初めまして、 現在小豆島で 庭師と書道活動をしている りょーちゃんといいます。 自分をちゃん付けするのもどうかと思いますが、慣れ親しんだあだ名なので使わせてください。 さて、 現在庭師と書道活動をしている ということをお伝えさせていただきましたがここに至るまで ☑️初めての転職 ☑️初めての移住 ☑️初めての結婚 ☑️初めての起業 を経験してきました。 種を蒔いたばかりで、 ジタバタしている最中ですが、 一サンプルとして何かやり始めたいと考えている人の参考になれば嬉しい
某アーティストの方とセッションさせていただく機会をいただいた。 その後の飲み会で ベースに対する演奏表現の足りなさ(主に音価に対する) を指摘していただき、図星をつかれて終始どきどきしていた。 プロになるということは 当然のことだけど自分を喜ばすだけなのは駄目で人を喜ばせることを考えなくてはならない。 それは常に自分を批判的に見つめることになる。 それは辛く険しいもので、 辛い経験、悔しい経験がないと成長しないと。 ここで言う成長とは 自己表現をするための技術向上であると
白黒はっきりしているのは割合好きな方で会社員だった時はことあるごとに労基守ってるか調べたりyoutubeみて勉強した。 そんで残業しないで帰ろうとすると冷たい目で見られますが 「残業を無理強いさせるのは労基違反」と言い聞かせて振り切っていたりした。 そう言った態度だったからか いまではもう分からないけど、 一社目、二社目はそんなところから亀裂が入っていったのかもしれない。 個人事業主となった今は残業もなにもないのでちょっと羨ましい。 だって会社いるだけでお金出るし。 車
よく人の話を聞いている時、 話が途中で飛んでしまって内容が分からなくなることがある。 それは 「ぼーっとしてるから」 「集中力に欠けているから」 だと思っていたのだけれど、 それだけとも言えない気がしている。 一つのことが気になると脳内の思考スイッチがそちらに全振りされて会話に頭がついていかなくなる状態に度々出くわす。 特に自分に興味がある話題、例えばアニメの話とか哲学的な話になるとひたすらそのことに想いを巡らせ話題が変わっても音が入ってこなくなる。 (厳密には音とし
本を読むことは自己研鑽するのに一番効率が良い方法だと多くの人に言われている。 自己研鑽だけにとどまらず、明日の生きる希望にもなり得る。 その中で目にするのが 「一ヶ月に何冊本を読んだのか」 ということだ。 読んだ本の数だけ知識が得られるということに疑問はないのだけれど、 同時に多くの本数をひたすら読めばいいだけではないんじゃないかと最近考えるようになってきた。 最近ジャンプで連載が終了した 呪術廻戦にしろ(漫画だけど) 一度読んだだけでは何が起こっているのか把握するのは
あるお世話になってる人に 「ベンツ乗りたいとか思わない? 思わない人は伸びない」 と言われた。 この言葉の真意は たぶんムーンショットのような目標掲げてがむしゃらに努力しないと伸びないよということだと解釈している。 一理ある。 質は膨大な量があってこそだとは思う。 ただがむしゃらに欲しくないものを 想像してもやる気は起きない。 仮に手取り10万だとしても共働きで 子供がいなければ案外生活できるし、 老後の心配については、 いくら稼ぐかよりいくら貯めて 運用出来るかの
少子高齢化でどんどん日本の国力が弱まっていくという話があるが、 個人的には今の人口半分でもいいんじゃないかなとすら思う。 経済成長の先にあるものは 便利と快適、平和と繁栄かも分からないけど、 もう経済成長して今以上に豊かになる必要性が感じられない。 どうせ便利で仕事が楽になってもその分仕事が増えるだけでむしろ効率化され、簡単な仕事が少なくなった分、要求レベルが高くなり、隙間が無くなってきつくなっている。 小豆島は日本の縮図みたいで、 地場産業がいまいちだから観光とオリー
最近SFものにはまっており、 映画、小説でSFジャンルっぽいものが目についたらとりあえず見てみるようにしている。 そんななかSF二大巨頭のスタートレックを見てないのは問題だと感じたため、 雨で仕事ができない時にまとめてみるようにしている。 ちょうどAmazonプライムで観れるし! 昔からスターウォーズは好きで全部みてて、研究室でスターウォーズの話になった時、 「スタートレックって見たことないんですがスターウォーズとどっちが面白いですか?」 と教授に聞いたところ 「スタ
幽霊は信じてないけど言霊は信じてる。 ちなみに宇宙人も信じてる。 自分から離れた言葉には力が宿る。 その言葉に感情をのせるとさらに力が増す。 朝食時、家族と交わす何気ない会話、 コンビニ店員との一瞬のやり取り、 会社でのコミュニケーション、 歌、詩、演劇、SNSの誹謗中傷、ラジオ、落語… 言葉に出すことで自己実現の可能性が格段に上がる。 人の心無い一言で自殺する人もいる。 包丁は料理をするためには欠かすことができず美味しい料理を作り出す。 そして人を殺すこともできる
もし自分が地球以外の星で生まれ、日本の田舎に転生したとしよう。 その田舎には小さな商店が一つあるだけで、スーパーや100円ショップ、薬局に行くためには車で往復1時間ほどかかる。 何もないので近所で草刈りや便利屋的な仕事をしてお金を得る事で地元の小さな商店である程度の買い物が出来る。 家の近くで畑が出来るなら野菜を作っても良いだろう。 しかし商店にあるものだけでは 生活に不便で、例えば薬は置いてない。 そのため徒歩で街まで通う事にした。 だんだん徒歩で街に通うのも面倒に
芸は身を助くという言葉がありますが、 これほど自分にぴったり合う言葉はないのではないかと感じています。 会社員時代 朝デスクに向かうといきなり左遷宣告。 どうしても納得いかず やむなく退社する事になりました。 色々理由はあったのかと思いますが 簡潔に言うと開発案件に対し、多大な損失を与えたためと言われた。 (本当のところは取締役の理想に私の実力が伴わず、部署変換された+会社の経営がすこぶる悪く間接部門の人事整理が行われたというのが本当の理由だろうけど真相は一生分からない)
「自由」という言葉に昔から弱い。 自由研究、自由帳に胸を躍らせ、 高校は校則が上履きを履くことという一つしかない自由な学校に行き、 (入学一週間後に破る) 今では組織からも半分自由になりつつある。 僕は自由が好きだ だが自由には責任が付きまとうという。 その通りかもしれないし心がけなくてはいけないが こんなことを声高に人に指摘する人がいたらダッシュで逃げたい。 必ずその人はあなたの自由を奪うから。 責任は取るものではなく果たすものである。 責任追及をされた際に取るべき態
面白い話をするためにはどうしたらいいんだろう。 そんな時にフェルミ漫画大学で紹介されていた「解像度をあげる」という本が参考になったので備忘録としてここにまとめて行こうと思う。 解像度をあげる話がぼやっとしている人、一から十まで話して説明は丁寧なんだけど長くて聞いてられない、結局何が要点か分からない。そんな人と話をした経験が誰しもあるのではないか。 そんな人たちは自分が話す内容についての理解が充分でないからだという。 本書ではこのことを「解像度が低い」という言葉で表している。
周りに目を向けず自分の殻に閉じこもり 仕事をしているとうまくいかない。 仕事に限らず、趣味でも家庭でも なぜ周りに目を向けないかというと 出来ない自分が嫌でも見えてしまうから。それで落ち込むのが怖いからだと思う。 もしくは精神的に追い詰められて周りが見えていないか。 精神的に追い込まれたらどんな状況になるだろうか。 私の場合は無感動、無関心と激情が入り乱れる時、 いきなり力が入らなくなり手に持っていたものを落とす時、 相手がどんだけ大きな声で話しても口をパクパクしている
日本起源の文字「かな文字」 平安時代に漢字を簡略化し、 万葉仮名が生まれた。 その後菅原道長が遣唐使を廃止して 国風文化を推進し、小野道風が 和様書道を発展させた。 特に書道におけるかな文字で 私が面白いと思う点は 作品全体のバランスを見ながら 漢字を分解してひらがなにし、 分解したひらがなに別の漢字をあてたりすることができる点だと思う。 例えば 忍べ→しのべ→志のべ といった具合だ。 漢字の成り立ちを学び、 漢字一文字で意味が伝わるというのも 漢字の面白い点だと思うが
自給自足と聞くと 農業をやって野菜を作ったり、 電気を会社から買わずにソーラー発電で自分で作ったり(そもそも使わない) ということを思い浮かべる。 小豆島へ移住した今でもこの自給自足を実践したくて畑をやったり生活コストを抑えるようにしてきた。 まだまだ程遠いけれど着実に歩みを進めているように思う。 仕事も同じで、会社や大きな組織に 依存するのではなく自営業的に自分で 仕事を作り出すことも自給自足だと思う。 だから自分の中での自給自足を ・食料自給率 ・職業自給率 ・エネル