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読書記録『山の人魚と虚ろの王』

『山の人魚と虚ろの王』山尾悠子/国書刊行会

風変わりな妻を迎えた男の新婚旅行。
そして山の人魚と呼ばれた舞踏家の叔母の弔問。
旅は〈夜の宮殿〉に始まり電車に揺られやがて機械の山へと至る。

浮遊する妻、語りかけてくる亡き母。
宮殿のシャンデリア、机に並べられた食物、妻の髪、踊り子たちが履く既製品の靴、眠らない群衆等々、男による旅の追想は描写につぐ描写からなる。
文章から溢れ眼の前に現前せんばかりディテールにも関わらず、個々の出来事が本当にあったことなのか男の妄想なのか夢なのかは杳として知れない。
私自身が浮遊するような(さながら半ば眠りながら現代文の試験問題をとくような)幻想的な読書体験が出来た。

私は全体としては幻想的なイメージの小説を構成する卑近なディテールが好き。その中でも一番好ましく感じたのが踊り子の靴の描写だ。
男は〈夜の宮殿〉での催しを彩る踊り子たちをみて、そのきらびやかな衣装よりもありふれた既製品の靴に目を向ける。

私はほんの数ヶ月だがダンスの同好会に参加していたことがある。
一番はじめに7センチだか5センチだかのハイヒールの白い靴を買った。華やかな衣装は色とりどりだが、大抵の先輩方が同じような練習靴を履いてらしたのが印象深い。
外反母趾の痛みとダンスのセンスのなさ故に早々に辞めてしまったが、もしも続けていたらあの練習靴も美しい踊りの中で異彩を放っていたのだろうかと時折思いかえす。


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