【短編】ふたりの。
見上げた空は白く濁っている。雪が瞼に触れた。
あまりにも冷えた冬の空気に、少しだけ笑いがこみ上げた。残酷だ。世界はいつだって残酷だった。
私の名前を呼ぶ声がする。今は聞こえるはずもない、あの澄んだ声が。
同じ名前が、私たちを繋いだ。そうして出来た絆を、私は今も探している。
海を見下ろしながらあの場所へと歩く。はしゃいでいた君を思い出す。
あのときは桜が綺麗に咲いていた。花びらが舞っていたあの場所にも今はきっと、真っ白な雪が降り積もっている。
もうすぐ世界は、その活動を停止する。
国連からその発表があったとき、私が考えたのは君のことだけだった。長く続けてきた仕事や叶いかけの夢をすぐに放り出して、私は君を探す旅に出た。
君が私に送ってくれた数枚の絵葉書。そこに書かれた場所を探した。この港町は、最後の一箇所。
そして、世界が停止するまであと僅か。
岩場にある展望台に立った。
かつては賑わったであろうこの場所にいるのは、私一人。空を鳥が翔けて行く。ミサゴという鳥だと、説明書きを見て初めて知る。
「…会いたかったな」
容赦なく降り積もる雪が、私の思いをかき消していく。海も鳥も、私も、もうすぐこのまま停止し、保存されるという。
何のため、誰のため、どうして?
きっと誰もそれを知らないまま、世界は静かに終わるのだろう。
モノクロの世界。
そこにいるのは、私一人。
同じ名前を呼び合った君を、見つけ出したかった。
私はしゃがみこんだ。泣いたって喚いたって、誰も私を見つけない。
君を見つけ出すつもりでいた私は、君にずっと見つけてほしかったんだと、今気付いた。
「帆夏…」
口にしたその名前は、私のものであり君のものだった。もう一度だけ会いたかった。世界が終わる前に。この心が停止する前に。
地面に影が差した。
見上げてみると、傘をさした君が笑っていた。泣きはらした赤い目で、昔のように笑っていた。
「…ごめんね。ごめんね」
君が何度も繰り返す。私は立ち上がって君を抱きしめた。君はその拍子にバランスを崩し、二人で雪の上に倒れこんだ。
「帆夏、帆夏…」
私たちは泣いた。お互いの名前を呼び合いながら。
やっと、やっと会えた。大好きな、大切な私の友達。
「このままじゃ、泣いたままで保存されちゃうよ」
君がそう言って、涙を拭った。私はそうだね、と言って涙を拭った。寄せ合っていた身体を、そっと離した。
私たちは雪の上に寝そべったまま、手を繋いで空を見上げた。見上げた空を、先ほどのミサゴが飛んでいく。
「…帆夏、出会ってくれてありがとう」
私たちは同じ言葉を口にした。顔を見合わせて、大声で笑った。
お互いの手をより強く握った。
この世界が終わるのなら、停止するのなら。
これからも、二人で手を繋いでいよう。
了
あとがき
この作品は、上記2作品
『アルストロメリア』
『アルストロメリア・Reverse』
と同じ世界を描いている。世界が停止する間際の人々を描いた。
人間がそのときに選ぶのは、愛なのだろうか。友情なのだろうか。
僕は、その結論を出せずにいる。だからこそ、この小説を書いた。
気に入っていただけたら幸いである。
なお、作品中の『帆夏』は日向坂46の平尾帆夏さん、及び元日向坂46の岸帆夏さんよりお借りしました。
ひらほー。あなたはどこまで行くのだろう。年々進化している気がするのです。曲も作れるとかすごすぎやしないか。個人的には小坂さんプレゼンツのゲーム実況動画のひらほーさんは伝説。「ライトは禁止」からの流れで毎回笑う。これからも応援しています。
きしほ。MVであなたの姿を見るたび、どうしているのだろうと思う。元気でいてほしい。僕は、あなたの歌声も空気感も大好きだった。僕にとって今でも、あなたは大切な人に変わりない。どうか、心穏やかな毎日を過ごしてほしい。これから続くきしほの毎日が、優しくあたたかい日々でありますように。
寒い冬が来た。ふたりともお体に気をつけてほしい。
ちなみに作中の展望台は、岩手県の北山崎展望台をイメージしている。作中の季節とミサゴを実際に見れる時期にラグがあるが、崩壊しそうな世界ということで大目に見ていただきたい。
『アルストロメリア』から一連の作品には共通のテーマソングを勝手に決めている。それがこちら。
秦さんの歌で一番好き。
僕の稚拙な作品にはもったいないほどの名曲なので、聴いていただけたら幸いである。
久しぶりに北山崎に行きたくなった。あそこは冬も楽しい。まめぶソフトって今もあるのかな…?