#5 オープンカレッジ初受講は、刺激いっぱいの90分
■暮らしを直撃する“食”の問題を、専門家に学ぶ
今年4月から世田谷区の「野菜づくり講習会」へ参加し、土曜日の朝は隔週で畑に向かいます。鍬を持つ手は相変わらずヨロヨロしていますが、ナス、ピーマン、ズッキーニ、ゴボウ、サツマイモ、トウモロコシなどを毎回植え付けるのは、やはりとても楽しいです。巨大サニーレタスをどっさり収穫した日は、なんとレタス4個を抱えて帰宅。
5月後半には、前年度のメンバーが植えたじゃがいもを試し掘りし、キタアカリ、ピルカ、インカのめざめの3種をゴロゴロと収穫。「嬉しい!肉じゃが、ポテサラ作ろうかな。でも、玉ねぎが高いから大変だ」という声が思わずもれたほどでした。
玉ねぎに限ったことではありませんね。ウクライナ危機の長期化で輸入小麦の価格が高騰し、パンやパスタの価格が次々と上がり、近所のパン屋さんも290円だった食パンを310円に値上げしました。「小麦だけではなく、パンに使ういろいろなものの値段が全部上がってしまって、本当にすみません」と言われてしまい、「20円の値上げで大丈夫?」と心配になったほど。
農業に目をうつせば、肥料の価格が高騰し、ハウスなどの運営に必要な燃料費やビニールなどの資材費も上昇。こうなると、コロナ禍が始まった頃に抱いた「なぜ日本の食はこうも輸入に頼らなくてはならないの?」という疑問が改めてわいてきます。その答えを探るため、「専門家」の話が聞ける公開講座をチェックしてみました。
様々な大学が公開講座を開催する中、目にとまったのが「早稲田大学オープンカレッジ」の「食と農の本当の話―歴史の裏側」です。講師は東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏で、「私たちの食と農をめぐる話には誤解が多い。なぜ、私たちの食と農が危うくなってきたのか。その歴史の裏側を知り、本当の理由を知って、対応策を考える」という講義概要の言葉にひかれ、即決。定員30名、90分のオンライン講座が2回で、受講料は6,831円。
受講前に、鈴木教授の著書『農業消滅: 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』を読むようにとのお達しがあり、書店に走りました。ところが、この本がなかなか難しくて読み進められない上に、事前に送られてきた2回分のレジメが、なんと210枚!一体どんな講義が展開されるのか、ちょっと心配になるほどでした。
■輸入に頼る日本が直面する、食料争奪戦
鈴木教授のオンライン講座は、「食料危機はもう始まっています!」という極めて強い口調で始まりました。①コロナ、②中国の食糧輸入激増、③異常気象、④ウクライナの“クワトロ・ショック”によって、「輸入途絶はすぐそこにあります!」と。「小麦はロシアとウクライナで小麦輸出の3割を占め、ロシアは輸出規制で揺さぶりをかけ、ウクライナは4月の播種が十分にできず、港も封鎖され、輸送も困難。日本はアメリカ、カナダ、オーストラリアから買っているものの、それらの代替国に世界の需要が集中して食料争奪戦は激化」と、小麦を例に話は進みます。
さらに2020年度の食料自給率37.17%(カロリーベース)が、1965年の統計開始以降、最低を更新したことから「これで、日本は独立国といえるのでしょうか?」と問いかけます。食料自給率が低下した理由を、「アメリカの要請で貿易自由化を進め、輸入に頼り日本の農業を弱体化させる政策をとったから」と解説。「1858年に締結された日米修好通商条約によって、日本に関税自主権はなく、輸入税も輸出税も一律5%に設定されてしまった」というくだりに、「不平等条約」として中学の社会科で習った記憶が蘇りました。江戸時代のこの条約と現代がどう繋がっていくのでしょうか。
「1887年頃までの日本は、輸出の1位、2位を緑茶、コメが占め、農産物輸出国で、明治時代前期は自給率が100%を超えていた。戦争前夜の1939年で86パーセント、終戦直後の1946年は88パーセント。それが、なぜ戦後急激に自給率が落ちたのか?」。
ここで示されたのが、日本各地で展開された「洋食推進運動」の話です。日本人の食生活近代化というスローガンのもとに、欧米型食生活崇拝運動であり同時に和食排斥運動が展開され、調理台つきのバスが、全国の都市部のみならず農村部まで津々浦々を巡回したというのです。さらには、学校給食を通じて「子どもにはパンを」という政策がとられ、以後日本はパン食の比重が著しく増大していきます。
この状況を鈴木教授は「小麦、大豆、とうもろこし生産の激減と輸入依存度が85%、94%、100%に達するという事態は、貿易自由化が日本の耕種農業構造を大きく変えたことを意味する」と厳しく指摘します。アメリカの思惑?など全く知らずに、給食に出た食パンを当たり前に食べていた私には、なかなかの驚きです。
■農業を消滅させないために、自分たちにできること
貿易の自由化と日本の農業の衰退は、食料自給率を軸に考えると何となくみえてきます。私が生まれた1962年、輸入数量制限項目(農林水産物)は81で食料自給率は76%。「ガット・東京ラウンド」(1979年)、「ウルグアイ・ラウンド」(1993年)などの貿易交渉を経て、輸入数量制限項目が減るにつれ、食料自給率は下がっていきます。「食料は国民の命を守る安全保障の要(かなめ)なのに、日本にはそのための国家戦略が欠如している!」と鈴木教授のボルテージはさらに高まります。
官邸における各省のパワー・バランスが崩れて農水省の力が削がれ、経産省が官邸を「掌握」していることにも言及し、農業犠牲の構図が強まったと言い切る鈴木教授。前半の90分が終わる頃には、刺激が強すぎて私の頭はオーバーフロー気味でしたが、断片的に捉えていた食の問題に、時系列の視点を加えることで、点と線が繋がっていくような気がしました。
後半は、「IT大手企業によるドローンやセンサーで管理・制御されたデジタル農業によって、種から消費までの儲けを最大化するビジネスモデルが構築され、それに巨大投資家が投資する姿も見えてくる」という新たな潮流に言及。ビルゲイツ氏がアメリカ最大の農地所有者であることを例に、巨大資本によって農業から農家が追い出されてしまうことに警鐘を鳴らします。
一方で、生産者と消費者が支え合う「強い農業」を堅持する国の事例も紹介。スイスの卵は国産1個60~80円で、輸入品の何倍もの値段にもかかわらず、小学生ぐらいの女の子が国産の卵を買いながら「これを買うことで生産者の皆さんの生活も支えられ、そのおかげで私たちの生活も成り立つのだから、当たり前です」と語ったそうです。この気持ちは、私たち日本人も今一度心に留めなくてはと強く感じます。
国の政策がどこに向いているかを厳しくみる目を持ちながら、私たちができることは何か? 講義の最後に鈴木教授は「食の安全や食料安全保障を取り戻すためには、日々の買物の中で安くても危ない食品を避け、数十円だけ高い地元の安心・安全な食品を買うこと、それだけでいいのです」と、実践すべき落としどころを示してくれました。90分×2回の講座は、時に難解でキャパオーバーな瞬間もありましたが、自分たちにもできることがあるという手ごたえを得られたと同時に、この先の話をもっと聞いてみたくなりました。
タイミングよく7月に始まる夏講座の案内が届いたので、鈴木教授の「食料危機と安全保障―子供たちの未来を守る」を受講することに。次回は、オンラインではなく中野にあるキャンパスで受けられることも、ちょっと楽しみです。鈴木教授のお話にご興味のある方は、ぜひ『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社)(https://www.heibonsha.co.jp/book/b583770.html)をご一読ください。