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泥だんご

あらすじ
ある日突然、家の郵便ポストに泥ダンゴが入っている。捨てても捨てても毎日入れられる泥ダンゴは、誰がなぜ入れるのか?やさしさから生まれた、ハートウォームな小さなミステリー。

本編

「泥ダンゴ?」
テレビを見ながら遅い夕食をとっているとき、妻の言葉を思わず聞き返してしまった。

「そう、泥ダンゴ。ここ何日か、夕方仕事から帰ってくるとポストの中に泥ダンゴがひとつ入ってるのよ。なんだか気味が悪くて」

「そんなのタカシが入れてるんだろう」
今年、小学5年生になる息子のことがすぐに思い浮かんだ。

「私もそう思って、タカシに聞いたけど、知らないって。嘘をついているようにも思えないし」

今年、中学3年生になるファッションに夢中の娘が泥ダンゴなんか作るわけないし。
「どこかの子どもがいたずらしてるのかなあ」

「これって、警察に相談した方がいいかしら?」と妻。

「まあ、そんな大袈裟にすることでもないんじゃないか。しばらく様子を見た方がいいよ」
私がそう言ったことで、妻も納得し、とりあえず様子を見ることにした。

翌日、仕事から帰ると、妻が早々に話を切り出した。

「今日、例の泥ダンゴの犯人らしき人を見たのよ。私が角を曲がって家の前を見たときに、家の門からちょっと薄汚れた格好をしたホームレスのようなおばあさんが出てきたのよ。周りをキョロキョロしながら、私と反対の方向に足早に歩いて行って、その後、ポストを見たら泥ダンゴが入ってた。きっと、あのおばあさんだと思う」
妻もポストに入れたところを見たわけじゃないので、とりあえず追いかけることはしなかったようだ。

「そうか、それなら明日の土曜日は休みだから、夕方、家の中からポストを見張ってみるか。もし、そのおばあさんが泥ダンゴを持ってきたら、その時に捕まえて、話を聞いてみよう」
と提案すると、リビングでテレビを見ていた娘のナギサが、

「なんかミステリーみたいだね」と言うと、息子のタカシは、
「刑事の張り込みみたいで面白そうだね。オレもやる」と言い出した。

土曜日の夕方、家族総出でポストの見張りを始めた。相手に気付かれないように、家の電気を全て消して、私と娘と息子はカーテンを細く開けたリビングの窓から様子を伺い、そこからすぐに外に出られるように靴を履いて待機した。妻は、玄関ドアの覗き穴から玄関前をチェックしている。

夕暮れで辺りが少し暗くなってきた頃、不意に門扉が開いて、妻が言うホームレスのような老婆が入ってきた。

その様子を見て息子が声を上げた。
「あ、トイレの花子ばあさんだ」

「私も知ってる、最近、あそこの公園のトイレに住んでるホームレスのおばあさんだよ」
と、娘によると、この辺りの中学生や小学生の噂になっていて、トイレの花子ばあさんと呼ばれているらしい。

その老婆が、抱えていた泥ダンゴをポストに入れるのを見定めると、私と妻はほぼ同時に外に出て、子どもたちがその後に続いた。

突然、家から人が何人も出てきたことに驚いた老婆は、慌てて門から逃げようとした。道路に出るところで少しよろめいた老婆の腕を妻が、パッと掴んだ。捕まえるというより、転びそうな老婆を助けるような仕草だった。

妻に続いて家族みんなが玄関前の道路に出て、老婆に問いかけようとすると、不意に背後から、
「かあさん」と呼ぶ声が響いた。

後ろを振り返ると、40代半ばぐらいの男性とその息子と思われる小学4年生ぐらいの男の子が立っていた。

その2人に気づいた老婆は、妻の手を意外なほどの力で振り解くと、男の子に駆け寄り腕を取り、仕切りにあやまり始めた。

「アキラ、ごめんね、ホントにごめんね。でも、アキラが帰ってきて、よかった。心配したんだよ」

「どうも、ご迷惑をかけているようで申し訳ありません」とあやまる男性。

なにか事情があるようなので、とりあえず、3人を家に招いて話を聞くことにした。

玄関に入ると、老婆は不思議そうな顔をしてあちこち見回している。

とりあえずお茶を出し、話を伺うと、その老婆は男性の母親でアルツハイマー病を数年前に発症し、いわゆる老人ボケになっているそうだ。普段は、奥様とヘルパーさんが家で介護をしていたのだが、たまたまちょっとトラブルがあり家を開けた時に、お母さんが1人で外に出て、行方不明になってしまったそうだ。すぐに警察にも届けを出し、周辺を探したのだが見つからず、かれこれ1週間以上経ってしまったらしい。お母さんのかかりつけの先生にも相談すると、もしかすると古い記憶が蘇って、それにより行動を起こしているかもしれないとの話を聞き、息子さんと2人でこの町に探しにきたという。

おばあさんの息子さんの名前はアキラさんといい、一緒にきたお孫さんはタクミくんと言うそうだ。2人は誰が見ても親子とわかるほどよく似ている。そのため、ボケてしまったおばあさんはタクミくんをよく小学生の頃のアキラさんと勘違いするそうだ。

私たちが、おばあさんがこのところポストに泥ダンゴを入れにくると言う話をすると、アキラさんは「なるほど」と、納得した様子でその昔に起きた出来事を話してくれた。

「実は30年以上前に、私たちはこの家に住んでいたのです」
アキラさん親子は、アキラさんが中学生になる頃まで埼玉県にあるこの家に住んでいたが、お父さんの仕事の都合により、神奈川県に引っ越したそうだ。

アキラさんがちょうどタクミくんぐらいの頃、近所の公園で友達と泥ダンゴを作って遊んでいて、その時作った泥ダンゴがあまりにも出来がよかったので、自分の部屋に飾ろうと思って、一旦、家に戻り、とりあえずポストに入れて、また、公園に戻ろうとしたらしい。その時、リビングにいたお母さんがその様子を見つけ、「ポストにそんなもの入れたら、新聞や郵便物が汚れるでしょう!」と言って、その泥ダンゴを花壇に捨てたそうだ。花壇の縁に当たって崩れた泥ダンゴを見て、思わずアキラさんは、「かあさんのバカヤロウ」と吐き捨て、公園に走り去った。一瞬家出をしてやろうと思ったアキラさんは、公園で一緒に遊んでいた友達の家に行った。そのお宅は共稼ぎで、両親とも帰りが遅かったため、夜の9時ごろようやく帰ってきた友達の母親に諭されて、家まで送ってもらったということがあったそうだ。

そんな話を聞いている横で、タクミくんの手を握りながら「アキラ、ごめんね、ごめんね」とつぶやくおばあさん。徐々にこれまでの様子を語り始めた。

「かあさんね、アキラが怒って走って行ってしまった後に、悪かったな、って思ったの。だから、あやまろうと思って公園に行ったんだけど、公園の場所がわからなくなってね。気づいたら知らない駅の前にいたのよ。どうしようってウロウロしてたら、親切な女の人が声をかけてくれてね。
とりあえず、ウチの駅の名前を言ったら、少し遠いですけど、この駅から電車で一本で行けますよ、って教えてくれてね。でも、切符の買い方が分からなくて、お金も持ってなかったの。そしたら、その女の人が切符も買ってくれてね。教えてもらった電車に乗って駅に帰ってきたの」

どうやら、親切な女性が、神奈川から埼玉まで最近直通でつながった特急に乗せてくれたためにここまで来ることができたようだ。

「駅に着いたら、すぐに公園に行ってね、アキラを探したんだけど、もう、暗くなってきて、公園には誰もいなくて、だから、アキラが帰っているかと思って家に戻ったの。そしたら、家は真っ暗で玄関も鍵が締まっていて入れなくてね。仕方がないから、また公園に来て、その時雨が降ってきたから公園のトイレで雨宿りしてたの。しばらくして、雨が止んだから、また家に戻ったら今度は電気がついていたんだけど、玄関がやっぱり開かなくてね。庭からリビングをそっとのぞいたら知らない人たちが家にいてね。かあさん怖くなってまた公園に戻ったの。なんだかわけがわからなくなって、トイレで考えたんだけど、そのうち寝ちゃったのね。次の日また家に帰ったんだけど、やっぱり鍵が掛かっていて入れなくて、また公園に戻ったの」

つまり、おばあさんは昔の記憶にタイムスリップした状態で、アキラさんを探し続けるために公園にいたのだ。

「かあさんそこで思ったの。アキラの大事な泥ダンゴを壊してしまったから、アキラもいなくなって、家にも戻れなくなったのかな、って。だから、かあさんが泥ダンゴを作れば、アキラが帰ってくるんじゃないかと思って、公園の花壇の土で泥ダンゴを作ってみたんだ。そして泥ダンゴをポストに入れたんだけど、泥ダンゴがなくなってもアキラは帰ってこなくてね。きっと、かあさんの泥ダンゴが下手くそだったからダメなのかなと思って。毎日、毎日、公園でいくつも泥ダンゴ作ったんだよ。そして、一番いいやつをポストに入れてたんだ。毎日作ってたら、かあさんわかったんだ。泥ダンゴを作るのってとっても楽しいね。どんどん上手くなると、ツルツルでキレイな泥ダンゴができてね。アキラがポストに大切に入れた気持ちもわかったんだよ。そして、今日の泥ダンゴが今までで一番上手にできてね。それをポストに入れたら、アキラが帰って来てくれたんだ。かあさん嬉しかったよ。アキラが帰ってきてくれて、とっても嬉しかったよ」

「かあさん」
「ばあちゃん」
話を聞いたアキラさんとタクミくんが、名前を呼んで思わす言葉を詰まらせた。

ウチの家族も皆、おばあさんの話に胸を突かれたようで、神妙な顔をしている。

アキラさんが、お母さんの身体のことを考え、タクシーで帰ることにしたため、タクシーを呼んだ。タクミくんの手を握り続けるお母さんをタクシーに乗せ、アキラさんは何度も頭を下げてからタクシーに乗り込んだ。走り去るタクシーをみんなで見送り、家に入ろうとした時、ふと、ポストの泥ダンゴが目に入った。

「確かにピカピカできれいな泥ダンゴね。記念に玄関に飾ろうかしら」と、泥ダンゴを手にして妻が言った。

「タカシは泥ダンゴ作ったことあるのか?」と私が聞くと、

「あるよ。結構楽しいんだよ」とタカシ。

「そうか、じゃあ明日の日曜日はみんなで泥ダンゴを作ってみるか」と言うと、

「えっ、アタシも?」とナギサがちょっと嫌そうな顔をした。しかし、
「まあ、でも、たまにはいいか」とすぐに笑顔を見せた。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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