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紙鳴【秋ピリカグランプリ2024応募作品】

暗い書斎を、月明かりが照らしている。
男は、原稿用紙を手に立ち尽くしていた。その目は閉じられ、呼吸の音だけが宵闇に木霊している。
「…ここか!」
男は目を見開き、原稿用紙を力いっぱい叩いた。

しゃらしゃらしゃら……

風鈴のような音がした。男はにんまりと笑い、座り込んだ。すぐさまペンを走らせる。
「これで、今回も傑作だ…」


男は、売れない小説家『だった』。
ある夜。自分のふがいなさに腹が立って、力任せに原稿用紙を殴りつけた。すると、しゃらしゃらと音がした。その後書いた小説は、久しぶりに売れた。
次も、その次も、原稿用紙がその音を立てた後に書いた小説は売れた。
これは、神の力に違いない。
男はその音を『紙鳴かみなり』と呼んだ。
紙鳴は、その時々によって鳴る場所が違う。男は毎夜、原稿用紙を叩き続けた。



原稿用紙は思っていた。
多くの仲間が、この男に暴力を振るわれ、傑作を強要されてきた。
僕は負けるわけにはいかない。何度叩かれようとも。


男は今日も、書斎に立っていた。手には原稿用紙。
男には負けまいと誓った、あの猛者である。

男は紙鳴を求めて、何度も原稿用紙を叩いた。
だが、紙は負けない。何度叩かれようと、何の音も発さなかった。
身体には幾多のよれやしわがついた。こんなにぼろぼろになっては、原稿用紙としての使命を果たせないかもしれない。
それでも同胞たちのため、ここで負けるわけにはいかなかった。

男が原稿用紙の急所を叩いたのは、紙が同胞たちに勝利を誓ってすぐのことだった。
紙は耐えた。あのしゃらしゃらとした『紙鳴』を出すことはなかった。
その代わりに、彼はうめき声を上げた。


今回の紙は変な音を出した。
例えるならば、歯磨きの最中にえづいたおじさんの声のような…。
これで傑作になるのだろうか。男は少し悩んだが、ペンを手にして書き出した。


紙は勝負に勝った。
あとは、男の作品を駄作にすればよかった。
だが、一心不乱に小説を書く男を見て、紙の気持ちは揺らいだ。
「頑張っているんだな…」
紙は、傑作を生むことにした。同胞たちも、この姿を見てそう決断したのかもしれないと、今気付いた。


そうして生まれた作品は、男のこれまでとは一味違う傑作として、多くの人間に読まれることになった。

了(916字)
#秋ピリカ応募


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