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VBR【うたすと2】

図書ブースに並んだ、数多の本。
どれを今日の相棒にしようか。先ほどから悩んでいた。
視界の片隅にあった一冊の本『風雷の歌』。ぱらぱらとページをめくってみる。今日は、ここに行ってみることにした。

VBR装置に『風雷の歌』をセットする。
VBR(Virtual Books Reality)。本の内容を装置に読み込ませることで、その世界をリアルに体験できる、最新鋭の『読書』だ。音声で読み上げるだけではなく、VBRの中に、その本の世界が構築されるのだ。

作動音がする。0と1の羅列が、本の世界に変わっていく。


私は海に立ち尽くしていた。
潮水が足裏を撫でている。土とは違う感触のそれを確かに踏みしめて、私はそこに立っていた。

『風雷の歌』


VBRは数多くの装置を体に取り付けることで、感触や温度、風さえも実際に体験できるようになっていた。僕の頬に、冷たい雨が風に乗って運ばれてきた。


稲光を美しいと思うのは、あの凶悪さがもたらす恩恵のおかげであろう。
地を焼き、人を焼くそれが、今は私の味方なのだから。

『風雷の歌』


稲光の度に、耳をつんざくような轟音がする。
多くの断末魔が聞こえる。『私』の敵が稲妻に焼かれているのだろうか。僕の頬は自然と持ち上がる。どうしてだろう。


「課長、7番ボックス異常です!」
管理室内にはアラームが鳴り響いている。
「どうした?」
「『VBR侵食』と思われます」
課長――影山は舌打ちをした。
「またか。今年に入って何件目だ?」
「緊急停止しますか?」
「ああ、頼む」


警告音が鳴っている。その後で音声案内。
「7番ボックスの利用者様。私、担当の影山といいます。そちらで『VBR侵食』と思われる事象が発生しています。こちらから緊急停止をいたします」
残念だなあ。僕はがっかりした。これから盛り上がるはずだったのに。
僕は、影山という人に返事をしようと口を開いた。

「もう、この小僧は返さんよ」

口をついた言葉は、誰のものだったのだろうか。


「課長!侵食『フェーズ2』です!」
「まずい、すぐに緊急停止!」
影山がスイッチに触れようとしたとき、7番ボックスの男が笑った。
「無駄だ、無駄だよ。もうこの小僧はもらった」
「…『風雷の歌』、主人公ジャックか?」
「いいや、違う」
7番ボックスの映像が乱れる。
他のボックスでもアラーム音。影山はすぐに緊急停止ボタンを押すが、どれも作動しない。
「…何をした!」
「本を愛した者たちの身体を、貰い受けた」
全ボックスの利用が強制解除された。影山はモニターを確認する。
利用者は皆、全く同じ顔の男になっていた。影山はその顔に見覚えがあった。
「『風雷の歌』作者……ダグラス・F・フォックス…か?」

「やっと、この日が来たか」
男たちは声を揃えて言う。
「VBRというものを本の中から知ったとき、これだと思ったよ。私が甦るにはこれしかない、とね」
「…何をするつもりだ?」
影山が尋ねると同時に、外では雷鳴が響き始めた。
「私は、神になりたいのだよ。本を生み出す神ではなく、この世の神に。」
男たちが手を繋ぐ。稲妻のような光に包まれ、彼らは消えた。

了(1258字)

#うたすと2
こちらに参加しています。

あとがき
こちらの曲を基にした作品です。


ちなみに、『影山』は、元日向坂46・影山優佳さんから。
かげちゃん。卒業後もさまざまな分野で大活躍していることが、とても嬉しい。クイズにサッカーに、タレントに女優。すごすぎるよ。『ハコビヤ』も『春になったら』も大好きなドラマになった。これから、更に活躍するんだろうなあ。ずっと応援しています。

さて、どうだろうか。すごく不穏な終わり方にしてみたのだが。
ダグラス、このあと何をするつもりなの…?と訊かれても、答えは神のみぞ知る(上手いこと言ったつもり)。
作者が本の中で虎視眈々と、甦ることを狙っていた。考えようによってはものすごいホラーではあるが、文章にはやはり、何らかの想いが残るのかもしれない…。

さて、

この『VBR』で、僕の『うたすと2』参加二周目が無事終わりました。

おかわり参加、想定していたより大変だった…。一周目のネタと被らないようにするだけで必死。とても楽しかったから、苦にはなっていないけれど。書くのはどれも楽しかった!

ここからは、皆さんの作品を楽しむことに注力する予定です。もう一度読んでコメントしたりする…かも。
書きたくなったら、三周目がある……かも。

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