チリに来た理由
今年の5月、仕事を辞めて夫のいるチリに移住することを決めました。
8年間の付き合いを経て結婚し、夫がチリに赴任したのが今年の2月。それから3か月遠距離をした結果、これがあと3年続くのは正直きついなと思ったのがきっかけでした。3年間一緒に住んでいたマンションからワンルームに引越し、思い出のある家具もほとんど処分。二人とも元々連絡がマメでないのに加え、時差が13時間もあり、話すのはお互い予定の合う週一程度。片道20時間以上のフライトなので気軽に会いに行くこともできない。夫は新天地でスペイン語を学び、色んな場所を旅していて、それを一緒に経験できないという喪失感もありました。同僚と呑んでから帰宅後、真昼間で食事中の夫に酔っ払って泣きながら突然電話をかけるという文章にするだけでも恥ずかしいエピソードが何度かあり、これでは夫にも迷惑だしなんだか全然サステナブルでないんじゃないかという気づきに結構早めに至りました。
なぜチリに行くことにしたのか記事にしたら?と言われ考えてみたところ、要は非常に寂しかったからという点に尽きるのであまり膨らみのある話にはならなそうと思いつつ、その過程で色々悩んだのも事実なので、今回はそれについて少し書いてみようと思います。
自分のキャリア
最大の悩みはキャリアでした。周りがバリバリ働く20代半ばで、自分もそれなりに仕事を頑張ってきた中、仕事を辞めて地球の反対側に行くという決断はキャリア的に致命的なのではないかという恐れがありました。
私は両親が共働きの環境で育ちました。母は子供や夫の仕事を優先し、専業主婦をしたり仕事を減らしたりした時期もあったようですが、覚えている限り食卓では両親が仕事の話をしていました。高校時代に “Lean In”を読んだ時、女性が出産後も働き続けることは当たり前ではないという事実を知り衝撃を受けました。その反動もあり、仕事をするとはどういうことなのかをちゃんと理解する前から、とにかくアクセルを踏み続けるんだという謎のキャリア意識が根付いたような気がします。
大学卒業後は投資銀行に入り、終電が間に合わないのでオフィスから徒歩圏内に住み、土日も仕事をし、GWも返上し、ワークライフバランスは皆無の生活を送っていました。その後VCに転職してから生活自体はもう少し落ち着いたものの、頭の中は常に仕事のことでいっぱいでした。たまたま大学でも仕事でも女性が圧倒的マイノリティだったので、元々の負けず嫌いに加え、男性に負けないためには人一倍頑張らなければならないという強迫観念にとらわれていたのだと思います。次第に自己アイデンティティとキャリアが密接に結びつき、どのような理由であっても仕事を辞めることは考えられない状態になっていました。
ちょうどダイバーシティが重視されるようになったのもあり、女性として働くことへの追い風も確実に感じていました。新卒で入った会社でも部門同期が初めて半分以上女性でしたし、VC業界でも女性キャピタリストを採用する動きが多く見られました。私自身女性起業家を増やそうとする活動にも関わっていました。女性がキャリアを追求することはとても良いことなのだというメッセージが外からガンガン伝わってきているような状態でした。
そんな中、仕事を辞めてついていくという決断をしてしまったら….
仕事を本気で捉えていないと思われてしまう。
周りから遅れを取ってしまう。
これまで心から信じ推し進めていた女性活躍の文脈に真っ向から反してしまう。
女性は家庭の事情で辞めるリスクがあるんだと、会社の今後の採用方針に悪影響を及ぼしてしまう。
一度この決断をしたら今後仕事が見つかりにくくなってしまう。
自分がこれまで積み上げてきたものがすべて台無しになってしまう。
今思えば少し大袈裟ではありますが、実際頭をよぎったのはこんな考えばかりでした。
パートナーシップにおけるキャリア
ひと昔前なら、迷わず仕事を辞めてついていけたのに…。良かれと思って言われた「能力あるのにもったいない」という言葉が有難いけど、なんだか勝手に終止符を打たれた感じがして悲しい。今は女性の活躍をはじめ多様な考え方が広まって、良いことではある一方で、一個人としては色んな価値観の狭間に立たされ判断が難しくなっている気がします。
私の悩みや不安の根幹にあったのは、女性のキャリアに対するオールオアナッシングな考え方でした。仕事も家庭も全力でやる。今の時代幸いにも男性と同じ土俵に立てるのだから、どちらも諦めずに頑張るのが当たり前。どちらかを重くしてどちらかを軽くするという考えは時代に逆行しているし逃げに等しい。仕事を男性並みに続けられないのならその時点でゲームオーバー。どちらも中途半端になるくらいならどちらかに絞るべき。
そんな考え方をしていると、整合しなくなるタイミングが来るのだと思います。そもそも男女問わず「男性並みに」「全力で」働き続けるということ自体が、それ以外の人生の大事な要素を加味していないので現実的でない。それにある時点で、自分のキャリアは自分のものだけではなくなります。結婚という形を取るかどうかは別として、二人のパートナーシップの中で、お互いの望むことが同じ時期に同じスペースで叶うとは限りません。ある時は相手を優先し、ある時は自分を優先するといった選択が必要になるかもしれません。
今振り返ると、このようなパートナーとの関係におけるキャリアの考え方について、参考になるようなリソースや事例が周りにあまりなかったなと思います。女性の昇進とか、男性の育休とか、男女それぞれ単体での施策については色々提唱されているけど、同じくらい仕事を頑張りたい2人が共存しつつお互いをサポートし合うためにはどうすればいいのかという課題に関しては、少なくとも日本ではまだまだ議論が少ないように思います。移住を決めた後でしたが、友人から "Couples that Work" という本を勧められ、まさにこのあたりの知見が(かなりジェネラルではありますが)共有されており、もっと早く知っておきたかったなと思いました。
母からの後押し
私が最終的にチリに行くことを決断できたのは、母が背中を押してくれたからでした。母も20年前、父の仕事を優先して一旦仕事を辞め、子供3人を連れて米国に移住するという決断をしています。自分のキャリアにブレーキをかけることにはなったけど、それ自体は一切後悔しておらず、むしろ豊かな人生を送る上では正解だったと話してくれました。「チリってこんなチャンスがなかったら一生行かないような国だよ。一緒にいたいのなら、着いていきなよ。仕事は後から何とかなるよ」と言ってくれました。
その際の助言としては、週1何かしら仕事を続けること。社会との繋がりを一切絶ってしまうと、後々復職したいと思っても自分の中でのハードルが高くなり、その一歩を踏み出すのが難しくなるからとのことでした。これは当時母が祖母からもらった助言で(祖母もその時代では珍しく手に職を持つ人でした)、渡米後しばらくしてから現地で仕事を見つけ働き始めたそうです。
チリに移住してからは、前職のご縁もありオンラインで少し仕事をしています。すぐにそのようなチャンスを頂けたことは非常にラッキーだなと思いつつ、毎日過ごす中で仕事の枠を超えてやりたいことも段々見えてきました。折角チリにいるので、仕事は一定のペースで続けつつ、今ここでしかできないことにもう少し時間を割きたいなと思っています。今後の目標は、スペイン語をもっと本格的に勉強し現地で仕事や学びの機会を得られるようになることです。
日本でのキャリアを一旦ホールドしたことに対する不安が今でも完全に払拭できている訳ではありません。帰国したら何をしようか、将来に関して不安に思うこともあります。でもこの選択に悔いはありません。人生の重要な時期を家族と共に過ごし、貴重な経験ができていることをとても幸運に思います。そして色々なノイズに惑わされず自分にとってベストな決断ができたこと、その決断を強いず私の意思を尊重し寄り添ってくれた夫への感謝の気持ちでいっぱいです。
当初思い描いていた一本道ではなくなったけど、回り道もこれはこれで良いなと思います。人生における色々な回り道を楽しみながら、自分らしいキャリアを築いていきたいです。