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かくれんぼ(三)

ばんとの遭遇の後、源はすぐさま長老の自宅に戻り、事態を説明した。同席した雪枝は黙って聞いていたものの、村人たちの狼狽は凄まじかった。
「…あの万という老人、相当の手練れです。仮に村総出で立ち向かったとして、勝てるかどうか」
「源さまがそれほどまでおっしゃるのならば」
雪枝はすっと立ち上がり、村人を掻き分け源の前に立つ。
「私を差し出せばいい」
「そんなこと…できるはずがない!!」
「ならば、私はここを去ります」
「…なんと」
「さすれば、この村が襲われることもないでしょう。私の命はもう、あと僅かしかない。殺されることなく、この命が消えるまで身を隠せばよいだけです」
村人たちがざわめいた。宗太が立ち上がり叫ぶ。
「だめだ!」
「…宗太」
宗太は雪枝の手を掴み、言う。
「行かないで…お願いだから」
下を向いた宗太の肩は、小さく震えている。村人たちは困惑した様子で、宗太の肩を抱いた。

「…立ち向かいましょう」
それまで目を瞑っていた長老が、静かに口を開いた。立ち上がり、宗太の顔を覗き込む。
「宗太や」
「…はい」
「みんなに、宗太の命のことについて話をしてもいいかい」
「…はい」
「源さま。あなたがここに来た理由も」
「ええ、構いません」
長老は源がここに来た理由を話した後、宗太のことを話した。体の弱かった宗太が元気になったのは、雪枝が命を分け与えたからだということ。そして、それにより雪枝は消えてしまうということ。
雪枝が今もなお宗太に命を与え続けていることは、源は話さなかった。宗太にそれを伝えるべきではないと判断したからだ。雪枝が源を見て安心した様子だったことからも、話さずにいてよかったのだろう。

「…というわけだ、村の衆。共に戦ってくれるか」
長老の言葉を聞き、村人たちは雄叫びを上げた。それぞれが自宅に戻り、武器になりそうなものを探し始めた。
長老は源の前に座り、頭を下げた。
「…改めて。巻き込んでしまい、申し訳ありません。ですが」
「もちろんです。もとより、共に戦うつもりです」
源は銃を握る手に力を込めた。雪枝が長老の隣に座り、頭を深々と下げた。
「…宗太を、頼みます」
宗太はそれを聞き、すぐさま源に駆け寄り服にしがみつく。
「おじさん!俺のことはいいんだ。雪枝を、雪枝を守って!」
「安心しなさい。二人とも、守ってみせる」
そう言った源の手は、かすかに震えていた。


いたちは、万の後ろを走っていた。明日、あの村を壊滅させることになるだろう。それについては、何ら感情が動かなかった。だが、鼬にはひとつだけ、別の懸念があった。
「万さま」
「…何だ」
「『神の肉』を売る商人を、ご存知ですか」
万は立ち止まった。ゆっくりと振り返る。殺気というほど生易しいものではない。人を超えた気配が、辺りの空気さえ変えてしまったようだ。「…誰から、その話を聞いた」
「『神送り』から、です」
「…あ奴もお主も、耳ばかりがよく働く。そんなものは忘れよ」
万はそう言うと、再び走り出した。鼬はそのすぐ後ろを走りながら、目の前の怪物の何かに触れた気がした。


夜更け。源は宗太の叫び声で目を覚ました。
「おじさん、雪枝がどこにもいないんだ!」
「…まさか」
源はすぐさま身支度を整え部屋を飛び出した。長老が声をかけたのか、村人たちも既に集結している。
もう消えてしまったのだろうか。その可能性が源の頭をよぎった。
だが、少なくとも宗太にだけは何かしらの言葉を残すはずだ。ならば、『葬列』に―。
いや、宗太がこうして生きている以上、その可能性はなかった。源は考えを巡らせた。

そのとき、彼らがやって来た。

源はそれに気付くと、宗太の手をとって走り出した。長老をはじめとした村人に声をかけ、一箇所に集まる。狼狽した宗太の体を支える。
「宗太、宗太。しっかりするんだ。雪枝が行きそうなところを思い出せ。彼女を誰より知っている、君にしかできない」
「…俺、にしか?」
「そうだ。最期まで彼女を守れるのは、君だけだ。思い出すんだ」
源はそう言うと、宗太の前に立った。見ると、そこには既に『葬列』が集結していた。真っ黒い装束に身を包んだ一団の中から、小柄な老人が歩み出てくる。
宗太には、殺気だとか強さだとか、そういうものはわからない。だが、目の前のそれが恐ろしいものであることはわかった。雪枝のような偉大な優しさではない。もっと汚れた、醜い何か。
「…ここにはいないようだな。どこに匿った」
低くくぐもった声で、万は問う。源は銃を構え、にやりと笑う。
――好都合だ。こいつらもまだ、雪枝を見つけていない。
源は宗太を見て、小さく頷いた。
宗太は必死に考えを巡らせた。はじめて出会ってからのことを、急ぎ足で、だが丁寧に、思い返した。
「…あっ」
宗太の脳裏に、昨夜のことが思い浮かんだ。

(四)に続く



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ナル
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