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オグナ 小説(1)

プロローグ

 波の音が大きくなった
木々の間から波打ち際に佇んでいるあの人を見つけた
ミズラを解いて髪を風に靡かせている
私はそれ以上近づくのをやめてその背を見つめる
この遠浅の海のほとりに居を築いてからどのくらい経ったのだろう?
父があんなにあっさり許可するなんて、あの人にこんなに惹かれるなんて全然思ってなかった
だってあの人…
まったく、
まったく、
顔が良いんだから!

あの人は大王(オオキミ)の息子、小碓命(オウスノミコト)
あるいはオグナ
倭男具那王(ヤマトオグナノミコ)
オグナは幼名だけどあの人はそう呼ばれるのが良いみたい
お父さんの位が高ければお母さんも位が高い、やばいほど正統派の皇子さま
熊襲タケルを破って、出雲タケルを破って、今度は東征して帰ってきた
ヤマトタケルの名を冠されたとんでもない軍神

私は尾張の国造(クニミヤツコ)の娘 宮簀(ミヤズ)
私だって血統は良い
天火明命(アメノホアカリ)の血筋でオトヨは私の父だ
ただ都からは遠い尾張の地(つまりど田舎)の国造の娘
あの人には奥さんも子どももたくさんいるってことも知っている
そのうち都に戻ってしまうことも知っている
それにこの婚姻は政治的なものだということもわかっている
わかっているよ
常なら絶対惹かれたりしない
めんどくさい人はお近づきになりたくない
はーっ、大きなため息をひとつ
あの人は海を見ながら何を思ってるのかな?
あの人のために犠牲になった姫のこと?
いや、十中八九、大王の事だろう
まーた、性懲りもなく愛してもくれない父親の事が恋しくてぐずぐず思い悩んでいるんだろう
あの人の苛烈で冷酷なんて噂、ほんと嘘
暗くて寂しがりで甘えたがり
どうしたらあんなに歪んでしまうのかしら
あんなに見目も良くて血筋も良くて頑強な身体を持っているのに卑屈で暗くて
いっそ嫌味だとしか思えないわ
私の悪口を含んだ熱視線に気がついたのかあの人が振り返る
途端に嬉しそうな顔をする
「アネコ」
あの人は私のことをアネコと呼ぶ
近づいてくるあの人の笑顔は震えるほど私の好みのど真ん中
どうしよう顔が赤くなっちゃう
深呼吸、深呼吸、
平常心で
オグナは少し早足で近づいてきてふんわりと私のことを抱きしめた
「アネコ、迎えに来てくれたの?ありがとう」
少し頭を下げて耳元で囁く
私もふんわりとオグナを抱きしめる
「うん、一緒に戻ろう。」
オグナは抱擁を解くと手に持っていたものを私に見せた
「見て、凄いの見つけた。」
掌には握り拳大の透き通った石
「え、これ、玻璃(水晶)?嘘、凄いデカい」
受け取った私は日にかざして見る
波に削られて丸くなったソレは乾いて少し白くなっていたけれど十分キレイだ
私はオグナにその石を返す
「水に浸かっている時はもっと綺麗だった。磨いたらどうだろうか?」
「え、私ここに住んでいるのにそんなの見つけたことない。それ、とんでもないシロモノだよ。」
「そうなの?じゃあこれはキレイに磨いてアネコにあげる。」
さらりと言ってしまう
「でもそれなんなら鏡とかとも交換できそうだし。」
「鏡が欲しいなら鏡もあげるよ。」
「そういうことじゃないんだけど…」
「私は私の妃を甘やかしたい。アネコはあんまりにも物欲が無さすぎる。」
オグナは眩しすぎる笑顔を私に向けた
「仮にも尾張の大連(オオムラジ)の惣領姫なのにどういう事なんだろう?オトヨに聞かないといけないな。」
急に顔をしかめて父親の名前を言う
「やめてくださいね、言いがかりです。父が驚いてしまいますよ。」
私が少し慌てて言うとオグナはニヤリと笑い
「じゃあやめておこう。その代わりに。」
オグナは右手で私の髪を耳に掛けると頬にそっと添えて唇に唇を重ねた。

ちょっと名称を変更しました

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