【短編】宣戦布告
ぼんやりとラケットを眺めた。
粒高ラバーが貼られた日本式ペンホルダー。
時代遅れのペンホルダー。ましてや表面にしかラバーを貼れない、日本式。
粒高ラバーは、相手のボールに対し、不規則な回転がかかった返球をすることができる。その一方で自分から回転をかける事は難しく、強打にも適していない。守備的戦術には適しているが、使用する人は少ない。
要は『時代遅れの、少数派』。そういう風に作ったラケットを、僕は握る。フォアの素振りを二回。バックを三回。大きく息を吸って、長い時間をかけて吐いた。コートに入る。挨拶。相手のサーブを待つ。
高校最後の実戦、そして、僕にとって最後の卓球になるだろう。
地区大会個人戦。僕の二回戦の相手は、第一シードの選手。一年生の頃から全国大会常連の、いわゆる『王者』。
攻撃的なプレイスタイルで、ドライブの破壊力に定評がある。僕よりも大きな身体から放たれるドライブは、傍目から見ても恐ろしいものだった。
負けるだろうな。
僕は、地区大会で一度勝てばいいような弱小選手。
頑張ってきたほうだよ、なあ。
相手のサーブに対応しきれず、レシーブはネットに阻まれる。0-1。
相手の応援団から、割れんばかりの拍手と歓声。
つい下を見る。ぼろぼろになったシューズ。右足首のサポーター。二年前にした怪我はもう治ったはずなのに、外せないでいる。
頑張ってきたよ、頑張ったはずだよ。
再び相手のサーブ。レシーブは相手の読み通りのコースに入り、相手はドライブを放つ。ラケットに当てたが、返球ははるか上へと向かう。怒号のような歓声。0-2。
卓球のサーブ権は二点交代だ。次は、僕のサーブ。
ピンポン球を見つめる。
小学生の頃、忘れ物を取りに学校に戻った。
体育館から聞こえてきた声に興味をひかれ、国語の教科書を手に体育館に走った。そこで僕は、卓球に出会った。
毎日、ラケットとピンポン球に触れた。
体力がないことが悔しくて、誰よりも走った。
負けてばかりで悔しくて、自分の取り柄を探した。
恩師は『最後まで楽しくやれること』が、僕の取り柄だと言った。
スマッシュも、ドライブも下手だけど、レシーブし『食らいつく』ことだけは、諦めなかった、はずだった。
今の僕は、どうだ?
頑張った、頑張ったって、僕は誰に言い訳してんだ?
終わる前に、諦めてどうすんだ!
大きく息を吐いた。
目の前の『王者』を見る。
全国大会常連?
それでも、高校生だ。
強豪、最強、王者?
上等だよ。僕の取り柄は、たったひとつ。
誰が相手でも諦めないことだ。
吸い込んだ空気が、少し冷たい。
目の前の『王者』は、ただの高校生に変わっていた。
粒高ラバーの特性上、サーブでも回転をかけることは難しい。速球のサーブを、きついコースに打つ。
相手は回りこんでドライブを放つ。さっきまで震えるほど怖かったそれが、今は対処すべきものに変わった。バウンドが上がりきらないうちを狙って、相手の身体の中央付近に返球した。
再びのドライブ。相手が少しだけ体勢を崩した。ネット際に返球。相手は返すことができない。1-2。
「っしゃあああ!」
叫ぶ。これは意思表示。宣戦布告だ。
『僕はただで負けてやらねえよ』、そう叫んだのだ。
二回目のサーブ。
会場が静まり返る。僕の呼吸の音しか聞こえない。
ピンポン球を、上へと高く放る。
体育館の証明に照らされ、それは太陽のように輝いた。
了
あとがき
初スポーツ作品。卓球が好きなのでテーマに選んだ。
一応リドルストーリー風にしてみた。試合結果はご想像にお任せする。
個人的に、スポーツのドラマ性は『勝者』よりも『敗者』にあると思っている。いつかまた、そういう話を書こうと思う。
個人的に思い入れのある作品になった。色々やってみるのは楽しい。次は何を書こうか、わくわくしている。