To You【うたすと2】
「新作の作画を別の人間に任せたい」と河田くんが言ったのは、秋とは呼べないくらい暑い日のことだった。
空には綿あめのような積乱雲が浮かび、蝉が弱々しく鳴いていた。明日にはきっと死ぬんだろうな。私はそんなことを考えていた。
「…『Simply』名義での活動は、辞めるの?」
「違う。明里とはまた描きたいと思ってる。これは…挑戦なんだ」
「…そっか」
ぬるくなったコーヒーを飲み干して、私は外に出た。
『Simply』というコンビで漫画を描いて、10年になる。二度の打ち切りを乗り越え、先日まで長期連載をしていた。その作品『シンパシー』はアニメ化もされ、私たちの代表作になった。これから、更に活躍するはずだった。それなのに…。
「…違う人と組むの、いやだなあ…」
アシスタントをつけず、二人でやってきた。私がメインの作画、河田くんが原作と補助的な作画を担当し、月刊雑誌での連載だった。
私たちが「そういう関係」になるまでは意外と遅かった。高校の漫画部からずっと一緒。四六時中顔を合わせていた私たちは、『シンパシー』のアニメ化とともに付き合い始めた。
この関係も、終わるのだろうか。
ため息をつく。遠くで救急車のサイレンが鳴った。
私が一人で新作を描くことを決めた頃、河田くんから連絡があった。
「来月の雑誌に読切が載る。必ず見てほしい」
私は返信もせず、作画を続けた。この新作で、一人でもやっていけることを証明しなければいけない。『Simply』の時とは違う、ダークファンタジー。必ず、成功させてやる。
完成させた作品は、連載会議を通過しなかった。
私はぼんやりと、街中を歩いた。河田くんがいないと、私は認められないのか。私だけでは、この世界を生きていけないのか。
答えは自分でもわかっていた。
二人で相談して生み出したのが『シンパシー』だった。彼の作る話に合わせた絵だった。私の何気ないイラストから生まれた話だった。
漫画の世界を生きていく。そこに彼がいないことが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
そして、何気ないことを楽しく話せるたった一人のパートナーがいないことが、こんなにも哀しいとは思わなかった。
コンビニに立ち寄る。おいしいものが忘れさせてくれるかもしれない。
雑誌コーナーに河田くんの読切が載った雑誌があった。つい手に取る。タイトルは『To You』。
作画は大御所の漫画家。私たちのことをよく知ってくれている人だ。
作品紹介には連名で「たったひとりのあなたへ」とある。
読み進めていくうちに、既視感があるのに気付いた。
漫画家を目指す一組の男女。高校の漫画部で出会い、在学中に連載にこぎつける。二度の打ち切りを乗り越え、長期連載がアニメ化する。
「これ、私たち…?」
物語は、一度コンビを解消した男女の再会、そこで男がプロポーズをする場面で終わる。その場面の背景は、まるで私たちの仕事部屋。
私は雑誌を買って、走り出した。冷たい風が、汗を乾かしていく。頬を伝うのは、汗のはずだ。
仕事部屋の扉を開けた。
『シンパシー』のアニメポスター。
河田くんがいつも流していた交響曲。
いつものように仕事をする、あなた。
「…河田くん」
跳ねるように顔を上げたあなたを、私は抱きしめた。
了(1318字)
#うたすと2
参加しています。
あとがき
『河田』『明里』はそれぞれ、日向坂46の河田陽菜さん、丹生明里さんよりお借りしました。おみそしるよ、どうか永遠であれ。
かわだっち。可愛さが爆発するときあるよね。この世の『可愛い』を一挙に担う瞬間があるよね。これからもずっと応援してます。あと、これからも丹生ちゃんを好きでいてね。おみそしるでいてくれて、ありがとう。
にぶちゃん。我が永遠の推し。卒業したってずっと応援している。にぶちゃんに救われてここにいるんだ。にぶちゃんの笑顔が、僕を生かしているんだ。あなたがいたから、こんなに日向坂を好きになった。ありがとう。どうかずっと幸せでいて。ずっと大好き。
これ以上この二人の話を書くと字数足りなくなるのでやめる。愛があふれてしまう。
こちらの曲が基になっています。
前回こちらの曲を基にした『惑星開発』とは、かなり違う作品。これはこれで好きな作品になった。創作する側の話。親近感はあるけど、僕にこんなパートナーはいない。だからなんだ、って?
悲しいってだけさ、気にしないでおくれよ。
最近精神的にしんどい日々が続いていて、ボケのスキルが落ちている気がする。平穏な日々が続いてほしい。幸せをくれよ。
以上、あとがき終わり。気に入ってくれたら嬉しい。