全体の構成を見ても、おそらくこの幕切れはある程度意図的なのだろう。そしてユーモアと無意味に加速していく本作の展開は、むしろ現代を生きる私たちにとってなじみ深い感覚を呼び起こす。見るもおぞましい悲劇が手の施しようがない茶番劇と見分けがつかない、そんな絶望の時代を飾る壮大な一繋ぎのスコアを、Danny Elfmanはこれまで培ってきたありとあらゆる技法を駆使して書いてみせたのだ。

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