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【写真集レビュー】 Bolnichka by Vladyslav Krasnoshchov

昨年パリで開催されたフォトブックフェア「Polycopies」を訪れた際、あるブースで一際目を引く本を見つけました。

一見手製本にも見える医療用(?)テープを施した装丁に誘われ本を開くと、日本のアレブレボケとも異なる、決して鮮明とは言えない質感の写真が目に飛び込んできます。写真はどこかの病院で撮影されており、表紙はこの内容を踏まえてデザインされているようです。その時点で作品の詳細は知りませんでしたがやけに印象に残り、帰国後出版社にコンタクトを取りました。

ヴラディスラヴァ・クラスノシチョクは、1997年から2002年までウクライナのハルキウ医科大学で医学を学んだ後、2008年から写真を撮影し始めます。2010年からは顎顔面外科医としてハルキウ国立救急病院に勤務し、同時期に「Shilo Group」の一員として活動を開始しました。

「Shilo Group」とは、写真ハルキウ派美術館(以下MOKSOP)のディレクターでもある写真家のセルヒー・レベディンスキーと、ヴァディム・トリコザン、オレクシー・ソボレフらによるハルキウ派の写真家グループであり、ウクライナの社会問題、主にソ連の過去の遺産に焦点を当ててながら、過去のハルキウ派を更新するような挑戦的写真作品を発表しています。

中でも、2014年1月にキーウで起こった抗議デモを独立広場で数日間かけて撮影した作品/写真集『Euromaidan』は、近年の写真史における重要作のひとつに数えられています。

Bolnichka by Vladyslav Krasnoshchokより

本作『Bolnichka』は、クラスノシチョクが10年以上務めた病院で2010年から2018年にかけて撮影した写真と、勤務中のさまざまなエピソードを収録しています。

当初は同僚たちを被写体に写真を撮影していたそうですが、次第に患者たちから写真を撮ってくれと声をかけられるようになり、クラスノシチョクは時に自ら病人らしいポーズや表情をカメラに向けて演じてみせる彼らの姿も撮影し始めました。写真の質感も相まって、フィクションとリアルは等価なものとして混在しています。

写真の特徴的な色合いは、「リスプリント」という印刷技法によるものです。リスプリントとは、暗室でのプリントの際に印画紙を過剰露光させ、それを薄い現像液で現像したプリントを指します。「Shilo Group」はこの手法をハルキウ派のモノクロ写真表現を再定義するための戦略のひとつとして頻繁に使用しており、印画紙は過去の遺物となったソビエト製のものを使用しています。

Bolnichka by Vladyslav Krasnoshchokより

表現としての側面が強ければ強いほど、作者の「世界観」に被写体を暴力的に従属させてしまうケースは多々あります。しかし本作では、「Shilo Group」の流れを汲んだ印象的な技法が全体を通して用いられているにも関わらず、被写体たちの主体的な振る舞いが作品をかき乱し、単なるソーシャル・ドキュメンタリーに止まらない多角的解釈を可能にしています。

本作はその後、2024年度のアルル国際写真フェスティバルの写真集賞にノミネートされました。ソ連崩壊後の厳しい環境をとらえた作品として、医者の日常日記として、そしてハルキウ派の先行世代に対するアクションと探求の成果物として、ぜひお手元でご覧になってみてください。

MOKSOPの全作品集はこちら↓


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