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【シロクマ文芸部】逃避行

流れ星を、僕たちは待った。

明里あかりの頬には涙のあとと、紫色の痣。母親が再婚した男に殴られることがあると言っていたが、こうして痣を見るのは初めてだった。
「ひどい顔になっちゃった」
そう言って僕に笑いかける顔は、とても悲しそうだった。
廃線になったローカル線の駅に、僕たちは忍び込んでいた。誰もいないホームで、ベンチに座って空を見ていた。冬の空気が、突き刺すように体を冷やしていく。
明里の母親も、僕の両親もきっと、僕たちを探しているのだろう。

孝之たかゆきはさ、どうして逃げてきたの?」
「…大したことじゃないよ」
本当に、大したことではなかった。テストの点数が下がったのだ。誤差の範囲とも言えるその点差で、両親は烈火のごとく僕を叱り付けた。
それまで抱えてきたものが、限界になった。僕は父親を殴りつけ、家を飛び出した。
「私はね、もう全部嫌になっちゃった」
「…僕も、だよ。もう頑張るのは、疲れた」
「…じゃあさ、賭けをしない?」
「賭け?」
明里は立ち上がった。街路灯の薄明かりが、頬の痣に触れる。
「あと五分、あと五分だけ、流れ星を待とう。もし、流れ星が見れたら、このまま二人で逃げちゃおうよ!」
「…見れなかったら?」
「そのときは…あきらめて帰ろうか。嫌だけど」
僕も立ち上がった。明里の横に立って、空を見上げる。雪さえも降らない、冷たい夜。そこに、取り残されたみたいだ。
「いいよ、待ってみよう。五分だけ」
あと五分。そうすれば今日が終わり、明日が来る。

僕たちは、黙って空を見上げていた。
逃げる当てがあるわけでもない。頼れる人間がいるわけでもない。僕たちの未来なんて、もうどこにもない。
明里の頬に触れてみた。昔から知っている彼女より、随分と痩せた。実の父親が他界したあとよりも、今のほうが苦しそうに見える。
「…なんか恥ずかしいから、やめてよ」
明里は笑い出した。
「ごめん。…ねえ、明里」
「なあに。真面目な顔して」
「僕さ、頑張って働くところを探すよ。アパートも見つける。君に悲しい思いはさせない。だから、流れ星が見れなくても…」
「あっ」
明里が空を指差した。見ると、幾つもの流れ星が、空を駆けていた。
「見れたね」
そう言って笑う彼女が、僕はずっと大切だった。明里が、僕の右手をとった。
「行こう、孝之!」
僕たちは線路に降りて、走り出した。
「孝之、さっきの続き、聞かせて」
振り返る彼女の顔に、僕たちには似合わないほどの希望が浮かぶ。

僕たちはきっと、終わりに向かっていく。それでもいい。この手を離さずにいられるのなら。隣に君がいてくれるのならば。
空に数多の光の筋。月のない星月夜。
終わりまで、ふたりで逃げよう。


#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画に参加させていただきます。これで合ってるか不安。


余談だが、流れ星は一度だけ見たことがある。「金、金、金」と三回言おうとして思いっきり舌を噛んだ。罰が当たったのだろう。

今回の作品には一応モチーフにした曲があるのでご紹介。
関取花「逃避行」
フジファブリック「銀河」
どちらも素敵な曲。是非聴いてみてほしい。

最後に、「明里」という名前は我が推し・日向坂46の丹生明里さんから。ありがとう我が推し。


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ナル
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