「元P&G」人材の活躍から考える、 優れた人材、優れた組織をつくる方法
株式会社オーセンティックス 高田 誠
ここ何年か、「元P&G」の人材が、様々な領域の企業で活躍している様子がメディアで取り上げられている。私自身実際にP&Gで一緒に働いたことがあり、その優秀さを直接知っている人たちも多いので、「実力通り」というのが私の感じるところではあるが、特に最近は様々なビジネスに広がりを見せていて、「元P&G」の力で多くの企業が大きな成功を収めているのは見ていて嬉しい限りだ。
この様子を見て改めて感心するのはP&Gの人材育成力だ。こうしてスポットライトを浴びている人たち、重要なポジションでイノベーションを起こしている人たち、それが一人や二人ではないこと、つまり点ではなく面であること、これがP&Gの人材育成力を象徴している。
P&Gの人材育成力とは何なのか?
ウイリアム・プロクター氏とジェームス・ギャンブル氏が作ったプロクター・アンド・ギャンブルという親族経営のロウソクと石鹸の会社は、180年以上の時を経て、今や売り上げは世界で8兆円に及ぶ世界で最大の消費財メーカーだ。業績上、これまで多少の上がり下がりはあったにせよ、極めて順調に成長をしてきている。その間、どれだけの変化が生活や社会、業界にあったかは言うまでもないが、P&Gは発展を続けてきた。なぜそれができているかといえば、人材育成と人材力だ。
私は、1987年に新卒で、2010年までの二十数年、P&GでビジネスマンとしてのABCを学んできた。1987年当時P&Gは、日本法人を100%の子会社として本格的に日本の組織をつくるために採用と育成に力を入れ始めたころだ。日本の組織には欧米から優秀なマネージャーが私たちの上司として投入され、グローバルマネジメントと直結した体制で、私たちはP&Gのマーケティングとマネジメントのノウハウを徹底的に叩き込まれてきた。
90年代終わりから2000年代になると、重要なポジションを担う人材が育ち、その人材のリーダーシップで次々に商品をヒットさせ、日本のマーケットでもP&Gの存在感は劇的に高まった。そして、次の世代の育成ができる強い組織になった。 現在「元P&G」として様々な企業で活躍している人たちはこの時代のP&Gを作り支えた人たちであり、次の世代として力をつけた人たちだ。
では、P&Gの人材は何を叩き込まれてきたのか?そして次の世代に何を身につけさせているのか?
私はP&Gを10年前に退職して今まで様々な日本企業と関わらせていただいたことで、P&Gで鍛えられた人材の特徴がはっきりと見えてきた。大きな違いは、この3つ力を鍛えられていることであると私は結論付けている。
1.「重要なことを明確にする力」
2.「ノウハウを生み出す力」
3.「部下を育成し、組織をつくる力」
一つ一つを説明したい。
「重要なことを明確にする力」
「重要なことを明確する力」とは、どこにフォーカスを当てるべきか、何を徹底的にやっていくべきかを明確にする力だ。
多くの場面で陥るのが、いつまでたってもどうしたらいいのだろう、という話ばかりをしている、あるいは、何とかしようとして、いろいろなことをやっている、という状況だ。こうならないために必要なのが、その場面において「重要なことを明確にする力」である。これができることで、その場面において効果的なアクションを決め、動き始めることができ、結果、優れた成果を早いタイミングで生み出せる。
このビジネスを伸ばすためには何が重要なのか?
強いブランドとして確立するために、今、何が重要なのか?
このプロジェクトを成功させるためには何が重要なのか?
こうした場面で、重要なことを見つけて、そこにフォーカスをする。これをP&Gでは徹底的に訓練される。「元P&G」の人材が、P&Gとは違うビジネスの領域でも、その職に就いてすぐに物事を動かし、リーダーとして活躍できるのは、この力を高いレベルで持っているからだ。
では、どのようにして、この「重要なことを明確にする力」をつけさせるのか?
この力は、基本力を総合的に身につけなければいけない力なので、この力をつけさせるのは簡単なことではない。常に目的から考える習慣が要る。状況を的確に把握する力が要る。分析する力が要る。アクションをシンプルに整理する力が要る。場面やテーマも当然多岐にわたる。
これをP&Gではどうやっているのか?
一つは、「重要なことを明確にしなければ」という意識を持たせることを徹底的にやることだ。新入社員のときから、「重要なことを見つけて、重要なことにフォーカスをあてなければ成果はでない」ということを認識させる。日々の業務で「何が重要なのか」「これは重要なのか、重要でないのか」、といった、「重要なこと」を判断するための問を上司が頻繁に投げかける。この働きかけにより、本人は「重要なことを明確にする力」を身につけなければという意識になり、毎日のすべての場面がその力を身に着けるための訓練の場になる。
もう一つは、優先順位をつけたTo-Doリストを常に作らせることも大変有効な訓練になっている。一年の単位で、数か月の単位で、一か月の単位で、一週間の単位で、そして一日の単位で、自分が成果を出すために重要なことを重要な順にABCをつけたリストをつくる。これを自分で作ることで考える訓練を繰り返し、上司と確認することで考え方を学ぶ。
短期的なことではないが、意識を持たせること、そして考える訓練を徹底的にさせることだ。
「ノウハウを生み出す力」
「ノウハウを生み出す力」は、常に新しいことに取り組み、うまくやる方法を見つけて組織全体が活用できるノウハウにしていくという力で、変化する社会と業界の中で企業が継続的に発展するためには決定的に重要な組織力だ。
この力を組織として磨いてきたからこそ、P&Gは180年以上の常にトップを走り続けることができている。
■多くのニーズが満たされたマーケットで勝つための、深層心理レベルでの顧客理解のノウハウ
■商品が乱立するカテゴリーで競争力のある商品を企画し、強いブランドを作るノウハウ
■SNSやインフルエンサーなど新しいマーケティング・ツールを活用するノウハウ
■サステイナビリティが問われる時代に社会に認められ、社会から支援される企業になるノウハウ
■激しい競争のなかでイノベーションを生み出す組織をつくるノウハウ
■ローカル組織とグローバル組織の連携でグローバルの規模をビジネスに結びつけるノウハウ
私が関わってきたことだけでも、簡単にこれだけリストできる。
以前、ある歴史のある巨大な日本企業に新商品開発プロセスの分析を依頼された際、私が大変驚いたのは、その企業のプロジェクト分析の仕方であった。改善の名のもとプロジェクトの振り返りは徹底的にやるのだが、たとえそれが大成功したプロジェクトでも「反省すること」に集中し、次回直さなければいけないことだけをリストアップする。まさに改善が目的で、これでは失敗する部分は減らせるが、成功を繰り返すことができない。
私たちがP&Gで叩き込まれるのは「何が成功の鍵か」を見つけることだ。これをすることで、次のプロジェクトはそれを土台にスタートすることができ、次のプロジェクトも成功させることができる。
ポイントは、新商品のプロジェクトなど、一区切りの成果が上がった時点で、立ち止まり、たとえすべての業務を止めてでも、そのプロジェクトから見つけた成功のためのノウハウを書き出すことである。このプロセスを必ず組み込むことで、一人一人に「ノウハウを生み出す力」がつき、組織の力になっていく。これも訓練だ。
P&GではCurrent Best Approach(CBA)という書類を書く。「その時点での最良のアプローチ」をノウハウとして書類化することだ。この書類を書くことで、本人もノウハウが明確になる、その書類をシェアすることでナレッジとして世界の組織で活用できる。
これを活発にやるP&Gの内部は、実は「学会」のようである。一人一人が、自分が成功させたことから、「学者」のようにノウハウを生み出し、お互いのノウハウを活用し、議論して質を高め、次のレベルのノウハウにもっていく。大切なのは、「No.1」であり続けることを目的としていることだ。この感覚がなければ生み出すノウハウは競争力にはつながらないし、作業マニュアルのレベル感のものになってしまう。
「元P&G」の人材は、これにより、専門的なノウハウを自分でつかんでいるし、新たなノウハウを生み出す力を持っている。「元P&G」の人材が消費財でないカテゴリーでも活躍できているのはこのためだ。
「部下を育成し、組織をつくる力」
日本の多くの企業では人材育成が人事部を中心に回っている。その人事部こそ感じていると思うが、これでは人材育成はできない。人材育成の鍵は上司だ。
上司の立場で仕事をしている人たちは、責任感もあるので、「いい上司」にならなければとは思っているのだが、問題はどれだけの上司が「部下を育成し、組織をつくる力」を自分も身に着けたい、磨かなければならない、と認識して努力しているのか、という点だ。部下を育成するのは学んで身に着けるスキルである。組織をつくる力は学んで身に着けるスキルである。
P&Gでは「人材育成は上司の責任」という期待が明確である。部下を持つ限り、全ての社員の評価の半分は「人材育成と組織づくり」の貢献という仕組みだ。これを以前、「P&G式 伝える技術 徹底する力」に書いたため、日本を代表するグローバル企業になった成長企業がこの考え方を取り入れたと聞いている。この貢献が重要であることに共感していただき、この期待を機能させる仕組みを導入板空いたのは私としてはうれしい限りだ。
「短期的な成果」と「人材育成や組織作り」が別のもののように捉えられていると思うが、そもそも、一人でできるよっぽど小さいことでない限り、短期的にも優れた成果を上げるためには部下を育成し、組織をつくらなければならないのだから、成果を上げる人材の条件に「部下の育成と組織作り」があることは当然のことである。
「元P&G」が他の組織でも成果を上げている裏には、新しいことを成し遂げるために部下の中から少なくとも数人のリーダーを生み出し、組織を目的が実現できる組織に変革をさせている。
これも何よりも大切なことは「『部下を育成し、組織をつくる力』をつけなければ」という認識を持たせることを徹底することである。
ただ、具体的に人材育成をするために上司として何ができるようにならなければいけないのか、ということを誰かが教えなければならない。今回出版した「上司力強化マニュアル」は具体的にまとめているので、是非、参考にしていただきたい。
「P&Gだからできる」などということは全くない
こんな話をしたときに、私が一番嫌いなのは「P&Gだからできるのでしょうけど、うちではそこまでできません」という反応だ。役員や部長など重要なポジションにいる人が平気でこんなことを言うのは本当に残念だ。私が答えるのはこれしかない。
「P&Gでは、みんな必死にやっているだけです。」
P&Gだからできることなどは一つもない。結局はやる気の問題、つまり実際に本当にやろうとするかどうかということしかない。P&Gの人材が優れているのは、「やる」以外の逃げ場は決してないと叩き込まれていることかもしれない。「うちではそこまでできません」とは誰一人言わない。
多くの企業が人材育成は大事だと言う。そうは言うが、本当に大切なものとして取り組んでいるのだろうか。育成のレベルを上げたければ、上げるために動しかない。
今回、紹介した3つの力も、是非、動いていただければと思う。
もちろん、明日から突然すべてを完璧にやるということはできない、ただし、始めなければ一生何も始まらない。英語で言うところのNothing is too late to start. 今始めれば遅すぎることは決してない。
(執筆)
株式会社オーセンティックス
高田 誠(たかだ・まこと)
『上司力強化マニュアル〜P&G式ノウハウを凝縮-部下育成56のアクション』著者
1964年群馬県生まれ。東京理科大学卒。87年P&G入社。製品開発部でアリエール、ジョイなど日本市場向け商品、中国、韓国、欧米向け商品などの商品企画開発を担当。2001年広報渉外部に社内転職、インフルエンサー・マーケティング、サステイナビリティ経営など社会性の起点のマーケティングをP&Gジャパンの責任者として推進。2010年広報部長職でP&Gを退社。
(株)朝日サステイナビリティマネジメントの代表を経て、2013年、株)オーセンティックス設立。部門別採用、部門別キャリアのP&Gにおいてほとんど例のない、「モノづくり側」と「コミュニケーション側」、それぞれ10年以上の専門的な実務経験を活かし、俯瞰的にマーケティング活動を支援。
また、人材育成と組織作りをラインマネジメントで一貫して取り組んできた20年以上の実務経験に基づいた知見で、様々な組織の現場レベルの人材育成と経営レベルの組織マネジメントの支援に取り組んでいる。 「一人一人が力をつけて、結果を出す」が活動の共通テーマ。「奇をてらわない」オーセンティシティにこだわることが信条。
➡️ 高田 誠の「部下を育てる上司をつくる管理職研修」