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かくれんぼ(四)


「…あそこだ」
宗太はすぐに走り出した。何かに感づいたのか、その後ろを『葬列』が追いかける。源はすぐさま間に割って入り、銃を構えた。
「『神送り』、何の真似だ」
ばんの低い声が響く。源はその額に狙いを定めたまま
「…あの子を行かせてやれ。雪の女神が、それを望んでいる」
と言った。万はそれを嗤うと『葬列』に合図した。力ずくで押し通るつもりのようだ。
「そうはさせん!」
長老をはじめとした村人が、鍬や鎌を手に源の後ろに立った。長老が低い声で言い放つ。
「宗太の、二人の邪魔はさせない。たとえ、私たちがここで死ぬことになろうとも」

宗太は走った。雪枝にあげる駄菓子を選んだ店の角を曲がり、雪枝の住まう神社を横目に、あの丘へ走った。星を見に行こうと約束した、あの丘。
雪に足をとられ、宗太は顔面から転んだ。それでも、すぐに立ち上がり走り出した。雪枝を見つけなければ。
走り続ける宗太の心には、いつものように笑う雪枝だけがいた。


雪枝は、あのクスノキの後ろにしゃがみこんでいた。自分を見てにっこりと笑うその顔を見て、宗太はようやく自分の心に気付いた。
――俺、雪枝が好きだったんだ。
「…みーつけた」
宗太は、ようやく声を絞り出した。
「見つかってしまったね」
雪枝はゆっくりと立ち上がり、宗太を抱き寄せた。
「宗太、ありがとう。私を見つけてくれて。君に出会えて、本当によかった。最期を見られたくなくて、みんなに内緒でいなくなったんだ」
「…どうしても、消えちゃうのかよ」
遠くの方では怒号が響いている。村のみんなと源が、『葬列』を押さえ込んでいるのだろう。
雪枝はそちらを見てから、宗太の頭を撫でた。
「みんなが、私のために戦っている。ここで消えることが、私の運命さだめなんだ」
「…俺に、命を分け与えるため?それとも、朔太郎さくたろうのため?」
「…聞いていたんだね。昨日の話」
「うん」
雪は静かに降り続いている。怒号さえ止んだ真っ白な世界に、宗太の泣き声だけが響いている。
「俺なんて、俺なんて助けなければ…」
「こら、馬鹿を言わないで。宗太、泣いちゃだめ」
雪枝の声は段々とか細くなっていく。宗太を抱き寄せていた両腕の力は弱まり、顔からは生気が消えていた。
「朔太郎のためじゃない。私は、ただ宗太のことが……」
「…雪枝?」
冷たい風が吹いた。降り積もった雪が巻き上げられ、地吹雪となった。
それが止んでから、宗太は目を開けた。雪枝の姿は、もうどこにもなかった。
宗太は辺りを見回して、雪枝の名を呼んだ。何度も、何度も叫んだ。長い時間そうしてから、白い雪の上に蹲って、泣いた。


「…消えたようだ」
万が呟いたのを合図に『葬列』は一斉に武器を収めた。源と村人たちは警戒を解くことなく、武器を構えている。
「『神送り』よ。貴様にはまた会うことになるだろう」
万はそう言うと、踵を返した。
去っていく『葬列』の中から、いたちがこちらに向かってくる。源は彼に狙いを定めた。
「…源さん。話がある」
銃口を向けられたまま、彼は言う。先日の軽薄さは消え失せ、その目には怒りが宿っている。
「…何だ」
「あんたの言ってた『神の肉』のことだ。おそらくだが、『葬列』の中に関与している人間がいる」
村人たちがざわめく。源は鼬を見据えたまま
「根拠は?」
と尋ねた。
「…まだ確証はない。だけど、信じてほしい」
源はため息をついて、銃を収めた。
「…僕としても、許せることじゃない。だから、秘密裏に調べてみようと思う。あんたの力になりたいんだ、どうしても」
「…無理はするな」
源がそう言うと、鼬はいつものように笑って、去っていった。


源たちは宗太を探した。
降り積もる雪の上で泣いている宗太を見つけたのは、神社から北にある丘の上だった。
「…宗太」
源が声をかけると、宗太は立ち上がった。
「……おじさん。俺さ、生きるよ」
真っ赤に腫れた目で、源を見据えた。
「…ああ、生きよう。何度も訪れる冬の度に、雪枝に会えるさ」
宗太は目を見開いてから、ぽろぽろと泣き出した。そうして、雪枝がくれたお守りを握りしめた。


「もう行くのですか」
長老が言う。村総出での見送りは嬉しかったが、そこに宗太がいないことを源はひどく寂しいと思った。
「ええ、急ぎたいので。ですが、宗太は…」
「ああ、心配いりません。源さまに渡したいものがある、と言っておりました故、もうすぐ来るかと」
そのとき、遠くから宗太の声が聞こえた。走ってくるその姿は、元気な少年そのものだった。
「源おじさん、これ」
息を切らした宗太の手元には、雪枝からもらったお守りがあった。
「…これは、君のものだろう」
「いいんだ。これからのおじさんの旅路を、雪枝が守ってくれるはずだよ。それに」
雪枝なら、ここにいるよ。
そう言って宗太は、自身の左胸に触れた。二人で生きる命に、触れた。


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ナル
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