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【短編】長い夜とアーモンド

目の前の男は意気揚々と、自分の推理を披露している。
「その時間、アリバイがなく、被害者のそばにいた人物はただ一人!」
そう言って、俺のほうを見た。

まず、何が起こったか説明しよう。
謎解きゲームで優勝した賞品として、俺たち7人の大学生はこの館に招待された。そのうちの一人、いわゆる「嫌われ役」だった男が殺害された。嵐のせいで携帯電話やネットは繋がらず、ここに繋がる橋は崩落した。まあ、よくあるミステリーだよな。俺も笑っちまった。
もともと謎解き好きの集まりだ。互いの腹の探りあいをしながら、各々が推理をした。どうにか警察に連絡をつけ、到着を待っている。午前0時を回って、リーダー格の男が推理を披露し始めた。今は、そのクライマックスだ。わかりやすいだろ?

「小西!お前が犯人だ!」
俺は、口の中で転がしていたアーモンドを噛み砕いた。少し塩気が足りない商品だった。次はもっとしょっぱいものを買おう。
少しの静寂。
おずおずと、宮地が手を挙げる。おそらく参加者の中で、一番頭の回転が速い。
「ねえ、私はその推理、おかしいと思う…」
「何がおかしいって言うんだ!僕の推理は完璧だ!」
リーダー格の男――福田が声を荒らげる。その必死さを見るまでもなく、全員が同じことを思っていた。

「殺したの、お前だろ」

さっきまで自信満々で披露していた推理の中に、『自分』が一切含まれていない。自分にアリバイがないことも、抵抗されてできたであろう新しい傷が腕にあることも、殺された男との間に確執があったことも、俺たち全員がわかっている。殺された男が残したメモに、『ふく』まで書いてあった。それを言わないだけだ。
…なんで言わないのかって?
朝まで、警察が来ないからだ。
よく考えてみてほしい。向こうは既に一人殺している。もし、ここで福田に全てを自白させたとして、その後でこいつが大暴れして、みんな殺されてしまう可能性もある。殺されないとしても、怪我を負うかもしれない。とにかく、何をしでかすかわからない。

だから俺たちは、福田がいない隙に口裏を合わせた。
「あいつの推理に適当に難癖をつけて、朝まで乗り切ろう」
まず、別行動をとってはいけない。そして、朝まで寝てはいけない。そのためには、こいつに延々と推理を披露させるしかない。
俺たちの戦いはここからだ!
…打ち切り漫画みたいな台詞だが、マジだ。現在午前1時半。『朝』という曖昧な表現ではなく、しっかり時間で伝えてほしかったよ、警察。

さあ、どうする。
俺は宮地に目配せする。「やりすぎてはいけない」と。
ここが一番難しいところだった。論破なら簡単にできる。穴だらけの推理なんて、簡単に論破できる。だが、それをしたら福田は逆上するだろう。そうなっては意味がない。
推理の穴を突いて、それでも論破しない。
難易度の高すぎる夜だ。

「…さっき、被害者が殺される前に小西くんと言い争っていたって言ったけど、それなら平尾くんだって喧嘩していたよ!」
平尾は、俺のほうを見て頷く。気の利くやつで助かった。俺は宮地の意見に賛同するふりをしながら、平尾が考える時間を稼ぐ。
「たしかに…。俺があいつともめたのは、今後のサークルの方針を巡ってだったんだが、俺だけじゃなかったってわけか。どうなんだ、平尾。お前は、あいつと何を言い争っていたんだ?」
平尾を見ると、彼は目で頷いてみせた。大丈夫、ということなのだろう。
「僕は…、実はあいつにネタを盗まれたんだ」
「ネタ?」
福田がしかめっ面をして尋ねる。予想外の展開に戸惑っているのだろう。
「僕、実は小説を書いていたんだ。長編のミステリ小説だった。これから賞に応募しようっていうときに、宮地さんと渡辺くんが教えてくれたんだ。あいつも、応募しようとしてるって」
渡辺は頷いてみせてから切り出す。
「僕はあいつに、単純な興味本位で訊いてみたんだ。『どんな小説なの?』って。その内容が、平尾くんのものにあんまりそっくりだったから…」
「私が言ったの。あいつを問いただしたほうがいいって」
「そう、なのか。じゃあ…平尾が……」
「僕はやってないよ!」
平尾が叫ぶ。迫真の演技だ。大丈夫だ、みんな知ってる。事件が起きるまでずっと、俺たちと一緒の部屋で漫画読んでたもんな。

竹内のほうを見ると、彼女もこちらを見ていた。
「あのさ、私見ちゃったんだけど」
「見たって、何をだ!」
福田が声を張り上げる。時刻は午前4時に近づいている。もう少し、ならいいんだが。竹内は続ける。
「小西があいつともめたあと、渡辺があいつの部屋に入っていくの」
言い忘れたが、平尾は小説など書いていないし、渡辺はあいつの部屋に行っていない。すべて嘘だ。要は、福田を除く5人で、俺たちは即興の劇をしているのだ。
「僕は、僕はたしかにあいつの部屋に行った。だけど、借りていた本を返しただけだ。本当だ、信じてよ!」
渡辺は目に涙を浮かべ叫ぶ。アカデミー賞ものだ。
「それに、宮地さんと竹内さんだって…。あいつがいなくなって都合がいいんじゃないの?」
宮地と竹内は顔を見合わせる。竹内が一瞬だけこちらを見たのを、俺は見逃さなかった。
「そういえば、宮地も竹内も、あいつに言い寄られていたんだろ?」
「あ…そう、そうなの!ねえ、宮地」
「うん…うん、そうなの、実はね…」
オドオドした様子の二人に、福田の猜疑心が増していく。

「お前ら、僕に何か隠していないか?」
福田が俺たちを睨みつけながら言う。隠しているのはお前だろう。全員がその言葉を飲み込む。だが、とりあえずピンチだ。
「な、何も隠してなんていないよ!」
宮地が両手を振って否定する。なぜだか渡辺も同じ仕草。
「本当か、本当に何も隠していないのか!」
そのとき、サイレンが聞こえてきた。

「どうも、到着が遅れました。ワタクシ、××県警の…」
入ってきた警察官の挨拶を遮るようにして、俺たちは叫んだ。
「犯人は、福田です!!!!」
福田は目を見開き、泣き出した。そして、あっけなく自供を始めた。だが、俺たちは何も聞いていなかった。疲れた。あまりにも、長い夜だった。


警察の事情聴取を終え、俺たちは帰路についた。
途中のコンビニで俺はまたアーモンドを買った。袋を開け、口に入れる。長い夜が終わって、朝が来る。
口の中に程よい塩味。昇ってきた朝日を見て、俺は思う。
「謎解きサークルより、劇団作ったほうがいいかもな」
まあ、それもどうでもいいか。早く寝よう。俺は歩き出した。

了(2024.10.18加筆修正)


あとがき
キャラの名前は、日向坂46の四期生
小西夏菜実こにしななみさん、宮地みやちすみれさん、平尾帆夏ひらおほのかさん、渡辺莉奈わたなべりなさん、竹内希来里たけうちきらりさん
および、3時のヒロイン・福田麻貴ふくだまきさんからお借りしました。ありがとうございました。
四期生を見ていると、希望に満ちていて涙が出てくる。個人的には、平尾さんが小坂さんと山口さんとやったゲーム実況の動画が好き。四期生曲だと「夕陽Dance」ストライク過ぎた。
3時のヒロインは再び3人揃ったのを見たとき泣いた。僕は泣いてばかりいる。

ちょっぴりコメディ調の話。思いついたら一気に書けた。ミステリを書こうと最初は思っていたが、僕の頭では不可能だった。書いていて楽しかったので、まあいい。最近は方向性に悩んでいるので、いろいろ書こうと思う。やってみてわかることもあるだろう。知らんけど。

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ナル
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