アルタイル 七夕物語
カササギ
ーー織姫と彦星はカササギの作った橋の上で年に一度会うことができるーー
珍しいモノが手に入ったとカササギが訪ねてきた
今日は雨なので気を使ったんだろう
7月7日
今日は年に一度
彼女に会える日だった
…織姫
気持ちを振り払うように頭を振ると
「よく来たね、どうぞ。」
土間で草履についてしまった泥に辟易しているカササギに水の入った桶を渡す
「雨、ひどいかい?」
「ん?そうでもないよ。でもやみそうにはないな。」
残念そうにカササギは言った
「大丈夫、こんな事はしょっちゅうだから」
手ぬぐいを渡し、奥へ
「なんだい、珍しいモノって」
木の廊下を歩きながら質問する
「なんでもいいから大き目の盃か茶碗…茶碗のがいいか、二つ持って来てくれ」
外に面した畳の上にどっかり座り
カササギは持っていた風呂敷包みから細長い瓶に赤黒い液体の入ったものをだした
流しに取りに向かうと後ろから
「あー、なんかツマミがあるとイイなあ」
という声が追いかけて来た
ワガママな奴だな そう思いながら近所のお節介おばさんがくれた漬物と川魚の佃煮を多めに皿に盛った
「彼女は、元気?」
目が合うと思いが全部ばれてしまいそうだから外したままカササギに問う
「元気だよ、毎日忙しそうにしているよ。君と同じだ。」
縁側の向こう庭の先には天の川が流れている
木に遮られていて今日は雨にけむって霞んでいる
水量が多いな
差し出した茶碗に瓶の中の少しドロリとした液体を注ぎ入れる
もう一つに同じように注ぐとひとつを渡す
「ワイン、というお酒だよぶどうを発酵させて作るらしい」
「果実酒か さほど珍しいモノでも無いだろ?」
茶碗を持ちあげて匂いをかいでみる
甘ったるい匂いだ
カササギは目の高さまで上げて見せる 乾杯のつもりらしい
口をつけてみる
渋い、なんだコレ?
向こうでカササギも顔をしかめている
渋かったらしい
「うわー、なんだコレ!まっずー!」
うーん、確かにそうだ。でもどうせ高いものをわざわざ買って来てくれたのだろうから
「そうか?そうでも無いだろ?」
もう一口飲んでみる。やっぱり渋い
もう一口飲んでみる。やっぱり渋い
もう一口飲んでみる。だいぶ慣れてきた
そんなぼくをみてカササギももう一口飲んでみる そして顔をしかめる
そんな事を重ねる内に酔いが回り
僕はつい、カササギにこんなことを聞いてしまう
ベガ
ーー織姫は外見にあまり気を使わないタイプだったらしい
…彦星に逢うまではーー
ぬるい風がふいた
まだ早い時間なのだが侍女に蒲団に押し込まれた
部屋の隅にひとつだけ燭台に細々と火が灯って居るのは来客を待っているから
ため息をついて寝返りをうつ
上掛け替わりに掛けている薄手の衣を自分の身体に巻きつける
そうすると少し落ち着いた気がした
襖は開け放たれている
川が近いので虫が多い、蚊帳が吊られていて
丸見えにならないように几帳が立ててある
今日何度目かのため息をつく
こそこそと何かを話している声が聞こえた
「遅い、遅いですわ、カササギ!
床に就くまでには戻るって言いましたよね?」
衣を頭の上まで引っ張り上げて相手からは顔が見えないようにする
「すみません、織姫さま
というか、姫さまが床に就くのがいつもより早いのですよ」
ため息混じりの反論をしたのは待っていた通りの人物だった
「う、る、さ、い!
ねえ、私のひーくんは元気だった?どうせ会って来たのでしょう?」
衣を跳ね飛ばし蚊帳の外にいるカササギのところに近づく
「ひーくん? 彦星のことですか?
相変わらず、そんな言葉どこで覚えて来るのでしょう?
困ったお姫さまですね 天帝が嘆かれますよ」
優しく微笑み 持っていた風呂敷包みから畳まれた布のような物を取り出す
「はい」
蚊帳をくぐらせて渡された物はキラキラした丸いものをたくさんつけた布でできた何かだった
「あなたのひーくんからの贈り物ですよ。
キラキラしてあなたを思い出したから、と 彼は元気でしたよ」
「今年は会えなくて残念ですね、来年またお会いしましょう そう言ってました」
受け取ったものを見てまたため息が出た
「あいつ、私を何だと思ってんのかしら?
私は織姫、織女なのよ。なんで布が贈り物なの?馬鹿なの?」
ぶっ、くすくす
私のボヤキはカササギに届いたようだった
押しころした笑い声は私をくすぐった
「私もそう言ったんですけどね」
抑えきれないように笑うカササギ
「あー、そうか。でもどうせだから、と」
なんとなく簡単にやり取りが想像できた気がした
ふふふ
はっ 息を飲んでカササギが問う
「笑いました?
良かった、笑いましたね。」
「ええ、ひーくんかわってなさそうで、つい。」
「…、
ねえ、カササギ、 彼は、苦しんでない?」
こんな生活にしてしまった私の父や私を怒って無いの?
そう聞きたい。
でも言葉にはならなかった
アルタイル
空になったワインが入っていた瓶がゴロンと転がった。
僕もカササギも少し酔ってしまったようだ
僕がさっき言ってしまった問いにカササギは困ったような顔をしている。
僕たちはそんなに許されないことをしてしまったのだろうか?
わかっている
僕と織姫は確かにいけなかった
僕たちはたくさんの犠牲を出してしまった
だけどーー
気が付いてしまったんだ
どれだけ時が過ぎようとも僕たちは許されない。
なぜなら年に一度織姫と会えることが僕たちの許しにされてしまったから。
その時から 僕は少しずつ違和感を感じ始めた
一年間罪を償うため、織姫を思い出さないようにするため、昼も夜も牛たちと過ごした
もう顔も思い出せない そう思っていたのに
7日の朝目覚めると、奇妙なほど織姫を想う自分が居る
なぜだ?
織姫に会える期待感からそうなるのだろうか?
本当にそうなのか?
この出会った時のような狂おしい感情が、
雨が降り会えないとわかった時の深い喪失感が、
本物の自分の感情なのか?
この苦しい想いを織姫も感じているのだろうか?
僕たちはそんなに許されないことをしてしまったのだろうか?
カササギは少し悲しそうに答えた
「ごめん、私にはその答えを出すことはできないよ。
ただ、どれだけ長い時間だろうと私は君と織姫のために時間をさくことを厭わない。」
そうか、カササギ、君にはわかっているんだね。
伝説になってしまった僕らには他の道なんてないことを
雨はさっきより強さを増して降りそそいだ