異人館の神さま(1) 小説
1 それは小さい頃のお話
付喪神 《九十九神》
長く生きた依り代に神や霊魂などが宿ったもの
荒ぶれば禍をもたらし、和なぎれば幸をもたらすとされる
かつてはたくさんの付喪神がそこかしこにいて人をたぶらかしたものである。
新月の事だった
月はその存在を隠し 暗く闇に沈む部屋
誰も居ないその部屋にひどくかすかに聞こえる笑い声
クスクス…クスクス…
クスクス……
…フフフ
2 名前を呼んで
パンパンに膨れたバッグを肩にかけ
トランクを引きずりながらふと空を仰ぎ見る
あっついなあ
どこまでも青い空 真っ白い雲 濃い影を落とす街路樹
まだ六月だというのにすっかり夏の色合い
初対面で好印象を得たいための肌にあう黒いワンピースは汗のため裏地がぺっとり張り付いて嫌な感じになっている
まるで家出娘のようないでたちに電車の中で2回、駅で一回 変なおじさんに声をかけられた
あああっ、もうっ
大きなため息をひとつ
目的地と思われる方向に目を向けるとまた歩を進める
あー、トランク重いっ
徒歩10分て誇大表現じゃん
駅からもう20分は歩いている
時計確認したわけじゃないけど絶対っ
もう見えてもいいころじゃない?
かれこれ10分くらい板塀の横を歩いている
塀の向こうはうっそうとした森になっているようだ
それにしても うううっ
あんなにいい子にしてたのに お婆ちゃん、なんで?
突然降ってわいた身の不運になすすべもなく従うしかない自分の無力さを
父親が死んだ時も
母親が出て行ってしまった時も
今日ほど切ない思ったことは無かった それはまだ小さかったせいでもあるけど
あっ
板塀の途切れた先に横に入る入口がありそうだった
私は重いトランクを引きずりながらそこに向かって走った
だけど見えてきたのは森の中に通じる一本の道だけだった
ここ公園?
道の脇にある朽ちた石柱にかろうじて読める文字を確認してまたこみ上げる絶望感
「嘘だろーっ」
私が中学を卒業した3月
小さいころから面倒を見てくれていたお婆ちゃんが突然言った
「もうじきこの家は市の持ち物になる お前は神月家の養女になった」
「ん?!なに?えっと…?」
「お前の母親になる神月みさとちゃんは私の幼馴染でと~っても話が分かるいい子だから大丈夫」
「え、だって高校はここの近くに決めたのに?お婆ちゃんはどうするの?」
「私は老人ホームに入る
細子、もう義務教育は終わったんだからお互い独り立ちしよう」
話をまとめるとこうだ
実はいいところのお嬢さんの私
豪奢な築100年越えの洋館にお婆ちゃんと二人で暮らしていた
ふとした拍子に階段の踊り場の手すりが折れた
しっかりとした造りとはいえ よる年月にはかなわない
老朽化がめだってきて補修することになった
お婆ちゃんは近所の大工さんを呼んだ
そこでは扱えない 特別な技術が必要ーーなんだそうで
で、特別な大工さんを呼んだら 見積もりだけで法外な値段
蔵の外装の漆喰を塗り替えるだけで5,000万円とか言われたそうで
親から引き継いだ遺産があるとしても個人でこの洋館を支えていくことはもう無理だとあきらめてしまったらしい
なくなってしまうのもさみしいと市に寄付することを決めたんだと語った
…、でもなんで養女?
それは長いことペンパル(文通相手)だったみさとさんに愚痴ったら
面倒を引き継いでくれると
家にも面倒な孫が居るからその子の面倒を見させれば私の手間も減るしって
な感じで手打ちになったらしい
確かにもう70代のお婆ちゃんにいつまでもお世話になっているのも心苦しかった
小さい孫の世話くらいで役に立てるのならそれでもいいか、と
納得してしまった私が居た
つづく
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