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【短編】12月のハシビロコウ

呼び鈴が鳴った。そのタイミングでカップラーメンを食べ始めた僕にとって、なかなかに腹立たしい出来事であった。
重要な客かもしれない。しぶしぶ割り箸を置き、インターホンのモニターを確認した。
そこには、誰も映っていなかった。
しかし、呼び鈴が再び鳴った。
怪奇現象を信じるタイプではない。もしかしたら、呼び鈴の動作不良かもしれない。確認のため、僕はドアを開けた。

そこにいたのは、一羽のハシビロコウだった。
「…なんで?」
そのハシビロコウは、僕の目をじっと見つめている。
「…」
沈黙。
「…いや、なんで?」
僕の疑問は、12月の空気に消えていく。答えてくれるものは存在せず、今にも雪が降り出しそうな空が僕を見下ろしている。

そういえば、僕がお笑い芸人を目指すと言ったときの父も、こんな風に沈黙の中に立っていた。もともと寡黙な父だったが、まったく言葉を発さなかったのは、あのときだけだ。あれ以来、実家には帰っていない。

「清隆」
静寂に突然、父の声が響いた。
芸暦12年目、レギュラー番組がすべて終了し、相方は田舎に帰った。懇意にしていた先輩は、8股不倫が原因で引退した。
ついに僕にも幻聴が聞こえるようになったのか。
「…清隆」
よく聞くとその声は、目の前のハシビロコウから聞こえていた。
そうか、お前も幻覚だったのか。僕はもうおしまいだ。

「清隆、ハッピーハロウィン」
ハシビロコウの頭がずるりと落ち、中から現れたのは父だった。
着ぐるみの中は暑かったようで、汗をかいている。
いろいろ言いたいことはあった。
「汗かきすぎ」とか。
「なんでハシビロコウ?」とか。
でも、これを言うことにした。
「ハロウィン、もう終わってるよ」
なぜだか涙が溢れてきたのを、冬の寒さのせいにした。

了(712字)


あとがき

定期的にこういう問題作が書きたくなる。

多分、僕本来の人格はこういう破綻した作品を望んでいるのだろう。書いているとき、ものすごく楽しかった。
ハシビロコウ、恐竜っぽくていいですよね。強そう。

余談だが、真面目で尊敬していた先輩が4股かけていた話(実話)を聞いたとき、僕は情けなくて泣いた。浮気や不倫をするくらいなら、特定の相手を作るのはよしたほうがいいだろうに。先輩のその後については知らない。山に埋まっていたりはしないはずだ。

問題作たくさん作って、自費出版しようかな…。

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ナル
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