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「組織のあり方」と「個人の幸福」の関係 幸福学 ~well Beingであること~

LDCⅡ 第1回 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司氏

昨年度好評だったLDCイノベーション講座は、今年第2弾として始動した。その最初を飾っていただいたのは「幸福学」の第一人者として有名な、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司氏。「幸せの日本論(角川新書)」をはじめとしたご自身の著書や、多くのメディアで幸せを科学し、そのメカニズムを伝えている。今回は「組織のあり方」と「個人の幸福」の関係という、多くの人が抱えるテーマについて切り込んでいただいた。

■21世紀型の社会に向かう転換点

まず”幸せ”って、皆さんにとってどのような状態でしょうか。これは個々人が感じるものであって、絶対的な定義はないと思います。哲学的な観点から見ると、答えは何千年と出ていないんですね。私が専門にしている幸福学ではどのように定義しているかというと、個人にアンケートを取った結果、幸福度が高いと答えた方を"幸せな方"と置き、他の項目にどのような傾向がみられるかを統計学的に見ています。これからお伝えするのは、そうした調査の結果だということをご理解ください。

さて、皆さんお気づきのように、経済成長が当たり前だったこれまでの時代、最も一般的で効率良く利益を上げられたのはピラミッド型の組織でした。役割別に部門を分けて、指揮命令が行き届くようにすることで、最も効率的に成長を図ってきました。でも「成長のため」が行きすぎた結果、個人の幸せが度外視され、ひずみが起きているケースは多々見られます。会社という存在からすると、本来個人のやりたいことと会社のミッションなんて関係ないわけです。こうしたことによる問題が、あらゆる企業で表面化しているのは皆さんもご存知の通りだと思いますし、皆さんも心当たりのある人は多いんじゃないでしょうか。今は、自分たちがこれからどんな世界で生きていきたいか、考える分岐点な気がします。

皆さんは、次のうちどのような世界を望みますか。考えて見てください。

・弱肉強食の競争社会か、みんなで支えある共生社会か

 競争があったからこそ人類は進歩したんだ、まだまだ成長できるとおっしゃる方もいるかもしれません。もちろんそうなんですが、競争しすぎる社会というのもどうなんでしょうか。肉食動物も、自分の丁度いいくらいの量だけ食べて、それ以上ものを手に入れようとは思っていないのに、人間だけは必要なものの1万倍ものものを持っていると言われているんです。こういう社会が果たしていい社会なのかどうか。

・工業化・都市化した世界か、自然とともに生きる世界か

 これも個々で意見が分かれると思います。自分も大学のときは、東京に憧れて広島から上京してきましたけど、50代にもなると田舎に住みたいなあって。人間が本能的にどっちに住みたいかということは一つ考えて見てもいいかもしれません。

・勝ち組と負け組に分かれる社会と、皆の良さを生かす全員活躍社会

 幸福学の研究でわかったことの1つが、勝ち負けによる幸せ、人と比べて勝ったことによる幸せ(地位財による幸せ)は、長続きしないということです。ではどうすればいいのかというと、皆のよさを活かした全員活躍社会を目指すこと。ホラクラシー組織とかティール組織が話題になっているのは、利益を最大化しようとするよりも、皆の幸せを最大化しようとする方が、結果的に利益も上がるのではないか、それを本気で目指した方が持続可能なのではないかという機運が出てきたからだと思います。

・人々が孤立した孤立社会か、人々が助け合うふれあい社会

 戦後、田舎独特のしがらみの中ではなく、自由に生きていきたいと多くの人が都会に出てきました。これで一人になれた、清々したと思うかもしれませんけど、本当にそうでしょうか。幸福学では、弱いつながり(紐帯)が一番幸せを感じやすいと言われています。つまり人間関係が濃すぎても薄すぎてもいけないんです。
例えば、皆さんは、病気や事故で本当に困った時に、頼れる人は何人くらいいますか?GNH(国民総幸福量)向上を政策にしているブータンという国がありますが、ブータンの人に同じ質問をすると、平均50人と答えるそうです。物質的に豊かかと言われると、必ずしもそうとはいえないブータンですが、本当に人々が困った時に助け合える状態ができている。これが幸福度につながっているのかもしれません。

 こうしてみると、僕は「弱肉強食の競争社会で工業・都市化し、勝ち組負け組に分かれる人々が孤立した社会」というのは、20世紀型の社会のあり方なんじゃないかと思います。これからは「皆で支え合い、自然と共に生き、人々が触れ合いながら皆の良さを生かす全員社会」という21世紀型の社会に向かっていく時なのではないでしょうか。

■幸せの4つの因子と組織の関係

 ここからは幸福学を研究しているうちに見えてきた「幸せに必要な4つの因子」と組織の関係性を見ていきたいと思います。4つの因子は、統計学の中で、因子分析という手法で導いた幸せの条件です。この4つの因子と、今を幸せに感じるかどうかという内容は比例関係にありました。

1 やってみよう因子 自己実現と成長 
 みんなが自分がほんとうにやりたいことや自分の特徴をよく理解して、夢や目標を持ってワクワクしているか。
 仕事をやらされ感でやるのはなく、自分のやりたいことと、組織のビジョン・向かっている方向性があった状態で、やりがいをもって働けているかは非常に大事です。

2 ありがとう因子 つながりと感謝 
 多様な人々がつながり信頼しあい尊敬しあい、愛しあい、支えあっているかどうか。人とのつながりがあって、感謝できているかどうか。

3 なんとかなる因子 まえむきと楽観 
 みんなが楽観的で前向きに働いているかどうか。失敗を一つでもしたら首になる、みたいな中で仕事しているよりも、どんな結果になってもどうにかなる、まずはチャレンジしようという気持ちになれる環境かどうかは大きいはずです。楽観というのは、なんとなくうまくいくんじゃないかという、いい加減につながるようなものではありません。英語のoptim(前向きな楽観性)につながる、やるべきことはしっかりやったから大丈夫だ、という非常にポジティブで力強い意味で使っています。

4 あなたらしく因子 独立とマイペース 
 人の目を気にしすぎずに、自分らしく生きられるかどうかです。

この条件を見て、本当にこんな会社、本当にあるの?夢物語じゃないの?と思われる方もいるかもしれませんが、あるんです。

例えばLIFULL社という会社。「日本一働きたい会社のつくりかた」(羽田 幸広著、PHP研究所)という本が出ていますが、LIFULLは社員を幸せにするための様々な取り組みをしている会社だと思います。仕事は放っておくと縦割り組織で、競争になるけれども、できるだけ会社の中で本来人間が過ごしていた環境をつくろうとしているんです。LIFULLの面白いところは、社会で経営者を100人輩出しようとしていること。グループ内で100社作り、それぞれリーダーを担ってもらうことを目指しているんです。これは、やってみよう因子などにつながると思います。幸福学で見えてきた傾向は、組織の上の人は責任とリスクをとる分、実はやりがいも感じやすいということ。組織のトップに近づくほど幸せ度が高まるのだとしたら、それは一概に給与が高いからではなく、リスクをとってでも実行し、達成したときの喜びを感じることができるからだという結果が出ています。

大企業のようなピラミッド型だと難しいのでは、という意見をいただくこともありますが、LIFULL社の例にもあるように、条約がある程度権限を移譲していくという方法はあります。社長が責任を持ちつつも、やってみろといって社長が重役に、重役が部長に、部長が課長に、課長がメンバーに、と権限を委譲していく。そうすると、一人一人が責任と義務を持っている状態になる。そうなれば、個々人でなんとしかしなければと、考えていく必要もありますよね。これはやらされ感から脱出する1つのポイントかと思います。

もう一つ挙げたいのが、徳島県にある西精工株式会社。この企業はホワイト企業大賞を受賞している会社です。作っているものは、自動車部品のナット、ネジ。これを皆で改良しながら世界最先端のものにしています。この企業のすごいところは、社員が本気で「自分たちの仕事は、世の中の役に立っている」という自負を持って働いていること。やらされ感が全然ないんです。そして、日曜日になると「早く明日にならないかな」と思う社員が多いこと。社員同士で家族のようなつながりがあって、会いたくてたまらないそうなんです。

なぜそこまでになるのか。その1つに、理念を徹底的に浸透させていることもあると思います。社会と社員を幸せにするという理念を、毎日、朝礼に1時間以上かけて確認しているんですよ。働き方改革の時代に1時間以上、無駄じゃないかと思われるかもしれませんが、俺たちは社会を幸せにするためにやってるんだよな、と毎日確認することで、社会に対する思いが形作られていっている。また、事情があり休職している人がいたとき、新たな社員を採用しようとしたところ「あの人が戻ってこられなくなるじゃないですか。戻ってくるまではその分僕たちが働きますから、採用しないでください」と社員から声があがり、実際そのようにしたというケースもあったそうです。

こうした、本当に人々と助け合って家族のように信頼しあい働いている組織というのは、ものすごく幸せです。ホワイト企業大賞を受賞している企業や、法政大学の坂本先生の著書「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著、あさ出版)に出ているような企業をはじめ、本当に個々人が幸せを感じながら働いている会社はあるんです。

■懐かしくて新しい、組織のあり方へ

 ここまで見て、「でも会社は利益を出すことが目的だし、例外みたいな会社ではできるかもしれないけど、うちはできないよ」と思われる方もいるかもしれません。

でも会社は本来誰のために存在するのか、改めて考えてみてください。株主のためだとか、利益のためだとかいったことは、実は歴史の流れ、途中途中で決まってきたことなんです。みなさん、2000年前のことをイメージしてください。まず仕事とは、最初は食料を確保するため、家族皆で稲を刈って、助け合って行うことから始まっています。ようするに、もともと家族でやっていたことなんです。それが、もっと仲間を多くした方が、よいよく効率的にできるというところから仲間が増えていって、やがて会社法ができ株主制度が構築されていくわけです。もともと皆が助け合って、幸せになろうという目的でできたのに、いつのまにかピラミッド型になり、個人は法人と契約するという形になり、給料をもらう代わりに言われたことに対して労働をしなさい、という形になっていったという話なんです。こうした形がいき過ぎてしまっているのが、今だと思うんですね。

だから、ある種原点回帰の流れが、今話題になっている「ホラクラシー組織」や「ティール組織」などに現れていると思います。こうした組織は、調和型のリーダのもとでメンバー1人1人の立場がフラットで、個々で裁量と責任を持ち、球体状につながっています。皆がつながっているのは「より社会を良くしたい」という”想い””ビジョン"があるから。個々がやりたいことと、組織が掲げるビジョンの方向性が揃っています。こういう組織は幸せ度が高いです。

そして日本でも、ホラクラシー組織ならぬ「非管理型組織」という形の企業が出てきています。象徴的な企業が、ダイヤモンドメディア社という不動産×ITの事業を行っている会社です。代表の武井浩三氏は30代くらいの経営者ですが、彼は会社法上、代表取締役社長を置かなければいけないから名乗っているだけで、役員は選挙で決め、全員の給与もオープンで、皆で決めるといった組織を作っているんです。そして皆、組織が目指しているものでつながっている。まさに新しい時代の組織です。

武井氏によれば、ホラクラシー組織や非管理型組織は、人口が減少し始め、経済成長が見込めない可能性の高い国から起きるといいます。アメリカのように移民が入ってくる国や、アジア圏などの成長国にはこうした発想はあまりみられません。人口が増えているときは、ピラミッド型の組織にすることでどんどん儲かるからですね。でも、日本やヨーロッパなどでは人口減少社会になり、これまでと同じ幅の成長は見込めない可能性が高い。今の流れは、低成長でも皆が幸せを感じられるような、ある種昔の営みに戻っていくような動きなのではないでしょうか。ただし、単純に時代を遡るわけではないですので、そこにはすごい葛藤があるということも事実ですが。

そして、転換点であると同時に、良い意味で歴史を繰り返しているとも言えるかもしれません。日本では、平安時代の前半は外部文化を取り入れて、後半は日本文化が栄えています。江戸時代を見ていても、前半は戦国時代が終わって、まず経済的に豊かになっていく時代で、後半は町人文化や武士道など、文化的に栄えました。明治維新では西洋から政治・経済・科学技術を輸入してきて、その後日本仕様にしてきたものも多いはずです。そういう視点を持つと、これからは停滞ではなくて、日本独自の文化が栄え、世界に発信できるという発想になるのではないでしょうか。そう考えると、うきうきしますよね。

多様な人が集まって、知恵を出し合って、イノベーションを起こす。自分だけの新しさを発揮する。これがもし1億通り、もっというと世界で75億通りできれば幸せな社会がつくれます。そんなこと不可能だよ、勝ち負けがあるからこそ会社は成り立っているんだ、と思う方もいるかもしれません。でもまず、こういう世界を目指すことが、大事なんじゃないでしょうか。あるいは、戦いをなくせとはいいませんが、レッドオーシャンでしのぎを削るのではなく、お互いブルーオーシャンを見つけて関わり合っていくようなイメージであったり、オリンピックなどのスポーツマンシップのように、試合の最中は必死に戦いますが、終わった瞬間にお互いを称え合うような関係ができてくると、どんどん変化していくのではないかと思います。

この変化はすでに始まっていて、数年後にはもっと大きな波になっている気がします。新しい世界を欲している人がものすごく増えていると感じるのです。個々人の幸福度と、企業のあり方が共存できるような社会にしていきたいものです。

■Q&A

- 幸せと企業の利益については、どんな関係があるのでしょうか。ブラック企業であっても、利益を上げているところはあると思います。逆にホワイト企業だからといって、事業としてうまくいくとは限らない難しさがあるような気がするのですが。

前野:そこが問題ですよね。確かにブラック企業でも儲かっている会社はあります。例えばある会社は社員の幸せを優先しようと決めてから、10期連続増収増益といったデータはあります。ただそれは景気変動など様々な要因が絡んでのことだと思います。
ですからここからはあくまで私の推測にはなりますが、幸せな企業はホワイト企業になりうるのではないかと思います。例えばリーマンショックのような不景気な時代がきたとき、ブラック企業は社員が病んでしまったり辞めてしまったりする可能性は高いと思うんですよね。でももし、社員に会いたくてたまらないという会社があれば、たとえ給料が減ったとしても働く、という可能性は高い。幸せな企業はそういった困難も乗り切る力があるのではないかと。これは今後10年20年で証明されていくのではないかと思いますね。

- 前野先生は、どうして幸福学について研究をしようと思ったのですか。

前野:以前はロボットの研究をしていたのですが、その中身はロボットと話している人間がロボットに対して心地良いと思うのか、ということや、ロボットのどの笑顔が心地よいのか、といったロボットと人間のインタラクションに関する研究をしていたんです。エンジニアリング、ロボティクスと心理学を橋渡しするようなことをしていました。その研究をしているうちに、人間の心と体に興味を持つようになって、やがて今の研究分野にたどり着いたということです。

- 「楽しい」と「幸せ」というのはニアリーイコールなのでしょうか。

前野:英語のhappyと幸せはイコールではないですね。happyには、ドラッグでhappyになる、酒飲んでhappyになるとういう、割と短期的、ともすると短絡的な意味も含まれるんですね。happenと語源が一緒で、何かが起きてそれに反応するように起きている。楽しいというのも、短期的な意味で使われることが多いと思います。一方幸福学では長期的な幸せ、人生が幸せという部分もおこなっていて、そう意味ではイコールではないと思いますね。

- 私は難病の人たちと一緒にファシリテーションをする仕事をしています。そうすると、全体的に不幸せ感が伝染する場合があるんです。こうした中、幸せな雰囲気を作り出す上でヒントがあったら教えていただきたいです。

前野:幸せもうつますが、不幸せもうつること、ありますよね。幸福度を高める要素は、実は100個も200個も知られていて、ポジティブサイコロジー、ポジティブ心理学という分野でわかることもあるかもしれません。
そんな中、1つヒントになればと思うのが、キャンサーペアレンツという団体での話。ガンになった人が子供のために何を残すのかということをポジティブに考える会なのですが、実際に参加してみるとすごく幸せ度が高いんです。病気になったことをきっかけに、自分たちにやりたいことをやろうという機運が高まっていたり、この活動が広まることをわくわくしている方もいるんですよね。見ていて思ったのは、コアになる強烈なポジティブな人、前向きながいるということ。彼らは本当に素晴らしいと思います。そういう風に、ポジティブになれる仲間を一人ずつ増やしていくことは大事かもしれません。同じようなポジティブな人が、3人いると励ましあえますよね。そうすると、くじけそうなときもその3人で、いや絶対できる、俺たちは絶対あってるからという風に思えるのではないでしょうか。

文:武藤あずさ
撮影:梅田眞司


スピーカープロフィール

■前野 隆司氏

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

ヒューマンマシンシステム、イノベーション教育、社会システムデザイン、幸福学、システムデザイン・マネジメント学などの研究に従事。著作に『脳はなぜ「心」を作ったのか—「私」の謎を解く受動意識仮説』 筑摩書房 『思考の整理術 問題解決のための忘却メソッド』朝日新聞出版 『思考脳力のつくり方−仕事と人生を革新する四つの思考法』角川oneテーマ21『幸せのメカニズムー 実践・幸福学入門』講談社現代新書 『無意識の整え方—身体も心も運命もなぜかうまく動 き出す30の習慣』ワニプラス 『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』PHP新書 『実践・脳を活かす幸福学 無意識の力を伸ばす8つの講義』講談社 など多数


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